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終話 『親父』

父は家にいない人だった。


オレが生まれたか頃は魔人の大陸で仕事をしており、年に何回か、数日帰って来るだけの人で、父親とは認識できないでいた。


魔人の大陸での仕事が終わると、国内をいろいろまわって仕事をするようになり、家にいる時間はさほど増えなかった。


オレが成人すると爵位を押し付けられ、父は工房にこもるようになった。食事の度に家で姿を見るようになったが、爵位を継いだばかりのオレは首都で社交に追われていた。


だから、この時期に妹や弟は父と交流を持っていたが、オレは交流を持てないままで、父を父親だと認められないでいた。


姿なき貴族。


その功績は甚大で、国の発展を支えている。誰にも作る事のできない魔術道具を次から次に生みだした天才であり、下賤な生まれで社交界にはでてこれない教養のない者。


魔術道具の恩恵は受けても人格は認めない。それが社交界の主流で、父が辺境伯に陞爵した際、陛下に拝謁しているが、それは拝謁の間ではなく、密室で、ひっそりとしたものだった。


父の人格を認めないどころか、仕事で関わった事がなければ、良くも悪くもその人となりは知りようがない。社交界で語られる父の姿はウワサが一人歩きしたものに過ぎなかった。


すでにオレに爵位を押しつけているから、もう社交界に出ることはなく、ウワサを払拭する機会もない。父自身はそんなこと気にもしてないが、そのウワサに家族は巻き込まれる。


幸い、この国は竜に祝福された王を頂いていた。竜の形質を多く持つオレをないがしろにはできない。


悪いウワサのままだと弟妹の結婚に影を与えるから、オレは日々社交に精を出し、慈善事業にも積極的に取り組んだ。


おかげで国内で最も裕福な領地と知られる様になり、婚約者はよりどりみどり。ただ、オレは長命な種である竜の形質が強く出ており、子どもはそうそうできない。


身体は人間並みの成長で青年体になっているが、なんとなく、まだ精神的に思春期はきていない。異性を相手にできなくはないが、異性を相手にしたい欲求はなかった。


結婚とか跡取りを残すとか、まだ先でいい。何より、恋愛感情が人間に向くか竜に向くかがわからない。


それに、どれだけ長く生きるかわからない身でずっと爵位を持っていたいとは思わなかった。

弟が結婚するのを待って爵位を譲る事にする。


「兄さんはそういうとこ、父さんに似てるよ」


嫌々爵位を受け継いだ弟の評価が不満ではあったが、爵位を渡したら旅に出ようと思っていたので、反論できなかった。


何しろ母の許しを得た父がふらっと旅に出てしまっている。

これで旅先まで被ったら嫌だ。オレは勇者に交渉し、魔人の大陸に渡してもらった。


「親父さんの仕事の結果見てこいよ」


これもお前の親父に作ってもらった船だと、空飛ぶ船を持つ勇者に笑って送り出される。


魔人の大陸を旅して、領地や国の開発はあれでかなり自重していたのだと知った。


鉄道の速さが違う。農業の規模が違う。人の仕事の大部分をゴーレムが肩代わりしていた。


長らく大地が魔力で溢れかえり不毛地帯と化していた大陸を、農業大国へと変えた魔術道具はどれも父が作ったもの。元になった知識は勇者のものでも、それを使える形にしたのは父の功績。


だから魔人たちは父に敬意を表する。


父親としてはダメダメな人だっが、成したことは認めてやってもいい。魔人の大陸を旅して、そをなふうに思えた。




片足を失った父は旅を終えた。

領地の屋敷の離れに母と二人ひっそりと暮らす姿に貴族らしさはなく、孫に魔術道具の玩具を作る祖父になっていた。


そういえば、子どもの頃に母から手渡された剣は父が作った物だった。若い頃は武器をよく作っていたそうだが、今では玩具や義足、車イスばかり作っている。


父が自分のために作り出した物だが、どこからか嗅ぎつけた人たちが売ってくれとひっきりなしにやって来ていた。


何しろ父の作る義足は普通に歩ける。両足とも義足でもだ。それはもう立つ事のできなかった人たちの希望となっている。


金持ちからはぼったくっているが、儲けた分貧しい者には格安で提供しており、赤字にも大幅な黒字にもならない運用が母によって成されていた。


父に金管理を任せるとものすごいケチくさい倹約か、珍しい素材でぼったくられるかになるそうで、運用には向かない。


家が辺境伯にまでなれたのは、父がマルクに丸投げして一切口出ししなかったからでもある。素材さえ手に入れば父は資産に興味がなく、辺境伯の領地がどれだけあるかなんて把握していないそうだ。


父は町で職人にでもなっていれば満足だったのだろう。


眠ように息を引き取った父は、最後のその日まで工房にいた。遺体はレヴィエスが持っていったため、空の棺で葬儀は行われた。


貴族としては既に過去の人であり、貴族として交流した相手はほとんどいない。だから、参列さした貴族は現辺境伯に取り入りたい人ばかりだ。


個人を偲べる人たちではない。


葬儀のあと、ぽつりぽつりと勇者や魔人がやってきては花を手向けていく。彼らの多くは現辺境伯には会おうともしなかった。


彼らは思い出したように時々現れ、この地が辺境伯領でなくなった後もそれは続いた。




救世主としては語られる老人の姿をした智の賢者。

気まぐれに魔術道具を与える子どもの姿で語られる技の道化師。


どちらも魔人の大陸で語り継がれている童話だ。どちらも同じ人物が元となっているが、片方は人格者で、もう一方は悪事に手を染めることもあるなかなか難のある性格をしている。


