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帰る場所

「あなた、旅に出ていいですよ」


彼女のその言葉に、甘えた。


たぶん、本心じゃなかったけど、一人、家を出て行く。爵位は長男が成人するのを待って譲り、家の事や商売の事はカヌメとマルクがいれば十分だった。


誰も追い出しはしないけれど、いなくてもどうにでもなる。それなら見にいこうと思った。

今まで訪れたことのない地を見て、知って、感じたい。


そんな欲求に任せてあっちこっち旅をした。旅をしながら、訪れた地の地図を描いて、大陸地図の空白を埋めていく。


近頃では大陸南部は安定し、大陸北部は戦火が広がり治る様子を見せない。かつての大国はどこも開放された勇者に国力を削られ、ハリボテの大国に成り果てた。

そのうち戦火に飲まれて滅亡する国も出るだろう。


かなり治安の悪化した地域を一人旅。物盗りに遭遇する事は多々あれど、危険を感じる事はなかった。どれも対処できる範囲のことで、戦火の直ぐ近くで国境線の変わる様を物見する。


戦争って道具や個人技だけでは勝敗は決まらないんだな。戦略で勝敗の価値が変わり、戦術で強者を打ち破る。


武力を持たないのに戦場で畏怖される軍師。国の命運を握る外交官。彼らは場数を踏めば踏むほど変容し、老獪になっていく。智謀を武器に生きる人たち。


彼らに魔力の多寡はさしたる問題ではないし、個人技も最新の魔術道具もただ扱うモノでしかない。


かつて勇者や英雄といった個人を尊んできた国々が、騎士団や魔術部隊といった集団をもてはやす。個々

の名を語られることのない英雄。ただ人でもなれると夢や憧れを持って語られ、戦場に人が送られていく。そんな様をただ見ていた。


戦場を更地にしてしまうような兵器。作れなくはないが、それで何かが変わるだろうか。そもそもその兵器をどっちの陣営に渡すかも決められない。


どっちの国にもそれぞれが掲げる正義がある。どっちがいいかなんて、その時の気分でしか決められない。

一方的な虐殺になっている戦場なら弱者に渡すのもいいかもしれないが、それは殺す側か変わるだけにすぎない。


勝敗はを左右してまでどうにかしたいほどの信念はなく、戦争に介入しようとも思えない。

ただふと思う。今おきている戦争に僕の責任はどれほどあるのだろうか、と。


大陸北部は魔人が襲来し、勇者召喚が行われていた時の方が安定していた。魔人の襲来原因を取り除き、勇者召喚方法を破壊する勇者を解き放った僕は善か悪か。


気に病むほどの罪悪感なんてないし、過去は変えられないけれど、戦争や内乱ばかりだと面白くはない。


戦火の周辺でちょこちょこ勇者に出会う。介入する者、見てる者、気まぐれに手を出す者、それぞれ対応の仕方は違うけれど、この辺りにいる勇者は戦火に対して無関心ではいられないのだろう。


