迷いの森 1
迷いの森と呼ばれる森にはどこからでも入れるが、この森には入口と順路が存在している。入口から順路をたどり、森の深遠にたどり着くと望む物を手に入れられるらしい。
そんな迷いの森の入口に案内してくれたのはライズだった。順路というか、迷いの森の地図は頭に入っているそうだが、森の中の案内はしてくれない。
僕らに先行して森に入った勇者たちには教会の人が案内についているのに、ライズは断固拒否した。
「石碑をたどって行くだけだからルキノなら迷わない」
必死に拒否するライズに僕らはあきれる。
「迷いの森、そうそう危険な魔虫はいないでしょ。魔木が多いくらいで」
まぁ、同行してもらいたいわけじゃないし、来るように説得するつもりもない。迷いの森の入口で、石碑の使い方を教るとライズは逃げるように去って行った。
石碑の使い方は難しくない。石碑上部にはめこまれた魔石に魔力をとおすと文字が浮かび上がってくる。文字はかなり古いもので、まったく読めない。読めないながらも、八つの項目があることくらいはわかる。
文字が浮かび上がった後、魔力を一度流せば最初の項目が光り、二度流せば二つ目の項目が光った。
この文字が読める竜のお勧めはサムイルが三項目で、アルシェイドが五項目。僕は法六項目だそうで、それぞれ目当ての項目を光らせた後、石碑下部にはめこまれた魔石に魔力をとおす。
石碑から一本の細い光が伸びた。この光が順路だそうで、この光の方へ進む。
どの項目を選んでも最初に向かう方向は同じだが、この先も同じかどうかはわからないそうだ。石碑の示す光の先には試練の石碑があり、試練を超えた者にしか次の道は示されない。
サムイルが選んだ項目は勇者にも選んでもらっている項目で、どういう順路がたどるか教会には記録がある。すべての試練を超えなくても五つか六つ越えれば魔人盗伐に出てもいいと教会は判断しているそうだ。
すべての試練を超えられる勇者は多くないらしい。だが、皆無ということもなく、勇者が二週目の試練に選ぶのがアルシェイドの選んだ項目で、三週目に選ぶのが僕が選んだ項目。
試練は途中変更できなくて、別の試練を受けるには今受けている試練を踏破するしかない。そして、長い歴史と多くの勇者を見てきた教会でも僕が選んだ項目を踏破した人はいないそうだ。
いくつかの試練を超えた者として、勇者や賢者の名が歴史の中に散見するくらい。彼らの残した言葉によると、石碑の文字が読めないことが致命的に試練の難易度を上げているとある。
おそらく、その試練は力技では超えられないのだろう。そして、試練を超えられない理由が文字だけにあるなら、レヴィエスは訳してくれるはず。
どうにもならなかったら竜に頼るとして、まずはどこまでやれるか試してみよう。
僕らは気楽に森の中へ歩を進めた。
迷いの森には整備された道はない。しかし、ここ数日五組の勇者が試練に挑んでおり、ここを通過したと思われる道らしきものができていた。
根を張り動かない系統の魔木や魔草は討伐済み。サムイルはつまらなさそうだが、動く系統のは襲ってくるのでそれで我慢してもらおう。
勇者パーティは採取には興味ないようで、そっちは量、種類共に豊富に残っている。標高差はあまりないし、足元が悪いくらいで安穏とした道行となった。
あっさりと見つかった第一の試練の石碑の前で、僕らは昼食休憩をとる。昼は教会で用意してもらったらものですませた。
「誰からやる?」
食後、石碑を見ながら問えば、サムイルが魔石に触れる。こういうとき、サムイルはためらわない。魔石が魔力で染まるとサムイルの足下に魔方陣が浮び、サムイルごと消えた。
たぶんというか、結果から見れば転移魔方陣。幻影ダンジョンで見たのより小さくて洗練されていたように見えた。
「これって、続けて使えるのか?」
疑問を口にしつつ、アルシェイドは魔石に触れる。魔方陣が足下に現れるとアルシェイドも消えた。微妙にだが、サムイルの時とは魔方陣が違っている。移動した先が違うのだろう。
