大陸南部遠征 7
本業薬剤師のスパイス専門店か。
魔人対策と行商人たちより所として情報網を構築しているらしい。対価に薬材を出すとここの店主はよくしゃべってくれた。
遠征に出てからまめまめしく採取した物を八割近く譲渡することになったが、まあ、いい。腕のいい人の調合技を見るのは好きだし、いろいろ試してみたいことができた。
とりあえず、僕の媚薬作成は失敗ぽいな。薬草の処理が違っている。
あと、このあたりの寄生虫はいきなり虫下しを与えると症状が悪化するらしい。もともとは益虫らしいから、悪ささせないようにするそうだ。それでダメなら無害化してから虫下しを与えるそうで、その虫下しも専用のがあるらしい。
「北産の虫下しを与えられなくてよかったよ」
「虫下しは地元で、地元の人以外に使うなって教えられてる」
「いい師だな」
どんな虫か特定するのは医者でも難しい。ふらふら旅する人ならどこでもらってきたかわからないし、似た症状の虫は多くいる。
治癒系の魔術が使えるなら当たりの薬を探すより、腹を切って虫を出した方がいいくらいだ。探知系の魔術を使えば虫の位置はわかるし、冒険者は医者を探すより切る人が多い。
そして、切られて痛い本人より、虫を取り出す仲間の方が精神的にくるものがあるパーティ泣かせだ。
たとえ益虫だろうと寄生虫関係は全拒否するパーティも少なくない。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。
痩せ細っている店主にたかるわけにもいかないから、昼食に堅焼きパンと果物を提供した。茶葉を出すと店主がスパイスを混ぜて淹れてくれる。
知らない飲み方だが悪くない。茶葉とスパイスの交換を持ちかける。
「あんたは貪欲だな。スパイスと混ぜるのはミルクを使う物のほうが多くあるが、持ってないか?」
「水と酒はあるが、ミルクはない」
「なら、ワインに混ぜるのを教えようか?」
店主が楽しそうに笑う。
これは、調合だけじゃなく、料理レシピでも興味がひけるとばれたな。
まあいい。
教えてくれるというなら、対価は払いますよ。
いつの間にか、日が暮れていた。
ここで泊まる予定はなかったんだけど、気がつけば夜になっている。今日はもう、町を出るのはあきらめよう。
昼はあっさりだったから、夜はもう少し食べたい。
「台所、借りていい?」
「どうするつもりだ?」
「肉焼きたい」
蛇系ドラゴンの肉を一塊出すと、店主が困った顔をする。
「匂いが出ると魔人に目をつけられるから困る。スパイスを混ぜて肉の匂いをわかりにくくしよう」
鍋料理になるそうで、適当に野菜を出して料理を代わってもらう。
煮込むのを待つ間に、無発酵のパンを作る。フライパンで薄焼きにしていたら、店主がまたスパイスを持って来た。
こっちの料理、本当によくスパイスを使う。そしてまた新しいスパイスだ。そろそろ三十種超えだ。
新しいスパイス使うと、また買うのがばれているから、このおっさん次から次にスパイスを使うんだよな。
カモにされているのはわかっているのに、拒否できない。
「これは何か木の実があるといいんだが?」
僕、完全にいいように使われてる。悔しさを覚えながら、僕は木の実をテーブルに並べる。
「しかし、妖精石とは便利な物だな」
「出どころを秘匿してくれるなら、条件次第で譲ってもいいですよ?」
おっ、店主の目の色が変わった。
これで、主導権を取られぱなしの状況を打破できるか?
