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閑話 『素材バカ』

大地から噴きあがっていた魔力の柱が消える。

誰もが喜びを持って迎えた日を、嘆く男が一人いた。


遺跡を修復した立役者であり、魔人たちから救世主と称えられる男。彼は一人、もう高濃度の魔力に満たされた素材が手に入らないことを惜しんでいた。


他では手に入らない高濃度魔力素材と勇者の持つ異世界の知識を利用し、作られた様々な物。大陸横断鉄道に空飛ぶ船、海上を行く高速船と流通の革命を起こし、多様な農機具をゴーレム化して、広大な不毛地の開墾を成し遂げた。


それも、遺跡修復の片手間に。

にまにましながらの作業はかなり気持ち悪く、ヤバイ人にしか見えない。


それでも、彼の成したことは魔人たちに長く語られる偉業であり、少々空気の読めない言動も好意的に補正して受け取ってもらえる。


「駆け回る森の木材がなくなったら、空飛ぶ船はもう作れない。まだ試したい型あるのに足りるかな」


魔鉱石で海中を行く船作りたいのにとか、車を引く獣がいなくても走る車とか、いろいろ作りたいものがあるようで、男はグチをこぼし、グダグダしていた。


この人、魔人の大陸救おうとか、世界規模の異変をなくそうとか、なんかこう善性的な動機で遺跡修復をしていない。手に入らなくなった素材から気持ちを切り替えると、視線が向かうのは古代竜。


わかりやすい人ではある。


おかげで、勇者が嫌いなのもわかってしまう。

勇者の人格なんてどうでもよくて、勇者の魔力が合わないらしい。なので、個人的にどうということはないし、魔力を使うと逃げられるだけ。


そういう面では繊細なんだけど、勇者の知識に対しては貪欲で図々しい面もある。


だから、興味さえ引ければ何でも作ってもらえる。私も、ドライヤーとか、こたつとか、冷蔵ことか、オーブンなんかを作ってもらっているし、今後もこの家電系は作ってもらいたいから、程よい距離で知人でいたい。