暗い雰囲気の漂う街の大通り。遠くから争う声が聞かれる中、オープンテラスに座る勇者を見つけて相席した。


「有り余る食料と敵を殲滅できる武器。この地に望まれるのどっちだと思いますか? シズカさん」


魔人の大陸にある余剰食料、その気になれば融通を利かせられる。武器はつくるまでもなく、敵を倒す力がこの勇者にはあった。


「恨みつらみを語る人たちに冬を越すのに十分な食料を用意するので戦争をやめましょうとでも言うの?」


冷ややかな視線を向けられ、笑みを刻む。


「戦になる前ならそれでよかったんでしょうけどね。こじれにこじれた今になって食料だけあっても止まらないわ」


今更できる事はないか。


「食料がないと和平交渉すらはじめられないけど、どうにかしてあげるつもりあるの? 傍観者さん」

「安全圏にいるのはそちらも同じでしょう?」

「そうね」


問うような視線を向けられ肩をすくめる。


「どうにかしたいほどの思い入れはありません」

「英雄になれるわよ?」

「興味ないです。それこそ勇者の仕事では?」


彼女は興味ないと切り捨てた。


勇者の中では比較的付き合いやすい人。魔術を使うのが上手くて、側にいても勇者の魔力を危険だと感じなくてすむ。


「それにしても老けたわね」

「貴女はいつまでも若々しい」

「その気になれば寿命、のばせたんじゃないの?」

「人間辞めるつもりはありませんから」


そこまでして長生きしたくない。


「そういえば、カールクシアが最後に喚んだ勇者に含むところでもあるの?」

「勇者にはないですよ」

「なら、あなたの領地へ紹介状書いてもいいかしら?」

「シズカさんが書くには何の問題もないです」


もの言いが気に入らないとばかりににらまれた。


「あの勇者に思うことはないんですが、彼と一緒にレオナがいるんですよ」

「教会の子よね? 教会と何かあるの」

「教会は関係なくて、学院の同級生だったんですよ」


伺うように視線をやり、視線を落とすと飲みかけのカップを弄ぶ。


「とっとと答えなさい」

「まぁ、その、初恋の相手なをですよね。たぶん」

「たぶんって何よ」


やっぱり楽しそうに追求してきたか。


「結婚した後にカヌメに言われて気づいたくらいだから」


これ見よがしに大きなため息をつかれた。


「あんた、バカよね。今も一人で旅してるし」

「いい奥さんすぎて、どんなにダメな夫になっても見捨てないでいてくれるから、こっちも甘えちゃうんですよ」

「なに、のそムダな自信」


つい笑ってしまう。


「別に自信があるワケではないですよ。カヌメが離婚を決意して、マルクと再婚したらみんな納得するだろうし、こっちは捨てられて当然としか周囲に思われてないですからね」

「あなたが捨てられたら竜か魔人が拾って面倒みてくれそうよね」

「一緒に旅するならそれも悪くはないですが、一緒に暮らしたい相手ではないですね」


くすりとシズカが笑う。


「一緒に暮らすのはカヌメさんじゃないと嫌なんだ?」

「子どもはずっと一緒にいたいと思わないんだけど、家にいるならカヌメの側がいいよ」

「あなたからのろけが聞けるとは思わなかったわ。愛情は言葉と行動で示さないとダメよ?」

「旅が終わって捨てられてなければ努力します」


大真面目に答えたのにダメな人認定された。


急ぐ理由もなく、のんびりと午後のひと時を過ごしていたら悲鳴が上がる。町の真ん中を通る大通りで刺傷事件が起こる治安状態か。


「シズカさん、この町にはいつまでいる予定ですか?」

「決めてないわ」

「護衛依頼してもいいですか?」

「期間は?」

「商業ギルドに行ってからこの町を出るまで」

「何を売るつもり?」

「小麦六十袋」


それだけではこの町の置かれた状況は改善しない。だが、それを商業ギルドか領主が上手く使えば、餓死者は大幅に減らせる。


「あなたのその腕輪、もはや倉庫ね」


竜に鈴つけられたままは嫌だが、これほど妖精石を付けられる素材は他にない。


「売り上げの一割で町の外一山まで請け負いましょう」

「では、お願いします」

「騎獣とってくるから、ギルドで待ってて」


それぞれ会計を済ませて席を立った。




旅はもう終わりか。

もう、自らの足では歩けない。


左足の膝から下が食われた。

若い頃なら避けられただろう。とりたい行動にもう身体がついていかない。


襲って来た魔物はどうにか倒し、傷の処置も終わった。そして、旅を終えようと決めてみたものの、どうやって帰ろうか。


腕輪を媒介にすれば竜に連絡できる。そしたら、レヴィエスはカヌメの所へ連れて行ってくれるだろう。

それが一番安全で簡単な帰り方。でもなぁ、最後の旅路がそれではつまらない。


あの付き合いのいい竜なら、カヌメと一緒に背に乗せてくれるだろう。竜の背に乗るのは今じゃなくていい。


そうすると、その辺にある木を切って、脇で支えられる杖でも作るか。麓の町までなら、それでたどり着けるだろう。