僕も手を伸ばし、魔石に触れると魔力を流す。僕の足下にできた魔方陣はやはり二人のものとは違っており、転移した先には誰もいなかった。
薄暗く、広い部屋。壁の一部が間接照明のように光っており、光る壁の下に石碑があった。
つるりとした床は硬く、平たい一枚岩のようだ。ただ、まったく見たことのない材質で、魔力伝導率はかなり悪そう。
天井は三階建ての建物より高いくらいで、それを支える壁に継ぎ目はなかった。どうやったらこんなものが作れるのか疑問に思いつつ石碑に近づく。
この場で唯一僕に推測できるのは、石碑の魔石に魔力を流したら第一の試練が始まりそうなことくらいだ。
僕の予想は間違ってはいなかったが、これ、字が読めないのは辛いものがある。
魔石に魔力を流すと部屋が明るくなった。最初、光る壁は一面しかなかったが、魔力を流すことで四面とも光り出す。
光の中に浮かぶ絵と文字。そして石碑の横の壁が開いて出てきた道具。出てきた道具と絵には共通点があり、課題内容はおそらく文字で示されているのだろう。
読めないなら、絵から推測するしかない。レヴィエスの同行を拒否したのは失敗だったな。
たぶん、あのお皿が二枚乗っている様なのが天秤みたいなもので、ごろごろ出てきた大きさの違う魔石を左右の皿の上に乗せて、均等になればいいのだろう。
左右の皿の上に魔石を置いてはのける作業を座り込んで繰り返し、この天秤が測っているのが重さではないと気づく。大きくても魔力のあまりこもっていない魔石は軽い扱いだ。そして、大きさに関係なく魔力のこもっている魔石は重い。
僕は右の皿に六個の魔石を置き、左に八個の魔石を置いた。鐘が鳴るような音がして、魔方陣が浮かぶと僕は第一の試練の石碑の前に戻っていた。
「サムも終ったんだ?」
「ひたすらゴーレム切るだけで面白くなかった」
「まあ、こういうのは徐々に難易度が上がるから、そのうち楽しくなるさ」
僕の方の試練って、難易度上がると絵だけで解読できるんだろうか。レヴィエスを呼ぶべきか悩んでいるとアルシェイドが戻ってきた。
「どうだった?」
「辛かった。次々に変わる絵とその解説らしい音がするんだが、何を言っているか全くわからん。この石碑の成り立ちというか、遺跡? の説明だとは思うが」
アルシェイドはしきりに首を傾げていた。
「取り敢えず、次に行くか」
僕らは石碑から伸びた光が示す方へ足を進める。
お茶休憩の後、第二の試練に挑み、夕食後、野営の準備をしてから第三の試練に挑んだ。そして、僕は決断する。
魔力豊富な迷いの森だが、膨大すぎる魔力を持つレヴィエスの居場所ならわかる。アルシェイドの魔力も借りて、僕は一点に向けて念話を飛ばす。
『翻訳希望』
どうやら届いた様で、気配が空から近寄ってくる。
竜って、でかいよな。空を見上げると星が見えなくなった。再び星が見える様になると、人型をしたレヴィエスがすぐそばにいる。
「一日で第三まで超えたか」
レヴィエスはどこからともなく表皮紙を取り出す。丸められたそれを受け取ると、第一から第八までの試練が書かれていた。
第一から第三は魔力感知にかんするもの。第二試練は手で触れられない魔石の魔力量が多い方から順に並べるというもので、どれが数字の一かわからなくて難儀した。
記号の数字訳も第二試練の課題の下に書かれており、なんか悔しい。
第三試練は課題となる触れられない魔石と同量の魔力を空の魔石に込めるというものだった。課題の内容がわかるまで、課題絵にあった天秤を探してずいぶんと時間を無駄にし、理解したとたん即終了。
試練の大部分が読解力であることに、僕は悲しく、苦痛を感じた。
第四試練からは妖精石の形状変化とある。どう変化させるかは図を見ればわかるそうだ。
「ルキノ、聖国に行く前に渡した魔石は持っているな? 五つか六つ目からは魔石の魔力を使わないと厳しいだろう」
ケチるなと念をおされる。そのかわり、試練を全部超えたら使った魔力の補充はしてくれるそうだ。
