迷いの森 2
第一の石碑から第六の石碑は正六角形の頂点になる場所に配置されている。第七の石碑はその正六角形の中心付近に第八の石碑と並んで建っていた。
第七と第八の石碑の向こう、ちょうど正六角形の中心にあたる場所には遺跡がある。扉の閉まった遺跡の上にはレヴィエスがおり、遺跡を護っているようにも見えた。
第七の石碑にサムイルが触れ、アルシェイドが触れ、石碑の前に僕だけが残る。視線を上げれば、人型をしたレヴィエスと目があった。
人ならぬ目にゾクリとする。
竜の思考なんてわからない。人に理解できるとも思わない。けれど、レヴィエスは今、僕を待っている。
僕が第八の試練を終えるのを期待しているのだと思ったら、妙に笑えた。竜に期待されるなんてまるで僕が大した事のある人ようだ。
建国王や英雄や勇者や賢者。歴史に名を残した偉人たちの中には竜との逸話が残っている。レヴィエスの視線を受け入れたら、僕もその一人になれそうに思えてしまう。
それはなかなか楽しい未来だ。夢いっぱいで、現実感のないまま第七の石碑に触れる。
世の中ままならないよね。
その日、僕一人第八の試練に向かえないまま夕食をとる。一応、第八の試練受けようと思えば受けれたんだけど、第七の試練がぎりぎり通過すぎて気に入らなかった。
で、第八の試練を受けるより第七の試練に戻せと石碑を叩いていたらレヴィエスが降りてきて、再度試練を受けられるようにしてくれた。
ものすごくあきれた眼差しを向けられたが、知らん。だいたい思い込みでもなく、レヴィエスに文字解読してもらったら及第点が六十点で、通過得点が六二点だ。
昼から星空になるまでがんばってもまだ八四点。せめて九十点代にしたいし、できれば九十後半を狙いたい。
サムイルとアルシェイドはすでに第八の試練まで終わっているので、明日からは食料調達兼素材採取だ。たぶん、サムイルはまたレヴィエスに挑むだろうけど、死なないように手加減はしてくれている。
迷いの森の試練を超えた先、望む物を手に入れるなんて話はウソだった。試練を超えそうな者がいると遺跡で竜が待っていて、きまぐれに竜が望みを聞いてくれる。
サムイルの望みは闘争。レヴィエスに襲いかかり、返り討ち。第七の試練から何度目かの地上に戻ったとき、何年かぶりにサムイルが倒れている珍しい姿を発見した。
アルシェイドが何を望んだのかは知らないが、一人で夕食を作ってくれたのは感謝している。
「何日でも待つから、ルキノの気がすむようにしたらいいよ」
「オレもいいぞ。一日一回、レヴィエスが相手にしてくれるからな」
二人とも急かしてこないから、僕がはじっくりと試練に取り組む。
第七試練から難易度が急激に上がりすぎなんだよな。やっていることは第六試練までと大差ないんだけと、同時に複数のことをされられるのが難点だ。
右手と左手でそれぞれ必要な形を感知し、それぞれにあった形に魔石を形成する。そしてそれは繰り返す毎に分岐していき、感知させるモノを倍化させ、作らさられるモノを倍化させた。
幾筋もに分岐するのを感知するのはいい。問題は形成だ。形成は魔力を使う。僕の魔力では片側だけでも全部はまかなえない。結果、レヴィエスにもらったら魔石に頼るしかないのだが、魔石の魔力を使うのは自前の魔力を使うのよりちょっとだけ手間だ。
そのちょっとの手間が精度を低下させ、結果を悪くしている。
第七試練に挑んで二日目の夜。どうにか九六点をとり、翌日から第八試練に挑む。
第七試練は左右にどんどん分岐していったが、第八試練はそれに上下がついた感じだった。木の根元から一本の大樹を作り上げる様な作業で、葉や実の様な飾りもある。
丸二日やって七十点代って、ヘコむ。
「レヴィエス、魔石に魔力補充して」
「もうなくなったのか?」
「まだあるけど使いにくい」
魔石に対して八割から二割くらいの魔力が使いやすい。それより多いと勢いよく流れるし、少ないと流れにくかった。
わずかな差ではあるけれど、その差を僕の技量でうめる余裕はない。
夕飯を食べて、魔石に対する要望を伝えて寝る。
起きたらほぼ八割まで魔力をこめた魔石が用意されていた。
要望どおりなのはありがたいですが、毎回食事が用意されているいたれりつくせり具合といい、ちょっと怖い。試練をやりとげろと無言の圧力をかけられているようだ。
まあ、通過得点はとれてるんだけどね。納得いかないままにしておきたくない。
