軍事演習場 夜
夕焼けの中、班の目的地に戻った。
スープと焼肉と柔らかいパンで夕食をとる。それから、風呂のかわりに浄化魔術で身体を清めた。
浄化魔術使えない子にはスーフが魔術をかけ、寝る準備をする。テントはクラークとスーフの主で一つ使い、もう一つを残り三人の女の子で使う。
男三人でたき火を囲み、クラークとスーフは交代で寝る予定。二人に余裕があれば、僕も寝るが期待はしてない。
木の枝を落とし、ナイフで削って串を作る。
襲われた後見つけた芋を掘り出して、半分川で洗って来た。洗った芋を串で刺し、たき火で焼く。泥つきのは持って帰る用にリュックへ入れた。
「何焼いているんですか?」
ひょっこりテントからレオナが出てくる。
敷物の上に座ると、クラークがお茶を淹れて渡す。
「芋、もう少しで焼けるけど、食べる?」
「よろしければ、いただきます」
「レオナさん、雑食?」
昼も平気で香茶を飲んでいた。
「カールクシアへは異文化を知るために来ましたから、初めてのものは何でも食べます」
食文化交流だと笑うレオナはイルベリアス王国の出身。聖国とも呼ばれ、宗教の力が強い国だ。
「癒しとか守りの巫女がいる国だよね? 祝詞で神さまの慈悲を与える」
おそらく、祝詞が魔術になっているのだろう。迷宮都市に教会があり、神の慈悲を見たこともある。
「よくご存知ですね。教徒です?」
「迷宮都市の教徒です」
迷宮都市で入信しておくと、ダンジョン帰りに癒しがもらえる。そのため、信仰心より実利の信者が多かった。
「聖国でも炊き出し目的の信者は多いですわ。ご利用とお話はセットですから」
お話をたくさん聞くと心神深くなる。そしていずれは敬虔な信者だ。
癒しも食事もそのための入り口だが、一部の信徒からは嫌われている存在でもある。彼女が怒るような人だったら距離をとるが、大丈夫そうだ。
「奉献です」
焼けた芋を串ごと渡す。
「熱いから気をつけて、皮をむいたら塩をかけて味の調整をして下さい」
レオナは楽しそうに皮をむいている。焼くと皮の取りやすい芋だが、色は灰色。それを彼女は嫌がることなく食べる。
食べ終わるとレオナはテントへ戻った。スーフも寝る体勢になる。僕はたき火の向こう側にいるクラークをうかがいながら、口を開く。
「疑問なんだけど、どうして貴族の子が貴族科へいかないんだ?」
「魔術学院の評価は高いが、貴族科の評価だけは低い」
答えは期待してなかった。だが、教えてくれるらしい。
「評価だけの問題なら女学校でもいいが、お嬢様は生まれ持った魔力が多い。正しく制御できるようにならないと本人も周囲も危険だ」
魔力の暴走で理性を失えば、人ではなく魔獣として扱われる。最悪、危険な魔獣として駆除だ。
「封具で抑えないのか」
庶民ならともかく、お金持ちの貴族ならいくらでも手に入る。
「大人になって魔力が安定しているならそれでもいいが、成長期に封具は身体への負担が大きい」
「魔力制御を覚えるなら早いほうがいいか」
「そういうことだ」
たき火に枯れ木をくべ、星を見上げる。魔力がちょっと多い恵まれたお嬢様になんて、同情できない。クラークの悲愴感も理解できないし、違う世界の住人だった。
テントからネイミ・ヒロセイツが出てくる。女の子で唯一Bクラスの異母姉妹の妹。
「そこ、借りていい?」
僕とクラークの間にある敷物を指差す。
「姉と一緒は寝れないか」
「あなただって、お嬢様と一緒には寝れないでしょ。性別の問題がなくても」
ネイミは横になると、マントをかぶる。すぐに寝息が聞こえてきた。
「どういう感覚だ?」
「私とスーフは主のいるところで恥になるような行動をしない仲間意識。お前は男認識されてないだけだ」
貴族意外は人間じゃない認識だったら嫌だな。
迷宮都市だと生きた盾として、使い捨てにされることもある。こいつらが違うと信じられるほどの関係性はもっていない。
性別がどうこうより、この至近距離で寝られる神経が恵まれた子だ。信頼してない他人がいるところで、寝るなんて僕にはできない。
「ルキノ、昼間は寝たふりか?」
「仮眠だよ。クラークもできるだろ?」
「育ちが知れる発言だな」
今寝れているのは、今まで安全なとこで生きていた証だ。
危機感に任せ、マントで鼻と口を覆う。座ったまま飛びのくと、座っていた場合に短剣が刺さっていた。
剣を抜く、ギリギリで襲ってきた刃を防ぐ。そのまま防戦一方で誘導される。
「やめませんか?」
「あともうちょい離れてほしいんだよね」
