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リリエルは、まだ7つになったばかり。リク王が、19の時に王妃に生ませたたった一人の子供。
後宮はあるが、リク王は先代王のように、美姫や愛妾を侍らす趣味はなかった。今の後宮には、先代王の頃の愛妾や姫がまだそのまま暮らしている。年は大分いっているが。
すでにサレイ王国に正式に嫁いでしまったので、生まれ故郷に追い返すのも忍びないと、リク王がそのままにしているのだ。
「お母様は、まだできないのかしら」
リリエルは、7歳にしては聡く賢い子供だった。父が後妻を迎えないことを酷く気にしていた。
それが自分のせいではないかと、乳母に泣いてもらしたこともあるそうだ。
リク王がいくら阿呆でも、王は王。
王位継承者が、リリエル王女しかいないのは、リリエル王女に何かあった時困るのはこの国である。
他の王族はすでに隠遁してしまっている。リク王は、子種がないと噂されていた先代王が、晩年にやっともうけた子であった。
両親から可愛がられ、結果リク王はあんな風になった。
玉座の横に白い紐とか赤い紐を用意して、白い紐を引けば上からタライがふってきて、赤い紐を引けば床が落ちぬけて水溜りの穴にはまる仕組みだった。
笑いが大好きなリク王。愛らしいリリエル王女は、リク王によく似た。
なんせ、王妃は―――。
「あかん、思い出すだけで胸焼けしそうや」
その可憐と、リク王が惚れ込んだ姿が王宮を闊歩する様は、一種の喜劇であった。
「リリエル王女は、母上に似なくてよかったやん」
紅茶を啜りながら、リンドウはリリエル王女に茶菓子を薦める。
「あら。お母様は、あれはあれで愛らしかったのよ?」
冗談。
あれが愛らしいなんて。
あ、胸焼けしそう……。
リンドウは、紅茶をむりやり胃の中に流し込んで、リク王を起こすべく立ち上がった。
「いってらっしゃい」
ふわふわなゴシックドレスを優雅に翻して、リリエルは帝王学を教師から学ぶために、自分の部屋にその小さな足で走って戻っていく。
「あー。俺があと10歳若ければなぁ」
リリエルの、夫候補として名乗ることもできただろうに。
10歳くらいの年齢差ならいいだろう。27歳と7歳では完全なロリコン。仮にリンドウが17歳でもロリコンよばわりされそうな範囲。27歳では完全に犯罪だ。
「とりあえず、リクのとこにいくか。しゃーないわ」
カチャカチャと、腰に帯びた剣が歩くたびに重い音を立てる。
リクは、王であるのに、玉座の上で涎を垂れて眠っていた。リンドウが玉座に座らせた、シェーのポーズのまま固まって。
「器用なやっちゃなぁ」
バシンと、王冠を抱くことのないその銀色の頭を、持ってきたハリセンで叩くと、リクは目を覚ました。
「はえ?ぽっぽー、ぽっぽー……今何時?」
「3時やボケ」
「何!執務の時間だ!ええと、ええと、ええと!?」
玉座の隣にあった白い紐をくいっとひく。
ゴン、ガーン。
タライの直撃を受けて沈むが、すぐに復活した。
「すでに大臣たちがお前のかわりに執務やっとるわボケ」
「そうか。ラッキい」
リクは、ルンタッタと、暑苦しいマントを脱ぎ捨てた。
「リンドウ、きっさまああ!私が美しすぎるからと、だからといって!」
庭にパンツ一丁でネクタイを締めた姿で放置しておいたサレイが、そのままの姿で帰ってきた。リンドウの首を締め上げるが、魔法士だけに非力で、全然苦しくなかった。
「えい」
リクは、垂れていた赤い紐をひっぱる。
ゴゴ。地鳴りをあげて、ちょうどサレイが立っていた床が抜けた。
「きょわあああ!」
ごしゃ。
凄い音がしたけど。まぁ、サレイのことだからきっと平気だろう。リクもリンドウもそう思った。
「モー」
「いやあああ!床に牛糞が!牛までいるうう!!」
サレイは、牛糞まみれになって、そのほっぺたを、牛になめられて立ったまま気絶した。
「あー愉快愉快。で、サレイは召還は結局成功したのか?」
「んなの俺が知るかい」
サレイに、異世界から新しい王妃、花嫁を召還すると宣言されて一週間。
彼は王宮から右に位置する、魔法士たちが集う塔にこもりきりになった。政務大臣の地位についていながら、執務を放棄で。