閑話『技術者くん』
どうやら僕は王族らしい。
らしいというのは生まれてからずっとそう言われて育ったからで、僕には治める国も住む城もなかった。だからまあ、育ててくれるのは感謝しているけど、祖国復興は誇大妄想というか、壮大な夢物語くらいにしか思えなくて、年寄りって夢見すぎだなぁ。と、他人事くらいに思っていた。
そんな僕の前に現れた黒い竜。
今は人の姿をしていて、黒髪黒目に黒い肌の悪そうな男の姿をしている。なんか無駄に色気がすごくて、自分を取り合って争う女たちをつまらなさそうに眺め、酒を飲んでいる。
女の修羅場を子猫がじゃれあっているくらいの感じにしか思ってなさそう。そしてしっかり貢物の酒だけは呑んでる。
話している場所が花街の路地っていうのがよくないのかな。でもなぁ、王になる覚悟はあるか? なんて、夢物語を問われるにはふさわしいかも。
元王宮跡とか縁起悪そうだし、堅苦しいところはこの竜には似合わない。
「質問していいですか?」
頷いたのか、酒呑んだだけか微妙。でも頭が縦に動いたから肯定ととる。
「僕を城から助け出さしたのは白い竜だと聞いていたのですが、本当ですか?」
白い竜に生かされた特別な王子。僕に祖国再興を願う大分に白い竜がある。
「白いのなら、たまに子どもくらい拾う。そこに理由を見つけたがるのが人間で、白いのは気まぐれなだけだ」
本来、人に問いかけるのは白い竜の役だか、今現在、僕より優先したい子がいるからそっちにつきっきり。僕の代わりはいるけれど、その子の代わりはいない。
「僕以外にも王族やが生きているんですか?」
それは、僕の家族ってこと?
親族かな。
「この辺りの国は百年もあれば入れ替わるからな。ここ数百年で滅んだ国の王族はそれなりに残っている」
「それはみんな白い竜が助け出したんですか?」
「助けたのもいるが勝手に助かったのもいる」
それって、僕だけが特別助け出されたってことじゃない。竜からしたら僕なんて代わりのきく存在みたいだしさ。
「他にもいる中、僕に声をかけた理由は何ですか?」
「お前の血筋を証明するのが一番簡単だからだ。古いのほど面倒だからな。竜に加護された建国王にでもすれば、血筋などなくてもいいが、人の国の王としては血筋もないよりはあった方がいい」
この感じだと建国に竜の援助が得られるのか。
「竜の加護を得られる国ができるなら、王になる覚悟くらいしましょう」
古国カールクシア。竜に加護された彼の国は五大国一の歴史がある。国が長い歴史を持つということは、それだけ一つのまとまりとして存在できるということ。
この辺りに住む人は自らの国というものがない。どこにも帰属できなくて、誰もが生きるのに必死だ。
ここは平和や安穏からは遠い。
今までよりマシな国ができるなら、竜くらい利用してみせよう。そしたら、年寄りたちの夢物語の一端くらいは見せてやれる。
これから大変そうですが、僕に王となれと望んだ方々です。せいぜい長生きして、一緒に苦労してもらいましょう。今更、できない何て言わせませんよ。
黒い竜の予定が怖い。
実現したら大陸最大の国土を持つ国となり、軍事力は五大国を上回る。
勇者が最低で五十名。最大で八十名を越える。そこに古代竜が一体もしくは二体。これで軍事的外圧で滅んだら大陸史に残る暗君だ。
勇者も竜も防衛には協力してくれるが、軍事侵攻には反対だそうで欲かくなと脅されてはいる。脅されなくても内政でやることはいっぱいあるし、軍事利用何てしないよ。
なんか、僕の一番の仕事って、勇者のご機嫌とりになりそう。
僕がご機嫌とりにする勇者のなかに、現在魔人を討伐している勇者は含まれていない。むしろ建国狙いの勇者とは国境線をどこに引くか争うことになる。
「勇者は王には向いてない。この世界の人との間に生まれる子の出生率が悪すぎる」
ハーレム作ってもなかなか子ができない。結果、相手の浮気できた子を跡取りにするはめになったり、家臣や家臣の子に王位を渡すことになる。
勇者なんてカリスマ建国王の後に正当性のかける二代目では、国が割れる。そうして割れてできた国の一つが僕の生まれた国。
母はカールクシア王国の王族に連なる人で、父は建国しなかった勇者とパーティを組んでいたガイナート帝国の皇族。
