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閑話『あの男』

ルキノ・マイハースが刺殺された。

ありえない。

その報を聞いてまず思ったのが、それだった。


病気による急死ならともかく、只人に刺されるような可愛げのある子ではなかったし、これは何かあると、思いはしていた。


だが、そんなことを日々気にしていられるほどの余裕はなかった。忙しさの中にその存在を忘れ、有名無実だった大司教の地位が、大陸南部の魔人撤退と新国家誕生で重みを増してくる。


閑職だった大陸南部を統括する大司教が、一つの派閥になりそうなほど力を増し、新しく作られる町々に教会が作られて、これは枢機卿になれるかもしれない。なんて夢も見た。


夢は儚いもの。固守するほどの権力欲も承認欲もない。


「ライズ様に権力争いは似合いませんよ」


にこにこと昔からの付き人にも諭され、今まで通り無害な中立派に戻ることにする。

今ならこの大司教という地位を欲しがる者はいくらでもいた。移動願いを出せば、横すべりで長閑な地域へと変えてくれる。


その予定だったのに、おいしい地域すぎて派閥争いが激化。どいつもこいつも足の引っ張り合いをして後任が決まらない。


「あの男爵が戻ってくる前にこの国を離れたいが、間に合うと思うか?」

「戻ったからといってあちらから接触してくるとは限りませんよ」


姿なき男爵。陞爵にさえ姿を見せなかったとウワサされている人物であり、領地開発が好調なようで近々子爵にとの話も出ている。名を、ルキノ・マイハースといい、奥方の名前も刺殺されたはずの男と同じ人物。


一緒に旅した間に、次々とトラウマを植え付けてきた男。数年たっても蜂か蛇か魚が夢に出てきたらうなされる。


人生において、なるべく関わりたくない相手だ。


竜の支援で建国された大国。竜に守護されたあの男はどこまで地位を上げるだろうか。

おそらく、あの男が望んでいれば、新国家の玉座も手にしている。


あれは地位を望んでいたようには思えなかった。そこまで思考して、ふと思う。あいつ、陞爵しているの知っているのか。


教会で確認しているだけで勇者が二十人を超え、勇者の疑いがある者がその倍はいる、大陸随一の軍事力と国土を持つ新国家アースハート。


そんな大国家で上位五指に入るほどの大商人にもなっているのだが、あの男、どこを目指しているんだ。


魔人との交易は独占状態。教会に伝わる勇者召喚理由と竜に連れられて魔人の国に渡った理由が本当なら、今後も独占状態は変わらないし、魔人はいくらでもあの男を優遇するだろう。


そして、魔人が住むからと僻地に隔離して始まった領地開発。当初、魔人以外の移住者はほとんどなく、気がつけば増えていたのが勇者たち。はおそらく魔神の大陸からからやってきた。

勇者の英知はそのままではなかなか使えないが、あの男には勇者の語る数々の道具を具現化する技術がある。


竜としは世界を滅ぼしかねない古代技術の復興は望ましくないが、こちらの都合で与えた技術を使うなとは言えない。

なので、知識と技能が拡散しない様に監視せよ。なんて命令が教会から出るくらいには、あの男、ヤバイ人物になっている。


あの男が姿なき男爵でいてくれる間に頼むから転属させてくれ。

切実な願いが叶うことなく、あの男は姿なき子爵になった。




アースハート王国の北。そこは今代勇者の一人が西の国の援助を受けて国を作っていた。その国が都市国家にまで縮小をよぎなくされている。


魔物大侵攻。


もともと、建国した場所がよくなかった。

大陸を北と南で分ける様にくびれた場所で、迷宮化するほど魔力のたまっていた地。そのせいで他の地より魔物は強く、数が多かった。


多くの冒険者が北から南に向かったが、かの地にとどまる冒険者は少なく、多くがアースハートに向う。ギルドの有り様を変えてまで冒険者の取り込みをした国と、西の国の影響を強く受けて冒険者をならず者扱いした国。どちらが居心地がいいかなんて比べるまでもない。