試練がつまらんとグチるサムイルにレヴィエスは第五試練に獣型のドラゴンが出て、第六試練に飛行型のドラゴンが出ると教えて機嫌をとる。
第七試練は遭遇してのお楽しみだそうだが、楽しめるのは戦闘バカだけだ。僕はそんな試練絶対に受けない。
「五項目の訳はないですか?」
「ないな。全容も知らない。この遺跡はそなたの国にある遺跡と同時代のものだ。そなたには見るだけでも価値があるだろう」
アルシェイドはレヴィエスの言葉をどこか痛そうき聞いていた。
レヴィエスが見張りをしてくれるというので僕らは眠る。すんなり寝られるほど、僕はレヴィエスに慣れてしまった。
竜を襲う生物などいるはずもなく、朝までぐっすり眠れる。
僕は目覚めるとレヴィエスの分も朝食を作り、第四試練に向かう前に別れた。
そばにいないというだけで、レヴィエスは迷いの森の中にはいる。今はここから離れるつもりはないようだ。
昼前に第四試練を終え、昼食後第五試練に向かう。
第五試練の石碑の前には勇者パーティがすべてそろっていた。
「ルキノ先輩? なぜここに」
カールクシアの勇者が不思議そうに声を上げた。
「教会の人相手に仕事して、迷いの森で採取許可もらったから、ついでに試練中。そっちは?」
「試練って一人づつじゃないと受けられないでしょ。第五試練が超えられなくて」
パーティメンバーは第三か第四あたりで脱落し、どこのパーティも第五試練に挑んでいるのは勇者だけ。その勇者が第五試練を超えられなくて、みんなここに集まっているそうだ。
「休憩中なら、石碑の前開けてくれ」
隙間ができるとサムイル、僕、アルシェイドの順で試練を受ける。
試練内容がわかるってラクだな。
妖精石の形状変化ってどうするのかと思ってたらそれ用の魔方陣あったし、妖精石も出てきた。試練の部屋から持ち出せないのは残念だが。悩まないで済むのはいい。
とっとと済ませて外に出るとサムイルより早かった。
「えっ、もう?」
石碑から光が出れば、試練を終えたのはバレるか。
「僕、戦う試練受けてないから」
一人お茶でも淹れて二人を待つことにする。
お湯を沸かし、お茶を煮出し終えたのを見計らったかの様にサムイルが戻ってきた。
「飲む?」
「もらう」
機嫌よさそうに笑っているところをみると楽しめたのだろう。ゲガしている様子もないし、アルシェイドが出てきたら出発するか。
ここは人が多くて落ち着かない。
「ルキノくん、回復薬余ってない?」
パーティの輪を抜けてレオナが寄ってくる。
「対価次第では余るよ」
「これでどう?」
レオナが髪飾りの妖精石から取り出したのは魔木だ。しかも複数ある。
「量と質、どっち優先?」
「質」
僕は背負っていた軽い鞄を下ろし、両手を突っ込んでから腕輪の妖精石から回復薬を取り出す。妖精石は知られているが、幻術で隠している竜の腕輪までは知られたくない。
「魔力回復ならサムイルでも回復できるから、レオナなら魔力切れしても全快できるよ。肉体回復なら上級下位魔術くらい」
二種類の回復薬を出してみせる。
「何本くれる?」
「魔木全部くれるなら三本」
「なら、魔力回復一本と肉体回復二本」
鞄に両手を突っ込み肉体回復薬を出す。見た目は似ているがフタの色は違うので間違うことはないだろう。
「レオナなら、魔力回復三本だと思ったんだけどな」
「自分で使う用じゃないから。一人じゃ肉体回復させられなくて負けているみたいだし」
レオナの視線の先にはカールクシアの勇者がいる。
「がんばってるな。僕からすると回復手段より装備をどうにかした方がいいと思うけどね」
「勇者の装備は王家から下賜された名品よ」
「いくら名品でも、使い手にあってなければ宝のもちぐされ。本人の魔力の質と武器の相性が良くない。回復薬使う前に一度教会に戻って装備を考え直した方がいいよ」
話している間にアルシェイドが出てきた。アルシェイドが冷めたお茶を飲みほすと、僕らは出発する。
この日、僕らは第六の試練まで終えた。