乳母は二人が惹かれあった結果が僕らと語ったが、かなり疑っている。
まず建国した勇者、突然病死。暗殺説が濃厚。黒い竜によれば現在魔人の国で建国しなかった勇者たちと共に深い眠りにつき、目覚めを待っている。
そっちは起きるまでほっとくとして、僕の父と母は愛情より焦りでくっついていそう。王位継承権を持つ跡取りがいない。その意味を理解した血筋最上位の二人が行動した結果が僕及び、僕の兄や姉だ。
魔術の腕がちょっとよかっただけの下級貴族の娘が建国王の後宮に入り、護衛騎士と火遊びした結果が皇太子では納得いかない人が多いに決まっている。
そして国を割り争い、疲弊したところに魔人がやって来て国が瓦解。そんなことをこの地は何百年も繰り返してきた。
僕はその歴史に終止符をうつ。
誰もが北の地より勇者が来るのを待つ中、僕は大陸最南端から、我こそが竜に加護されし王だと天から竜の背に乗って現れる。
「勇者は魔人を打ち払い、余はこの地繁栄と安寧をもたらす者なり」
信仰対象になっている竜って、ハッタリには最強だよね。
「もしかして、古代竜に乗ったことのある人って僕だけじゃない? 」
「魔人の大陸まで白いのに乗って行った奴がいる」
「臆病な技術者くんだったか?」
竜の後援で国づくりなんて大事業をやっているのに、古代竜の好感度が技術者くんより下だ。別にいいですけど、もうちょっとこうなんか、調子に乗れるくらい持ち上げてくれてもいいですよ。
「あれがいないと、百年先のこの世界に古代竜は存在してない。勇者を使った時間稼ぎももう限界が近かったからな。あとはオレか白いのが自らの肉体を使って穴を塞ぎ、残った方が勇者召喚でできた世界の綻びを塞ぐ為に眠りにつくしかない」
白と黒の古代竜以外はすべて勇者召喚の綻びを埋めるべくすでに眠りについている。目覚めるのは遠い時の先。けれど、肉体を使って穴を塞いだ竜はもうその場から動けない。そうなれば長い眠りではなく、死を選ぶ。
動くことがなければ穴は再び開かない。
人の大陸の陣取り合戦なんて黒い竜には暇つぶしのゲームだ。王に選ばれただけの駒より、自らか同胞の死を回避させた相手に好意を持つのは当然か。
二年かけて国境線が決まり、国の形ができた。その間にこの国には三十人を越える勇者が訪れ、大部分が定住している。
勇者って戦う者だと思っていたけど、何人もいろんな時代の建国勇者が混じっていて、結構文官として使えた。建国してなくてもなんか勇者の人って算術が得意らしい。
「わたしらにとったら加減乗除は義務教育で習うからね。
予算書類は慣れれば楽勝」
そんなことを語る女勇者は現在学校作りに邁進中。異世界魔術学校作り隊とかいう勇者の集まりで、自分たちで魔物狩ったりして予算を作り出している。
将来的には国家予算で優秀な生徒の学費と生活費をみろと言われている。そのくらいならどうにかなるが、すべての子どもに無償教育は夢物語だ。
予算も人材も確保できる気がしない。
でも、勇者の意見なので検討すると答えている。
学校とは別に異世界ギルド作り隊という勇者の集まりもある。なんか、ランクシステムも自由度の低い今のギルドの有り様も気に入らないようで、新しいギルドを作るそうだ。
「やっぱ、Xランクはロマンだよな」
意味はわからないが、他国のひも付きギルドは邪魔なので、そっちは参入にガッツリ規制をかける。なので、自国のギルド作りには予算も人も出します。それで足りない分はそちらでよろしく。
学校作り隊ができるんだ。きっとギルド作り隊もやれる。
あと、生活水準を向上させ隊というのもある。何をどうしたいのか不明だったが、研究職らしかったので、学校作り隊の隣に場所を用意しつつ、遠回しに押し付けた。
そしたら、土地改良や品種改良をして農産品を向上させたり、稲作始めたり、ミソやショーユという調味料を作ったり、魔術具を作ったりしていいた。
「和食サイコー」
ワショクってなんだろう。わからなくても国内産業に良さそうだったので、見守ることにする。
魔術具、販売可能な完成度に仕上げたの技術者くんか。君、遺跡の修理に忙しいんじゃなかったの?