結果、魔物の討伐が間に合わず、魔物大侵攻になった。


今思えば、建国しなかった勇者たちがこの地にとどまっていたのもよくなかったのだろう。彼らは普通の冒険者たちが討伐困難な魔物ばかりを狩っていた。


ドラゴン化する様な魔物がいないということは、そんな魔物に捕食される魔物もいない。


魔物を狩る冒険者が少なく、捕食者もいなければ、魔物大侵攻にいったても当然の帰結だ。その原因になった国には強い批難が向く。


かの国で魔物大侵攻から守られたのは勇者が在住していた町のみ。余波で魔物大侵攻を受けたアースハートはきっちり防衛殲滅して見せているだけに、かの国に向く批難は大きい。


かの国が発生地であり、殲滅に失敗したせいでかの国の北でも被害が出ている。

華々しく建国してみせたが、建国王である勇者からはすでに人心が離れ、国際的には西の国の属国だ。


アースハートの建国王は無法地帯となったかの国に手を出す気はない。何しろ開発しなくてはいけない地が国内にいくらでもある。


北の国々との緩衝地帯とすべく、都市国家群の建国に援助するくらいだ。アースハートの国境に近い所から援助と冒険者の誘致の為に新しい冒険者ギルドの法式が取られるだろう。


「五大国時代の終わりか」


六大国と言われる日は近い。


波状した魔物大侵攻。アースハートは国境で返り討ちにしたが、その数が北へ向かった魔物に比べて少なかったわけではない。


殲滅向きの大魔術を使える勇者が両手に余るほどおり、国境の外壁から遠距離攻撃ができる武器が大量にあったおかげだ。


かつて、自らの祖国の地を捨て、本気でこの大陸を魔人が取りにきた時代があった。勇者召喚をうながす為なんて理由ではない、古代竜が介入するしかなかった激戦の頃を生き抜いた勇者たち。


彼らにとって最近の勇者など、冒険者ごっこをしている子供でしかないし、大魔術があれば殲滅できる魔物大侵攻なんて児戯に等しい。


「かってにお邪魔してすまないね。常に勇者に寄り添い、誰よりも勇者の危険性を知る教会の大司教さん。君はオレが誰かわかるかな?」


教会の奥深く守られた大司教の部屋に唐突に現れた男が笑う。楽しむ様な試す様な笑みに、冷や汗が止まらない。


「勇者様」


それだけでは足りないとばかりに笑みを貼り付けたまま眼を細める。


「さ、最強」


一言口にするだけでガリガリと気力が削られていく。


「そう呼ばれてもてはやされた勇者は少なくない」


冷ややかに男は笑った。目が離せないほど華やかでありながら、毒々しく。底のない穴のように闇の深い瞳をしている。


「歴代最強」


若々しくも老成したようにも思える男からの圧力が減り、肩の力が抜ける。


「その時代の勇者だと認識できるなら、及第点をやろう」


にっ、と魅力的に笑う男に落第点をつけられたらどんな扱いをされたかなんて考えたくない。


「この世界にもう勇者は必要ない。勇者召喚に必要な物は全て回収させてもらった。あと残るは古代竜と人の頭の中に残る知識だけだ」

「私が係わったのは勇者のそばに配置する神官や巫女の育成で、勇者召喚には膨大な魔力が必要なことくらいしか知りません」


保身の為に必死で語る。


「知ってる。だから、ここへ来た」


殺しに来たんじゃないから怯えるなんて言わられても、無理。恐怖しかない。


「教会もさあ、勇者召喚がないんじゃ今のままではいられないだろう? もともと君らの教会は竜信仰から始まって、勇者に寄り添うようになったんだし、そろそろ原点に帰るころだよね」


微笑む男が必要な人材と物資と金は早々に集めておけと命じる。その意味を理解する前に男は部屋から姿を消し、呆然としているところにのこのこ付き人がやってきた。


「姿なき子爵さま、姿なき伯爵になるそうですよ」


魔物大侵攻に使われた武器の無償提供による陞爵だそうだ。この武器、今後はアースハート国軍の正式装備になることも決まっっている。


これは六大国ではなく、軍事力一強時代の到来かもしれない。

ぼんやりする頭で、教会の将来を考えないように今後の国家間の勢力図に思いを向けた。




勇者召喚を行うのは五大国。勇者召喚に教会は関わらない。なのに教会は、贖罪のように勇者に寄り添う者を育ててきた。


千年を超える昔にあった超大国。現在の五大国なんて、その時代に栄えた地方都市でしかなかった時代。その超大国で最初の勇者召喚が行われた。


その勇者召喚方法を管理したのが教会で、超大国が滅んでも勇者召喚方法がなくならなかったのは教会の功績。だが、勇者にとってはその功績こそが罪なのだろう。


聖国にあった教会本部は更地になった。


どこの国も勇者召喚方法を失ったのを隠しており、秘密裏に教会から勇者召喚方法を買おうとしていたらしい。それが歴代最強勇者にばれて、対象者のみ暗殺から局地的大災害になり、更地にいたった。