技の道化師を利用しようとするとだいたい不幸になるし、技の道化師の誘いに乗ってもほぼ不幸になる。技の道化師と付き合うには誠実に、謙虚に、驕らず、良い者でもあり続けなくてはならない。


最初は良き者でも、技の道化師の恩恵を受け成功者になると驕り、傲慢になる。結果、不幸な結末になり、教訓として長らく子どもたちに語られている。


実物を知っている魔人たちからすれば、良い者であるより、いかに好奇心を満たし、危険に対し助言を得られる立場にあるかが成功者になれるかどうか分かつ。


善意よりも好奇心。それが成人したばかりの父の行動基準だったようだ。

そして、年を重ねた父は人の大陸で放浪の賢者として語られている。


長らくオレはそれを父の話だとは思っていなかった。だが、祖国が亡くなり、あてもなく生きていた頃にレヴィエスから父の遺書を貰った。


長い時を生きる息子へ。


そんな書き出しから始まった遺書は、人生を楽しむための玩具を贈る。と、締めくくられ、地図が同封されていた。


暇だったオレはのそ場所へと赴き、十冊余りの本を手に入れる。本の中身は父が手に入れた知識だ。


まるで上空から写し取ったかのような大陸地図。地表を流れる河川だけでなく、地下をも網羅した水脈地図。今だ人のが入った事のない地を含む鉱脈地図。

植物や魔物分布地図にそれらの特性を記した図鑑。毒物の扱いから解毒方法と多岐にわたる記載があった。


町の地図だと防衛魔術だとか城の抜け道とかが詳細に記されている。描かれた当時からずいぶんと時間が経っており町の姿様変わりしている地も多い。


しかし、古い町だと町の中心は昔のままの所もあり、試しに一つ訪れてみた。抜け道と詳細な館の見取り図で、城主の寝室にたどり着いてしまう。


そりゃ城なんてそうそう建て替えるものじゃないだろうけどさ、親父なんでこんなもん知ってんの。あんた一般市民として旅してたんだよな。


水源も鉱脈もどっちも戦争の火種なるものだし、城の抜け道まであったら勃発するよな。毒物情報も満載だし、暗殺も仕放題だね。


アハハハッ


これがあればどこの国でも落とせるね。オレに何させる気だ。怖いわ。


こんなもん隠してたらそりゃ竜が番犬の様にこの地に住み着くよな。ヤバすぎる。


親父の作った魔術道具の本なんてもう読みたくない。手に取ることさえ拒否っているのにレヴィエスが勧めてくる。


パラパラめくってみれば魔術道具の作り方じゃなくて、使い方と手入れ方法と、なぜか壊し方が記載されていた。


知識はしっかり管理してたが、魔術道具は所在不明な物が多いなんて知りたくない。軍事大国の国宝が親父の作品とか聞きたくなかった。


放浪の賢者の遺産として各国で奪い合いされている現状なんて認めたくない。


「親父、何考えてたんだ?」

「気まぐれな善意だ」

「はあ?」


何言ってんの。

見た目だけ若いまんまだが、ぼけたか。


「あれは平穏を好む。魔術道具を作っていられれば満足する子だった。旅を好むのは未知の刺激を受け、現地で素材を得るためだ」


その結果が大陸中に残る放浪の賢者の逸話であり、各地に残された魔術道具。どれも、最初に渡された人を救うための物で、与えられた誰もが喜び感謝した。


「後のことは気にはしても自重はしなかったから、どれもこれも近年では戦争の道具にされている。だか、それはあれの望むところではない」


だからこそ、破壊の仕方なんて物がここに残されている。


「父の遺産だ。息子として片付けてやれ。長い人生を生きる息子に刺激を、という親の愛だ」


その愛はいらない。

頬が引きつるわ。


「おじいさまにとっては婿ですよね。やらかしちゃったのは息子ですよね。それこそ親の責任で動かれるのでは?」

「だからこうして知識の封印と保存をしてる」


つまり動くつもりはないと。


「組み合わせ次第で大陸が半分消し飛ぶ様な魔術道具もあるが、どうする?」


黙っているとレヴィエスが言葉を重ねる。


「あれはお前の事を安寧より騒乱を好むタチの魔力だと評していた」


クソ親父。自分だけ平穏に望むまま生きて、後片付けは息子におしつけるか。

まったくどこまでもムカつく親父だ。


あんたがいなくてどれだけ母さんが苦労したと思ってる。オレは苦労している母さんを見て育って、あんたの後を継いで苦労されられて、かけられているのは迷惑ばかりだ。


なのに、ただ生きているより良いと思ってしまった。父の遺品に触れたら、良くも悪くも失った家族を思い出す。


「自分だけ平穏にいきやがって」


人の身には過ぎた長い生。どれだけ多くの竜の性質を持っていようと、オレは純種の竜にはなれない。


人の中に生きて、誰も彼をも見送るばかり。


昨日と同じ今日が、今日と同じ明日が心をすり減らす。




あなたからの玩具、受け取りました。せいぜい遊ばせてもらいます。そのついでに、平穏を望んだあなたの意にそわない使われ方をしている魔術道具は回収なり破棄してあげましょう。


長い長い時の中、オレは幾度となく父の足跡と出会った。


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