年末年始
眠い。
睡眠が足りてない。
鈍くなった頭で、つらつらと魔法陣を書き出していく。
カールクシアに帰国してから、魔術学院の早期卒業手続きをとった。卒業証書を手にすると、退寮となる。
「国でルキノが来るの待ってるから」
アルシェイドはカールクシアを出て行き、僕は四葉魔術具商会の一室を占拠して寝床にしていた。
お仕事するにはいい環境なんだろうけど、いつまでも仕事から逃げられないというか、仕事に終わりがないというか、際限なく仕事づけにされている。
仕事の供給が過剰になっているという僕のささやかな主張は、マルクに笑顔で流されとどかない。もう、商会長はマルクでいいと思う。
従業員もみんな僕がお飾りだって気づいているし、経営能力なんてないよ。僕、職人というか技術者だし、現状マルクに使われている側だ。
そして、年単位で商会から離れるのも確定しているし、マルク、商会のっとってくれないかな。
怖い笑顔で拒否られたから押し付けはしてないが、商会長代理はよくて商会長がダメなマルクのこだわりがわからない。けど、マルクが望むならお飾りの商会長として名前くらい置いておく。
商会とは別で、レヴィエスからも一つ魔術具の注文を受けているし、サムイルから頼まれている物もある。
サムイルは千年竜の女の子と契約したらしく、退寮したあと飛竜貸し屋に転がり込んで付き合い方の講習を受けているそうだ。で、竜の騎乗に使う道具を作れと頼まれたのだが、未成体の竜だから身体が大きくなることを前提に作らなくてはいけない。
騎乗具は装着時間がある時は、妖精石にしまうようにすれば普段は装飾品になるだろう。急ぎの時には竜と身体を固定する魔術を発動する何かを準備しておけば、サムイルの要望にはこたえられる。
問題は何に魔法陣を刻むかだよな。サムイルは魔力あるから、素材が何でも困らないだけに悩む。
凝りまくった趣味魔術具にするか、効率重視でそのへんにあるもので作って寝るか。迷う。本当に迷うが、徹夜の頭じゃやらかしちゃうよね。
そもそもここで効率重視できるなら寝不足やななっていない。時間と金と素材があれば趣味にはしるに決まっている。
やらかしたあと攻撃的な真昼の太陽を見て、僕は一瞬反省した。だが、改善されることのないまま年の瀬は過ぎていく。
新年を迎え、僕は成人した。
マルクが中心となり、従業員一同お祝いしてくれる。お祝いの準備を知られたくなくて、マルクに仕事づけにされていたそうだ。
過労って言葉があるのを知っているかマルクに問いたくなる。だが、皆が笑顔で祝ってくれている中、問いただす気にはなれなかった。
成人したからと、何か変わった気はしない。けど、祝ってもらうのは悪くなくて、お飾りでも商会長続けてもいいかと思ってしまう。
そして、大陸中から物の集まる王都の物流のよさをいかし、大陸各地のお酒が集められていた。どうも従業員に酒好きが多いようで、空ビンが量産されている。
「タダ酒サイコー」
そんな合唱が聞こえたんだか、君ら僕を祝ってくれてるんだよね。時間経過とともに不安になるんだけど、気のせいだと思いたい。
「ルキノくん。飲んでる? 酒に飲まれるのも新成人のお仕事ですよー。みんなそうやって自分の酒量を覚えるの」
にこにことほろ酔いのカヌメが祖国で好きだったというお酒をすすめてくれる。飴色の液体は口当たりはいいが、かなりキツイ酒だった。
宴もたけなわとなり、僕は寝床にしている部屋に向かおうとして立ち上がるとフラついた。片づけを始めていたカヌメが飛んできて、身体を支えてくれる。
並ぶと身長差が気になった。
「背、伸びと思ったんだけどな」
「出会った頃よりは大きくなってますよ。それに、まだまだルキノくんは成長期です」
カヌメより、背、伸びるといいな。
「成人したんだけどな」
「ええ、成人しましたね」
くすりとカヌメは笑い成人まで待ったとかすかな声でつぶやいた。
何を待ったかや、酒の怖さを知るのは翌日の昼のこと。ふわふわした頭で、カヌメに部屋まで連れていたいってもらった僕は何もわかっちゃいなかった。
カヌメって、古代竜押したおした女の子孫なんだよな。ちょっと魔力的に違うところがあっても、基本普通の人だから忘れていた。
酒量を知るって本当、大事だな。
大人って、怖い。
成人したとたん僕は世間の荒波にもまれている。
「年上の女房はいいものですよ」
店で遭遇する誰もが同じ言葉を口にした。
ラザード帝国で出会った頃からカヌメは僕を狙っていたそうで、去年のうちに根回しは終わっていたらしい。
「異国から商会長が連れてきた人ですよ。我々一同、未来の商会長夫人だと思い接してきました。お仕事についてもそのように教育しております」
生暖かい眼差しで、マルクが語る。
マルク、お前、僕にその認識がなかったのをわかった上で推しすすめたな。
だってその頃、僕は未成年。結婚なんて考えていない。
「金銭目的の散財が趣味な女に捕まるよりはいいですから」
にっこりとマルクがカヌメをゴリゴリ押してくる。
正直、逃げられる気はしてないけど、こうなんていうか、僕にも恋愛を楽しむ期間があってもいいんじゃないかな。
淡々とマルクが僕のハマりそうな女について語りだす。
「興味本意で、お金にも男にもだらしない見た目だけはいい女に遊びのつもりで手を出し、相手は遊びのまま、一人本気になって下僕のように貢ぎ続けそうです」
マルクによると、生活費や素材費なんかの必要経費に困らなければ僕はお金に対する執着が薄いらしい。そして、僕の認識できるなら必要経費から大きく逸脱したお金については無頓着だと諭される。
まあ、好奇心がうずけば金のかかる女に手をだす可能性はなくはない。でも、店のお金は自分のお金って感じじゃないし、貢げるほどのお金は持っていない。
少しばかり冷んやりする笑みで、マルクが帳簿を出してきた。
「何これ?」
「商会長としてのお給料と魔術具師としての変動分の追加報酬です。いつも魔術具師として定額給料しか受け取っていませんから、積立させて頂きました」
これなら散財できるでしょうと微笑まれ、否定できなかった。最初からあると思ってなかったお金なら、かなりどうでもいいことに使える。
その一つとして、女に散財はありだ。
興味なくはないし、たくさんの男から貢がれている女がどんなものか、気にもなる。
あれ? 僕、マルクの言葉に誘導されてる。
けど、気になるよな。
「財布のひもをしっかりと締められる奥様が商会長には必要だと、ご理解いただけたらようですね」
僕は頬を引きつらせる。
この先、僕はマルクにもカヌメにも勝てないんだろうな。大人になり、僕は一つ悟った。