君の奥さん、首都にデカイ店建てたぞ。国にお金出してもらう代わりに爵位送りました。送った相手は技術者くんだけど、この国の人は誰も見たことがないので、女男爵だと思われてます。
あと、君のとこの副商会長、外交官か財務官やってくれないかな。敵にするとヤバそうですが、優秀ですね。
国内に定住している勇者たちは思ったより問題を起こさない。活動方針とか理解できないことを言う事もあるけど、力任せに暴れることはなかった。
まあ、理解できないのは勇者たちがいた世界はこことは社会のあり方が違っていたようで、建国勇者が上手くいかなかったのはそのあたりにも問題があったのかもしれない。
気になるのは我が国通を過していった勇者たち。
勇者たちは彼らを復讐組と呼んでいる。
復讐の理由は様々だ。
元世界から無理やり引き離され、もう会うことも叶わない家族や友人。当たり前に手に入った将来。召喚された事、そのものを恨んでいる勇者。
勝手に召喚したあげく、魔人討伐なんてものに利用された事を恨む勇者。
魔人討伐後得た地位や名声の結果、裏切りにあった勇者。
彼ら彼女らが魔人の大陸で大人しく長い眠りについた理由は主に二つ。一つ、眠りにつかなければ自分と同じ目にあう被害者となる勇者が増えるから。
もう一つは、復讐を古代竜が邪魔するから。
死んでも死体を利用されるし、死体を残さないように魔力を使って自爆しようとしても、その魔力を利用されるだけで死ねない。
遺跡暴走の収束にめどがつけば、竜は勇者召喚方法の破壊や破棄に賛成している。古代竜としても世界に歪みができるものはいらない。
恨みにかられた勇者がやらなかったら、竜がやる。
長い眠りについたあとなら、勇者の復讐を阻むものはない。新国王としても、大国の圧力は邪魔なので、こっちに意識を向ける余裕がなくなるくらい暴れてほしい。
勇者たちって中途半端にいろんな分野の知識を持っているから、大国の技術援助を受けなくてもどうにかなっている。
知識だけでしかない勇者と現実の間を埋めるための試行錯誤は必要だが、大国の介入を防げるのはありがたい。
山が邪魔だからってブレスで吹き消す古代竜より、迂回路を作ったり、山の上に水をくみ上げる方法を考えてくれる勇者が僕は好きだ。
今代の建国勇者くん。君の国、かなりまずい事になっているよ。隣国なので、潰れられると余波が大きい。
是非ともこっちに余裕ができるまではねばってくれ。
暗殺されない限りは、 まだ若いし跡取り問題も出ないので、十年くらいはやれるはず。勇者の力による圧政でも恐怖政治でもいいから、僕の国にが落ち着くまではやれ。
だいたい君、嫁もらいすぎなんだよ。女は一人でくるんじゃない。侍女に侍従、護衛に下働きの者。いろいろ連れてくるだよ。
建国間もない何もない国にならなおさらで、王女なんてもらえば、連れてくる人は余裕で三桁にとどく。
ハーレムの女たちが西の国の出身なら、連れてくるのも西の国の人。結果、国の上層部が西の国の人ばかりになる。
現地の人のコネなんて一年に満たない魔人討伐の旅の間に出会った人だけ。それでは王宮で仕事を任せられる人なんてほとんどいない。
建国の勇者くん。君の国、西の国の属国だと思われてるぞ。早々にどうにかさないと、本当に属国になるし、地元民の人心はすでに離れかけている。
五大国に対する緩衝国に使いたいから、コケても吸収したくないし、援助してやれる余裕もない。けど、このままだと難民がおしよせてくる。
「えー、黒い竜さま。なんかいい案ない?」
「国境にドラゴン一匹養殖して配置しろ」
「ドラゴンが養殖できるんですか?」
食材としては味落ちするができるらしい。勇者たちに討伐しないように依頼して、というか、落とされないように勇者にドラゴンの護衛を陰ながらしてもらおう。
ドラゴンなんて国際的には自然災害だし、建国間もない国がドラゴンの討伐に手間取っていてもおかしくない。外交官に頑張ってもらえば他国からの非難はかわせる。
ドラゴン討伐に大国から人を送り込まれそうだが、ドラゴンの存在が確認できないとか、場所が特定できないとか、理由をつけて限界まで時間稼ぎしよう。
「ついでに、勇者たちから要請された魔人受け入れについても、いい案ないですか?」
魔人の大陸大変そうですが、うちの国は魔人の最大被害地ですよ。勇者たちからすれば困っているなら助けてあげればくらいの軽い気持ちなんでしょうが、心情として受け入れられない人が大半だ。
「原住民がいないところで隔離。隔離先を一つの領にし、特殊領地に指定して領民の移動に制限をかける」
「黒い竜さま、ブレスぶっ放す以外の解決法知ってるじゃないですか」
「この前こっちの大陸に来てた白いのが言ってた」
マジか。
本当、もう、技術者くん竜を交換してくれ。黒い竜に内政は無理だ。
「領主に誰がいいか言ってませんか?」
「やりたい奴がいないか貴族に問え。いなかったら勇者。それでもいなかったら、魔人の大陸にいる男爵の名前を使っとけだと。あいつのためなら魔人の王が領地運営できる奴をよこすそうだ」
名前だけで誰も姿みたことないから、いきなり領主にすれば他の貴族から反発がある。だが、誰もやりたがらない領地なら不満は減る。
だいたい原住民がいないんじゃ、村を開拓して領主になるのと一緒だ。そして、いたる所で開拓をしているのに、わざわざ開拓者に魔人がいるとわかっている領地へ行きたがる人がいるとは思えない。
自薦して領主になりたがる貴族がいるとも思えないが、いたところで失敗確定だろう。最初からなるか、誰かの失敗の後なるかの違いくらいで、技術者くんにやってもらうしかなさそう。
まだ見ぬ技術者くん、お互い竜に仕事を任せられた身だ。逃がすつもりはないので、一緒に苦労してくれ。