「シズカさん、こっちに残る? 向こう行く?」

「どっちでもいいけど、人で足りてないとこある?」

「ゴーレムで開拓できてるから、復興支援と領地開発は人が余ってる。復讐組は嫌がらせしているだけだから、人が多くても少なくても問題ない」


人手不足で困っているところは特にないらしい。


「参加できそうなのはギルドか学校の運営くらい?」

「どっちももう大枠はできてるから、面白味は少ない」

「だよね」


歴代勇者の中でも魔術特化に極まっていた人たちで魔力の柱が拡大しない様に抑え込んでいた。なので、目覚めたのは最後であり、役目が終わったのも最後。


面白そうなことは先に目覚めた勇者たちがだいたいやっちゃっているから、私たちが先陣を切ってとか、中枢となってとか、そういう感じのが残っていない。


「はぁ、勇者召喚の破壊くらいはやりたかったのになぁ」

「意外、復讐組に参加したかったんだ?」

「私の前の勇者が召喚魔術に従属魔術が添加されていたから」

「その世代って生きている人いないよな」

「いないね」


なにしろ普段は自我まで抑え込まれた人形のようなもので、ごくわずかに意識を取り戻したら「死にたい」と 願う扱いをされた人たちだ。

一番勇者の扱いが悪かった事態を知る数少ない勇者の一人として、あれだけは認めないと決めている。


それに、私たちの世代は兵器にされた勇者討伐に喚ばれており、魔人より勇者と激戦をした世代だ。正義なんてどこにも見つけられないまま殺し合い、生き残った。

その結果が、勇者の中でも強者の一人に数えられている。


「古参の勇者はみんなそのヘン語りませんよね?」

「いい思い出がないから」


笑みを浮かべ、それ以上の言葉を拒否する。

最近の勇者が裏切られた、暗殺者送り込まれたと騒いで、復讐にかられるのを見ていると、その程度で騒ぐなと言いたいし、君ら結構マシな時代だといたい。


感覚が違いすぎてこちらの言葉は届かないし、年寄り扱いされるだけだから言葉にはしないけど、ゲームでもしているかのように騒いでる勇者を危うく思う。


「こっちの大陸にいてもすることないから、向こうで観光がてらかつての国跡でも巡ってみるわ」


最初の問いに答えると、魔人と激戦した時代の勇者と別れる。次に会うことがあるかどうかは知らない。ただ、この世界は魔力が多いほど長生きする傾向がある。


お互い魔術特化の勇者だ。魔力は多い。

縁があればいずれどこかで会うだろう。




海にしろ空にしろ、船だと酔いそうなので、修繕された魔法陣を使って人の大陸に移動する。

到着先はマイハース辺境伯領だ。おそらく、あの男の地位向上に竜が力を貸している。


魔人の大陸ほどではないが、こっちはこっちで勇者連中がやらかしていた。食事がよくなっているのはいいけど、マイハース辺境伯領、和食系の店多すぎ。


亜熱帯気候でうどん屋、ラーメン屋、そば屋、おでん屋、鍋ってどうなのかしら。全制覇するまでここの領地に居座るけど、たこ焼き屋もお好み焼き屋もあるのね。


しかし、マイハース辺境伯領と王都を結ぶ鉄道はやり過ぎじゃないかしら。寝台列車とか豪華列車とか、勇者の入れ知恵感がヒドイ。


せっかくだから豪華列車の特別室を利用しましょう。


私、勇者現役時代かなり稼いでいるのよね。空間収納付のカバンとか妖精石も持っているし、宝飾品や貴金属も所持している。


お金は発行元の国はないけど、金貨や銀貨は素材としての価値はあるし、気ままな旅行をするのになんら困ることはない。


急ぐこともないし、のんびりと世界を見て回ろう。


アースハート王国の首都はこの地にもともとあったものと勇者の趣味が混在していた。どうやら辺境伯領の方が勇者たちにとっては好き勝手できたようだ。


町と町を移動する馬車に乗ったり歩いたりして北上して行くと、徐々に勇者に影響されたと思われる店が減っていく。醤油と味噌は買い込んでいるし、和食が恋しくなったら料理しよう。


乾燥昆布もあるし、みそ汁くらいならできるはず。うどんも小学校の頃社会科見学で作ったし、できるかな。




アースハート王国の北にあるのは都市国家群。国主に勇者を掲げているところが多いが、そうではない都市もある。魔物大侵攻でてきた都市国家で、勇者無しで防衛した所は冒険者のおかげらしく、ギルドの影響力が大きいそうだ。


入国料を払い、大通りに出ると多くの往来がある。しかし、武器を携行している人が多くの、女子供の姿は少なかった。


勇者の魔力をいくつか見つけ、一番近いのに接触するため大通りから離れる。ギルドからさほど離れていない通りにある冒険者パーティのホームが並ぶ通りに目的の魔力はあった。


どうやらここに勇者は三人いる。さて、ここにいる勇者はどの時代の勇者かしら。少し楽しみに思っていたら、絡まれた。


女らしい格好はしていないが、女を隠すほどではない。魔術で剣くらいなら作れるから武器も下げてないし、にもつは収納付しているから大きな荷物もない。


国に属しているかどうかは微妙な、都市国家周辺にある村からやってきたお登りさんに思われてそう。


下卑た笑いは不快だし、自分より弱い護衛なんていらない。通行料? どこの山賊よ。

会話するのさえツライ残念さだわ。


接触しようと思っていたら勇者の魔力が動いた。どうやら騒ぎを聞きつけてやってくる。


助けてくれるのかと思ったら、絡んでいる側についた。

どうやら仲良くできない勇者らしい。みんながみんな仲良しじゃないし、相性もあるし、縁がなかったってことね。


無言のまま立ち去ろうとしたら手首をつかまれた。その不快さに、腕を振りほどく。


抵抗されたら実力行使?


当然、勇者を含めて返り討ちにしますよ。

勇者の魔力がわからない程度相手なんてみんな蹴り倒す。魔術を使う価値さえないわ。


魔術特化ではあるが、格闘戦ができないわけじゃない。

楽勝です。


この勇者、弱っ。


倒れた相手を冷たく見下ろしていたら、なんかわめきだした。


「オレたちにこんなことしてただで済むと思うなよ」

「ギルドが黙っちゃいないからな!」


私は笑みを刻む。

今、このバカ何言った?

こいつらの属しているギルドって、勇者が主体に作ったものよね。


オメデトウ。


君たちに魔術を使う価値ができました。


光の魔術で鎖を作ると全員拘束する。なんか言っているのはムシして、身体強化するとギルドまで引きずって行くことにした。


労力的には荷物に重力軽減魔術をかけた方が楽なんだけど、そうすると引きずられる連中のダメージが軽減するので少し労働をしてあげる。


引きずって歩くと周囲の視線がツライので、マントのフードはしっかり被っておく。誰にも止められることなくギルドにたどり着くと、驚きを持って迎えられた。


ゥーン、ギルドの中にも勇者はいるわね。

引きずってきたコたちよりは魔力が大きい。


私は受付に向かうと可愛らしいお姉さんに声をかける。


「二階にいる人、呼び出してくれるかしら? あの奥の赤髪の人の真上くらいにいる人なんだけど」


受付のお姉さん、たぶん顔面接あったんだろうな。ギルド作りたがったの男の方が多かったし、ギルドのシステムに美人なお姉さんは絶対必要と熱弁した勇者が複数いるのは聞いている。