災害級の魔術なんて詳しく知りたくないが、最強勇者なら災害くらい起こせることは知っておかなくてはならない。

何しろ、事前に人、物、金を集められた唯一の地にして、現在最も勢いのある地域だ。


枢機卿どころか、教皇の座が目の前に転がっている。

でも、枢機卿連中が頑張れば回避できなくはない地位だ。やる気と熱意のある方どうぞ。

私は貴方を支えて枢機卿になりましょう。


大司教から教皇は直接なれないから、誰かとっとと名乗りを上げろ。


枢機卿連中、嫌な方向に頑張りやがった。

生き残った枢機卿連名で、枢機卿の地位を押し付けてくる。


これで君も教皇になれる。とか、ふざけんな。


次の教皇になったら勇者に暗殺されると、誰もが逃げやがる。勇者召喚方法を復活させようとしなければ大丈夫だと、何度説明しても「勇者について、それだけ理解できている君が一番だ」と誰も彼もが押し付けてくる。


どいつもこいつも教皇の座が安全だと判断できるまでは頭を下げて、安全だと判断したとたん引きずり下ろしてきそうな者ばかりだ。


アースハート王国地区聖教会教皇。


金と物だけ分捕って、地域限定で教皇を名のることにする。あとの地域は知らん。かってにどうにかしろ。


老獪なのか、老害なのかわからん枢機卿なんて相手にしてられるか。どうせ勇者召喚の起きないこれからの時代に今のままではいられない。


教会の持つ祝詞の力は本物だからな。回復魔術、医療、調合といった分野に力を入れて行こう。

人を救えという教義はもともとあるから、ダンジョンに潜る冒険者に回復魔術を使う信者がいる。


冒険者ギルドと提携して、人の育成でも勇者が作ったが学校と協力するか。今ならまだ、教会の持つ教育方法を高く買ってもらえる。


聖国から切り離された教団としてなら、五大国の介入を嫌うアースハート王国国王と対話もかなう。




「我が国で権力を主張するのでなければ、歓迎しますよ」

「この地が聖国のようになるのを勇者が許すことはないでしょう。私は一つの組織の長として、組織に属する者の安寧を望みます」


王はにっこりと笑う。


「この国は古代竜に勇者に魔人。いろいろと表には出せないが配慮しなくてはならないモノが多い。一緒に苦労してくれる相手が増えるのはいいね」


社交辞令てはなく、歓迎されてる?


「私は左遷で赴任できない大地の司教になった身でして、陛下の期待に応えられるか」


全力で困りきった顔をさらす。

私は次代を育てたら隠居する。生涯現役でいるつもりなんてさらさらない。苦労なんてこれ以上いるか。


「だって貴方でしょ。竜お気に入りの技術者くんと旅したの。彼ね、年に何回かこっちの大陸に戻って来てるらしいんだよ」


竜、勇者、魔人及び家族、従業員共謀で、あの男は貴族になっているのを知らないらしい。なので、国王陛下は未だあの男に会ったことがなく、およぼされる技術の恩恵を受けるだけ。


国の防衛を担う魔術のほとんどが姿なき伯爵の作品なんて知りたくなかった。

反逆されたら王国名が変わるなんて、笑いながら言わないでほしい。


「技術者くんの功績がわかってない連中は陞爵にさえ姿を見せないなんて不敬だって騒ぐけど、国より古代竜のウロコが欲しいって人じゃなければアースハート王国なんてないから」


技術者くんについて教えてくれと陛下は微笑む。


これは、たぶん、きっと、グチ相手として捕まった。


国王陛下の茶飲友達。

なんとも心労の多いお友達にさせられ、それは教皇という地位を退いた後まで続くことになる。


蜂、蛇、魚に続き、勇者と陛下。


私の悪夢の種はあの男のせいで、年月と共に増え続けていった。

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