サムイルとアルシェイドが第八試練を終えたときは何もなかったけど、ぎりぎりでも僕が第八試練を終えてから遺跡の扉に魔力が流れ始めた。
たぶん、あの扉は開く。
だからこそ、ぎりぎりの結果じゃダメだ。第七試練、ぎりぎり通過のままだったら第八試練は通過できない。先を思えば余力がいる。
第八試練に挑んで三日目の午後、僕は九八点を出し、第八試練を終わりにした。陽はまだ高かったが、休息のために睡眠をとる。
頭がとても疲れていた。
サムイルもアルシェイドもいなかったから、レヴィエスの結果の中で眠る。
夕方、自然と目覚めた。
レヴィエスの視線を感じながら夕飯を食べ、もう時間稼ぎすることがなくなる。
明日まで待ってくれそうにないな。
レヴィエス、僕には第八試練終了のご褒美何がいいか聞いてくれないし、視線が急かしてくるんだよね。
行かなかきゃダメなんだろうな。
遺跡に扉に触れると、扉は開いた。
人が数人並んで歩けそうな通路があり、足元の壁には長方形の光が等間隔に並んでいる。天井にも円形の光が等間隔に並んでおり、通路は昼のように明るかった。
通路に足を踏み入れると、レヴィエスもついてくる。
迷いようのない一本道を進むとまた扉があった。近づくと扉は開き、広い部屋に出た。
試練の部屋とよく似た部屋で、試練の部屋より壁の光る部分が多い。
レヴィエスが壁や床と一体化している台に触れると、壁の光っている部分の表示が変わった。
「ルキノ、こい」
手招きされて向かうと、壁に開いた二つの四角い穴にそれぞれ手を入れるように言われた。
「危険はない。技術者登録をして、認証紋を発行するだけだ」
技術者登録?
認証紋?
気になったことはあるが、危険は感じられないので指示に従う。
手の平を下にして突っ込み、台の上に手を置くと台から枷が出てきて手首を固定される。それからわずかに魔力を吸い出され、何か生暖かい液体が手の甲に触れる。
次に熱と風を感じ、手首の枷が引っ込む。
穴から手を出すと両手の甲に円に近い複雑な模様が描き込まれていた。
「何コレ?」
「人体に害はない」
それ重要だけど、聞きたいのはそれじゃない。
「技術者試練を超えた者に管理者権限で発行できる認証紋だ」
「へー、……管理者⁈」
「この遺跡は人間が作ったものだが、この遺跡に使われている言語を理解できる人がいなくなってな。竜なら何度人の国が滅んでも生きているからと、末期の管理者に押しつけられた」
竜に押しつけるとは、なかなか思い切りのいい人が管理者にいたようだ。
「とりあえず、ここに両手を置け」
楕円形の枠を示され、両手をつく。
枠の中を青い光が上から下へと走った。
壁の一部が光り、絵が出てくる。それと同時に不安を呼び起こすような音が鳴り響く。
「何?」
「音は警報だ。壁のは世界地図」
壁を指差しながらレヴィエスが説明してくれる。
「地図の真ん中にあるのが、ルキノが住んでいる大陸。大陸の上部にある四角の印がここにある遺跡だ。世界各地にある丸い印はこの遺跡と同年代に作られた遺跡で、黒い丸はもう稼働していない」
丸い印で一番多いのは稼働していないと言われた黒だ。
「地図の右下に紅く点滅している印があるのはわかるか?」
点滅しているので、とても目立ってわかりやすい。
「それは異常が発生している遺跡だ。場所は魔人の住んでいる大陸。魔人がこの大陸に侵攻する原因になっている」
竜が笑う。どこか禍々しくて、僕は足を後ろに下げてしまう。
「さあ、魔人の国を救いに行こうか。技術者よ」
「へっ、今から?」
間の抜けた声を出し、僕はぶんぶん首を横に振る。
「それ、二、三日で終わる? 遅くても今年中にカールクシアの首都に戻らないと僕、マルクに怒られるんだけど」
魔人の国というか、よその大陸行くならそれなりの準備もしたい。暑いか寒いかくらいは事前に情報もほしい。
「準備は必要か」
ぽつりとレヴィエスが言葉をこぼす。
「二千年待った。今更数ヶ月待っても差はないか」
なんか、えらいケタきたね。準備期間を十分くれそうなのはありがたいですが。
「遺跡修復にかかる期間はルキノの能力次第だ。年単位でこの大陸を離れる準備をしておけ。逃すつもりはない」
強制してでも連れて行くんですね。
まあ、知らない土地に行くのは楽しみだし、いいよ。技術者試練も手こずりはしたけど、面白かったから。その技術がいるというならやりますよ。
では、遺跡を出たら、アルシェイドから情報収集するところから始めようか。