お姉さん、なかなか動いてくれないので、私は抑えていた魔力を解放する。

ヤジを飛ばしていた冒険者やギルド職員に怯えられたが、みんな黙ったし、目的の相手が動き出した。


階段を降りているらしい気配をたどっていると、その姿が見えてくる。


「どうも、この地に派遣されているギルド巡回職員のショウタです。お怒りの様ですが、奥の部屋で話を伺いますので、まずはその魔力を抑えていただけませんか?」

「そこにいるの蹴り倒したら、ギルドが黙っていないと言われたの。話し合いでいいのかしら?」

「ええ、こちらとしては話し合いを望みます。あなたがそこにいるのと同類にされたくないくらいには、こちらも同類にされたくありません。古参の方」


私は魔力を抑える。


「古参と呼ばれると年寄りみたいで嫌だわ」


ショウタはギルド職員に指示を出すと手枷や首輪を持ってこさせ、捕獲していた勇者三人につける。残りの男たちには手枷だけつけて地下へと連れて行った。


「不快な首輪ね」

「暴れられたら脱獄されますから」


ショウタの後をついてギルドの奥へ向かう。応接室に通されると向かい合って座る。美人なお姉さんがお茶を淹れて部屋を出て行くと、遮音結界が貼られた。


「それで、あのバカ勇者たち擁護するの?」

「しませんよ。あいつら魔人の中にいたら弱者になるからこっちの大陸に来て、マイハース領でやらかし、アースハート王都でやらかし、北上してきた奴らなんですよ」


魔物大侵攻の時は逃げ出していなくて、防衛したのは冒険者をしている別の勇者。そっちは町の中心から外れたところに住んでおり、静かに暮らしているそうだ。


「なので、巡回職員というか、ギルド監査役員としてこの町に赴任してます」


勇者しては弱者な彼ら。けど、普通の冒険者に比べれば強者であり、戦う術を持たない町人とは比べるまでもない。彼らは威張れる所を求めこの町まで流れて来たらしい。


「あれ、野放しにしたくはないですが、勇者が勇者を裁くことに抵抗感がある方もいますし、この世界の法で裁かせるのは忌避感がある方が多くて、勇者間の意見統一ができなくて正直扱いに困っているんですよね」

「ショウタくん。それを古参の私に言うのはずるくない?」


知っている勇者と知らない勇者がいるが、古参勇者はだいたい勇者を殺した事がある。


「しかし、勇者に隷属の首輪をつけているのも思うところがありますよね?」


確かにそれは殺してくれと願った勇者を思いおこさせ、不快だった。

しばらく沈黙し、代案を考える。


「一つ、試してみたいことがあるわ」


私は一人の男を思い浮かべながら代案を口にした。




だいたいの勇者は戦う技術を持っていない。

身体強化にしろ剣に魔術をまとわせて戦うにしろ、洗練された技術はなく、豊富な魔力による力技で実行しているにすぎない。


なので、使える魔力を制限されてしまえば今までの様に威張れなくなる。雑魚扱いしていた魔物も脅威に変わり、町から町へ単独移動なんて怖くてできない。


結果、彼らは一つの場所で定住することになり、居心地悪くなったから移動なんて逃げ方はできなくなった。


厳重処罰を望んでいたギルド所属の勇者たちの中には不満を持つ者いるが、監視と更生を擁護派だった学校所属の勇者に押しつけ、落とし所にしている。


完全に魔力が使えなくなると日常生活にも不自由するからと、戦えないが生活には困らない程度に魔力を抑制した魔力制御の腕輪。ギルドから大量の素材を提供すれば、時間があったらしく辺境伯サマは直ぐに十数種類の腕輪を作ってよこした。


素材に浮かれて色々な腕輪が作られたせいで、やらかした勇者たちは腕輪の実験体扱い。最終的に感情を高ぶらせて魔力を使おうとすると電流が流れる腕輪が、懲罰的に採用された。

無事更生したら電流が流れない物に変えられるらしい。が、更生したなら変えなくてもでも電流は流れない。


そしてこの腕輪、魔力を隠すのが下手勇者や魔人から人気になった。魔力が多いからと誰もが戦いたいワケじゃないし、怯えさせたいワケでもない。

しかし、満足するまで作りきった物の作成には興味が低いらしく、辺境伯サマはなかなか作ってくれなかった。


素材を貢げば特急で作ってくれるけど、お金じゃ遅い。


正直、古代竜のウロコを見つめて笑う姿は不気味だったし、気持ち悪い。最近、古代竜に向ける視線もヤバそうな気がする。


でも住むなら辺境伯領、食事的に魅力的なのよね。定住するなら家欲しいし、床下暖房とかエヤコン作ってもらいたいし、電子レンジも欲しい。


将来の為に、人の大陸を見て回る間、レア素材を見つけたら確保しておこう。

私は再び北へ向かって旅に出た。

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