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ある廃ゲーマーの観察と夢現

作者: 芝高ゆかや

 初めに違和感を感じたのは、やけに体が沈むベッドの柔らかさだった。隣からスースーという規則正しい寝息が聞こえてくる。それからぼんやりと視界に入ったのは、壁一面に隙間なくビッシリと貼られたおびただしい数のポスターとタペストリー。どのポスターやタペストリーにもアニメっぽい男のキャラクターが描かれている。


「なんだ……?」


 ベッドから起き上がって見回すと、光沢のあるフローリングには足の踏み場が僅かに残されているだけで、ゲームパッケージと思われるケースやマンガ、本が乱雑に積み上げられ、山となって連なっている。テレビの周辺にはゲーム機らしきものが何台もあり、それらはスイッチ1つで切り替えられるようになっているようで、すべての配線が1台のハブに繋がっていた。部屋にある唯一の棚にはポスターに描かれているのと同じキャラクターらしき人形やら城の模型が並べられている。

 おかしいのは、それだけではない。隣に寝ていたはずのルナがいない代わりに見知らぬ女がいた。いや、完全に知らない訳ではなさそうだ。よく見てみると、鼻は低いが、目元はルナに似ている気がする。髪の色は黒く、茶色いモコモコしたパーカーを着ていて、クマらしき耳のついたフードを被っているため、髪型まではわからない。しかし、どっからどう見ても10歳ではなく、18を越えた大人の容姿だ。


「ぅ……ん…………」


 観察対象がモゾモゾと動き出した。うっすらと開くキツイ印象のネコ目は、やっぱりルナに似ていた。


「……ふわぁー」


 まだ寝ぼけているらしい。アクビをしている。目をこすって、ようやく僕の視線と合った。息を飲む気配がし、大きく目を開いている。


「い……い、いやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ガバッと起き上がると、女が絶叫した。怒った様子で僕の腕を掴み、乱暴にベッドから引きずり下ろすと、グイグイ背中を押す。あっという間に部屋の外に出されてしまった。バタンと部屋のドアが締まると同時に、隣のドアが開く。


「うるせー! 姉さん、昼間っからなんだよっ!」


 170センチぐらい身長があるが、顔つきは幼い男が顔を出した。目が合うと、吃驚している。


「兄さん……なんで?」


 だんだん自分がどういう状況か把握できてきた。


「カナルか?」


 だいぶ容姿が異なるが、この状況から可能性のある人物の名を呼ぶと、彼はアッサリ認めて頷いた。


「どうやって時間を遡ったんですか?」


「さぁ? それより、ココは柴藤(しばとう)の家なのか?」


 ルナに似た目元は柴藤のものだった。


「はい。でも分家ですよ。カレンさんは本家の出身で、まだ生まれていないです」


 前触れなくカチャっと目の前のドアが少し開き、隙間からカナルに何やら話している。聞きなれない言語を早口でボソボソと言ってるので、話の内容が理解できなかった。


「彼女はなんて?」


「『話すなら私の部屋の前で話さないでくれ。うるさい』って言ってます」


「…………」

 

 確か彼女はルナの前世であり、魂は同じハズだ。それなのに、あまりにも自分への態度が他人行儀なので軽く傷ついた。その一方で『自分は知っていても前世の彼女は僕を知らないから、こんなものか』と冷静になる。


「部屋に置き忘れた物があるんだ。部屋に入りたい」


 忘れた物というのは嘘だが、見ておきたいものがあった。隙間に片足を捩じ込み、チカラ尽くでドアを開くと、「ちょっと! 何をしようとしてるんですか!」と焦りながら抵抗された。それに構わず、彼女を押し退け、部屋の中に強引に入った。


「この部屋に三次元の美青年がいるなんて……死にたい」


 テレビの前に開きっぱなしで放置されたゲームソフトの空パッケージを拾い上げたら、背後の方で(うずくま)り、ブツブツと自虐的なことを言っている。


「へー、姉さんでも恥ずかしいって思うことがあるんだ」


「当たり前でしょ! ……って、何を見てるんですか!? ヤメテー!!」


 鬼気に迫る勢いで、手にあった空のケースが奪われた。


「忘れ物を取って、サッサと出ていってください!」


「うん。でも、その前にゲームをやりたい」


「は? ムリムリムリムリムリーー!!! コレは絶対やらせられない!」


 ギュッと奪い取ったケースを抱え込み、後ずさって僕から距離を取る。


「本当に無理ですよ? 姉さんが所有しているゲームで、他人(ヒト)にやらせられるのなんて1つもないから」


「失礼な! あるわよ!」


「どこに?」


「ココとアソコに! 比較的マトモな内容の物が!」


「マトモなものなんてあるんだ。その方が驚きだ」


「ムッ! この前アンタが作ったって判明したクソゲーをこのイケメンにやらせるわよ?」


「やめろ!」


「ヒトにお願いする態度じゃないわね」


「マジでやめてください。お願いシマス」


 姉弟で言葉の応酬が繰り広げられる。


「じゃあ、その作ったゲームをやらせてもらえないか?」


 騒がしかった部屋が、僕の発した言葉により静まり返った。


「ふふふ……いいですよ」


 ニヤリと彼女が笑い、嬉々として行動に移す。電源を次々と入れ、準備し始めた。


「は? なんでそんなことになってんの!?」


「うるさいなぁ、アンタはそこで黙って見てなさい」


「見たくない……部屋に戻る」


 カナルが辟易した様子でドアに手を伸ばすと、「待ちなさい! 出てくなんて許さないわよ? アンタが本棚の裏に隠してるブツを白日のもとに晒されたくなかったら……」と呼び止める。


「クッ……卑怯だ」


 渋い顔をしたカナルは、諦めた感じで床の隙間に座った。



*****



「意外と難易度が高い」


 彼女がクソゲーと評したカナルのゲームは常に正確性を求められるものだった。


「当たり判定の範囲が狭すぎるのよ。ゲームなんて娯楽でやってるのに、プレイヤーにストレス与えすぎ」


 カナルが曰く、廃ゲーマーである彼女にも手伝って貰っているが、リトライを繰り返し、なかなかストーリーが進まない。


「それにしても……」


 知っているヒトの名前やロークスの軍事機器、キメラがチラホラ出てくるこのゲームが意図するところは、おそらく未来からの警告だ。


「この内容は干渉しすぎじゃないか?」


「追い詰められてるんです。ありとあらゆる手を尽くして、もうこの方法しかなかった」


 隣にいて、僕達のゲームプレイをただ座って眺めているだけのカナルが彼女に聞かれないように小声で呟いた。


「君の姉さんは……重要な場面で判断を間違うことがないな」


「そうですね。あらゆるジャンルのゲームをやっているので、瞬時に判断する能力は優れてると思います。焦って致命的なミスをするってことは滅多にないです」


 カナルと話していたら、トントンと肩を叩かれた。クマのフードを被った彼女が「ちょっと! ヒトにやらせてサボるなんて、ゲームに対する冒涜よ!? やる気はあるんですか?」と睨んでくる。


「悪い、真剣にやる」


 彼女に謝ったところで、視界がボヤけ、真っ白な世界に変わった。


*****


「……夢、なのか?」


 うっすらと目を開けるといつもの見慣れた部屋だった。隣にはスースーと小さな寝息をさせているルナがいる。楽しい夢だったような気がするが、覚えていない。ルナのダークブラウンの緩いウェーブがかった髪に指を通し、自分の体を寄せ、もう一度眠りについた。

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