山を降りるのに時間がかかるから武装したいが、さて、どれがよかったかな。お蔵入りした武器も多く妖精石に詰め込んでしまったから、すべては把握しきれていない。


こっちは十全に動けないんだ。攻撃力過多な分には問題ないな。だが、攻撃力を優先しすぎて反動があるのは困る。


装飾品型の武器を見つけて右手に指輪をはめられるだけつけた。


見えている町に向かうのに長い時間を要する。たどり着いた時には日はとっぷりと暮れ、町の入り口は閉ざされていた。


野営して朝一番に町へ入る。

城壁の外がスラム街になっているような町でなくてよかった。


大通りを進みギルドから手紙を出す。商業ギルドからアルシェイドに、冒険者ギルドからはサムイルに。

アルシェイドは直ぐに来てくれるだろうし、サムイルは予定がなければ来てくれるだろう。


部屋に風呂の付いている様な上宿で、お迎えを待つことにする。しかしまぁ、ただ待つだけでは暇だし、杖を改造してみよう。


いくつか試作して、試しに町へ出てみれば勇者に会った。本当、彼らはどこにでもいる。

名前を覚えているほど馴染みの相手ではないが、向こうはこっちを知っていた。


勇者に義足や車椅子という物を教わり、作ってみることにする。


宿の部屋で木を削っていたら宿屋の主人に怒られたので、宿の裏手の庭へ移動した。


試作と使用実験を繰り返し、足首の柔軟性の再現と義足の装着箇所の痛みにどう対応するかで悩む。


悩んでいる間にサムイルが竜に乗ってやって来た。相変わらず若い姿のままの幼なじみ。知らない人がみれば、孫と祖父ほどひらきのある姿になっている。


豊潤な魔力はサムイルの老化を遅らせ、常人より長い寿命を与えていた。


「竜で帰るならレヴィエスを呼んだんだが?」

「わかってる。ルキノが竜で行くのは飛竜貸し屋がある町までだ。そこでアルシェイドが待ってる」


宿を引き払い、先導するサムイルの後をよたよたとついて行く。竜の側へたどり着くとサムイルに抱えられて騎乗した。


しばらく黙って空の旅を楽しんでいたら、サムイルがぽつりと言葉を落とす。


「死ぬのか?」

「そのうちな」


若い姿のままのサムイルはまだ老いを知らない。


「もっと生きたいとは思わないのか?」

「カヌメと穏やかに過ごせる時間があればもう十分だ」


長すぎる寿命なんていらない。サムイルを羨ましく思うことはあれど、それだけだ。寿命に個体差があるのは仕方がない。


サムイルと二人旅はこれで最後か。もうこの先はないと思い至る。


「サムが幼なじみじゃなかったら師匠達に会うこともなく、幼いうちに村から出ることもなかっただろうな」

「後悔してるのか?」

「まさか。あの時村を出たから今がある。魔人の大陸にまで遊びに行ける人生なんてそうそうないだろう?」


くれぐれも死後に石像は立ててくれるなよ。なんか魔人連中に感謝されすぎてそれだけが不安だ。


サムイルを笑わせてやれる事なく、空の旅は終わる。たどり着いた先にはアルシェイドがいて、こちらもまた老化とはまだ縁が遠そうだった。


「カヌメにいっぱいお土産買って帰りたいから、付き合ってくれ」

「どこでも何でも付き合うよ」

「頼むな、景品」


魔人の国から報酬の一部として、僕の残り寿命分アルシェイドの時間をもらっている。その時間ももう残りが

少ない。


「サムもアルもいるのに、自分にダンジョンに行けるだけの肉体がないとは、残念でならないね」

「オレがルキノを背負って行けば、行けなくはないだろ?」

「介護付きでダンジョン?」


アルシェイドは結構甘いよな。


近くのダンジョンに三人で向かい、上層階を少しだけ潜った。いくつか素材を手にしので、片っ端から義足の緩衝材し使えないか試す。


それなりに気にいる義足が出来ると、まだ旅が出来ると思ってしまった。そんな自分に笑ってしまう。




たくさんのお土産を抱えて家路につく。


カヌメは笑って迎え入れてくれた。


「残りの人生は君と過ごしたい」

「もう、一人で旅に出さしてあげませんよ」

「うん。どこか行きたくなったら一緒に行こう」


もう少し義足を改良したら、出かけるのに不自由しなくなりそうなんだ。そしたら、君と共に歩こう。




身体なかにある魔力が散漫になって行く。

ああ、今日なのか。

春の陽光の下、花が咲き乱れる。

柔らかな風に包まれ、笑みが浮かんだ。


「逝くのか?」


「今ならまだ間に合うぞ」


人間をやめるほど多くの魔力を受け取れば、寿命は延びるが、魔力が変質してしまう。そしたら、今までのように魔術具を作るのは叶わなくなる。


長い生を得て、魔術具が作れないなら、どうやって長い時を過ごせばいいかわからない。


ふとレヴィエスの背から見た魔人の大陸を思い出す。レヴィエスと出会わなければ知りえなかった世界があった。


口を開こうとしたがわずかにしか動かない。何も言葉にできないまままぶたが降りてくる。


閉ざされた瞳が開くことはもうなかった。

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