言葉と同時に受けた剣ごと吹っ飛ばされた。追撃はないので、剣を鞘に納める。
テントの方へ視線をむけた。ぞわりと悪寒が走る。
「暴走⁉︎」
「街なかにある学院だと確認できないからねぇ」
「暴走させる班だけ隔離か」
「そっ、君とクラークくんだっけ? 彼は対照外なんで引き離させてもらいました」
魔力が火柱のように吹き上がる。目の前で五つ。離れた位置でも何人かやらかしているようだ。
近い距離に大きな魔力がありすぎて、遠くの状況がつかめない。けど、サムイルは大丈夫そうだ。
昼間の感じだと、サムイルの班は川向こうにいる。あっちで暴走している中にサムイルの魔力は暴走はない。
魔術で光の玉を浮かべる。玉を揺らして存在を主張させると、唯一魔力暴走させなかったレオナがこっちへ来た。
「趣味の悪い試験ですね」
「必要なことだと理解願います」
だまし討ちのあげく、暴走を誘発。処分者が出なければいいが、気分悪い。
魔力の柱が二つ消える。スーフとネイミが魔力を抑えこんだようだ。二人はそのまま自らの主を止めに行く。
迂回してクラークとクラークをテントから引き離した軍人が来る。
「暴走止めないのか? そろそろ身体に変容出るよね?」
「オレらの仕事は暴走するかどうかの確認と処分だ」
スーフもネイミも主より魔力が多い。もう抑えこんでいるし、あとは本人に制御が戻れば問題ないだろう。
「クラーク。ここにいていいのか?」
「私には、止められません」
苦悩するクラークを見つめる。
「ルキノくん、君、どうにかできない?」
「どうにかできるのはレオナさんのほうじゃない?」
問に問を返す。熱い視線の送ってくるクラークは見ない。
「わたしは、前衛がいないとできないわ」
「僕は魔石がないと対処できない」
「魔石、持っているわよね?」
「魔石はただじゃない」
「お金の問題なの?」
「それもあるけど、僕の魔力は多くない。魔石は身を守るために必要なものだ。ムダに消費したくない」
「ムダって」
「あー、お二人さん。荷車に魔石ありますよ。減点になりますが」
軍人の言葉に考える。
クラークが皮袋を投げてきた。受け取ると、金属がぶつかり合う音がした。
「前金だ。やれ」
軍人と一緒に荷車へ行き魔石を受け取る。
皮袋いっぱいのクズ魔石。減点一。
握りこめるくらいね魔石三つセット。減点一。
このくらいでいいと思ったんだけど、大きな魔石一つ。減点一ももらっておくことにした。
さて、やりましょう。
クズ魔石を三つ使い結界を四重にはる。閉じ込めるが、すぐにバリバリ破壊された。
壊されるのはわかっていたことなので、どんどん重ねて結界を張っていく。発動している結界が十枚を超えたとこで使う魔術を変える。
魔石を四つ使って封術の檻を作る。結界より発動に時間がかかるが、結界が全部破壊される前に三重に発動させられた。
光の帯がお嬢様を拘束する。獣じみた雄叫びが上がるが、ムシだ。そのくらいで萎縮したり怯えたりはしない。
じょじょに大人しくなり、瞳に理性が戻ってくる。
暴れまわっていた魔力が落ちつくと、拘束を解く。立っていられなかったようで、倒れこんだ。
うつ伏せに倒れた女の子をひっくり返し、口を開けさせ回復薬を流しこむ。むせって涙目でにらまれたが、無理やりでも飲ませておかないと魔力の使いすぎで昏睡状態になる。
「ルキノ」
背後からやってきたクラークに場所を変わる。
「後金よろしく」
クズ魔石しか使わなくてすんで、儲けたな。
近くに大きな魔力がなくなって、周囲に感覚を広げれば暴走している魔力はもうなかった。
サムイル、大丈夫かな。
あいつは暴走している人を見たことがない。
「ルキノくん。魔石の使い方上手いですね。あんなにできるのに、見捨てるつもりだったんですか?」
「人助けで、自衛できない状態にはしないよ」
「誰も信用してないんですね」
「ここにいるのはよく知らない人ばかりだから、警戒するのが当然でしょ」
「迷宮都市のダンジョンは魔物より人の方がタチが悪いと聞いてますが、本当のようですね」
「あそこは助けた人に襲われるなんてよくあることだから、巫女の癒しだってダンジョンの中では与えられない」
テントは魔力暴走で二つとも使い物にならない。夜明けまではまだ時間があり、誰もが疲れていた。
軍人たちは荷車からテントを出してきて、手慣れた様子で張る。
「こちらへどうぞ。減点はありません」
テントは一つ。女の子たちをまとめて入れるようだ。
僕はたき火のそばに戻り、ほこった敷物に洗濯魔術をかける。小さくなったたき火に枯れ枝をくべ、風を送った。