なぜだろう。勝てる予感がしない。
くっ、このおっさん、思いのほか曲者過ぎる。
妖精石の対価に店主が語り出した情報に僕は顔を引きつらせた。大陸南部のいたるところから集めたスパイスと一緒に集まった各地の魔人情報に、魔人が北へ向かった推定順路を語り出す。
「あんた、そんなことペラペラしゃべっていいのかよっ」
「そっちが妖精石を渡してもいいと思ったのと同じ理由だ」
条件に秘匿をつけたとはいえ、必ず守ってくれると信用したわけじゃない。たぶん、黙ってくれるだろう程度で、この地じゃなければそんな提案はしなかった。
仮に、この店主が誰かに話したとして、母国でその情報を得ることのできる人はいない。そして、南部で妖精石の情報が出回ったとしても、僕はもう直ぐこの地を去る。
「大陸北部で情報が出回ってもいいという判断か」
「むしろ広めてもらいたいね。もう、勇者召喚は行われたんだろ?」
「五大国すべてで召喚が行われ、今は五人の勇者がいる。まだ魔人に対抗する為の力をつけている最中の勇者もいるけど、もう魔人を倒せる力をつけた勇者もいるよ」
僕はあんまり勇者が好きじゃない。そのせいから勇者って存在を好意的に見られなかった。
だって、勇者よりサムイルの方が強い。
「勇者に対して思うことがありそうだな」
苦い笑みが浮かぶ。
「勇者の希望だ。すべて勇者に任せれば上手くいくと、夢物語のようなことを思っているのではない。だが、救いとなる希望がいる」
魔人に頭を押さえつけられた状態で、簡単に人は死ぬ。村や町も廃れ、国さえ滅ぶ月日をもう何年も過ごしている。現状に絶望しない為には救いが必要で、英雄譚の主人公は誰にでもわかりやすい希望だ。
歴代の勇者が成し遂げてきた結果が、今代勇者への期待へとなっている。
「たった五人でどうこうなると思うほど夢は見てないが、勇者が動けば多くの人が連鎖して動き出す。多くの人が動けば、時代も動く」
「夢見がちですね。大国は魔人の問題を南部に押しつけておけるなら、動きたくないんですよ。どこも勇者を失う危険はおかしたくない」
「だか、人は希望を抱いて動く。みんな殺されてしまったが、この町に冒険者が来なかった季節はない」
店主が微笑みを浮かべた。
「君はこの町から生きて帰る。それはこの町が魔人に占拠されてから誰にもできなかった偉業だ。君がどういう立場で、勇者と関わりがあるのかないのかさえわからないが、現状を打破する為の一助となるなら何にでもすがらしてもらう」
深いシワが刻まれている店主の顔を見る。
勇者に対して思うことはあるけれど、ギリギリの状態にいる相手の希望を潰してまで主張することじゃない。
僕は左腕の袖をまくり、手首の幻術を解く。
「僕にこの腕輪をはめたのは竜だ。腕輪を彩る妖精石は竜の導きによって手に入れた」
妖精石をひとなでして、何の加工もしていない妖精石を取り出す。僕はその妖精石に空間魔術をこめていく。
「けど、僕は国に対しても勇者に対しても何か言える立場にはない。だから、僕が情報を持ち帰っても勇者まで情報が届くとは限らないよ」
「一つの時代に勇者は五人いるが、竜が選ぶ相手は一人だ。勇者の道先案内人よ、出会えた事に感謝しよう」
舌打ちしたいのを我慢する。
「詳しいですね」
「国があった頃はそれなりの立場にいたからな。民間に出てない情報も持っているさ」
悪い顔をして店主が笑う。
情報網を構築して組織化できるだけの教育を受けた人か。おそらく元貴族なんだろうけど、それっぽさをまったく感じさせない。
何となく、国があった頃はアルタと似たような仕事していそう。
「魔人の脅威が去った後の道先案内人の死亡率の高さ、どう思いますか?」
「脅威が去った後なら逃亡先の助力はしよう」
「やっぱり、他国でもその扱いか」
店主は楽しそうに笑う。
「こちらで把握している情報が正しいなら、国にとっては勇者よりよほど脅威になる存在だ。だからこそ、民間にはその情報が正しく出ていない」
人の世には喪失した古代魔術を竜より教えられる者であり、いかに厳重な魔術結界を構築しても綻びを見つけ侵入して来る者。その特性はは暗殺者や泥棒、スリといったものに高い適性がある。
まるで何かを読み上げるかのように告げられた。
犯罪者適性が高いとか、ヒドイ発言だよな。やろうと思えばできるだけに否定でいないけど。
特に自国はお城の中にも入ったことあるからね。宝物庫に盗みに入ることも可能だし、王の暗殺もやれなくはない。
「君が本物だと証明できるなら力になろう」
「妖精石では足りないのか?」
「妖精石は珍しく高価というだけで流通はしているからな。詐欺の小道具に使われて、家を潰した貴族の話は古今東西あふれている」
警戒されているというよりは、力を示せと試されているように思える。僕を疑っているというよりは、道先案内人がいかほどの者か探っているのか。
さて、どうするかな。
未来の何の保証もない助力に付き合う価値があるとは思えない。思えないんだけど、この男からは焦燥と期待がうかがえる。
即、拒否するには迷いが生じ、僕は判断を保留にした。
料理の煮込みが終わると夕食にし、あまった物はおいていくことにする。スパイスの購入を食材でおこなうと、僕は店を出た。
もうこの町には宿屋なんてないらしいから、店主は泊めてくれるつもりだったらしい。サムイルがいたら泊めてもらったんだけど、今はいないから町を散歩する。
寂れた町だ。
建物の数に対して人の気配が少ない。その少ない人も息をひそめるように小さくなっている。
魔人に会わないように町をさまよって、アルシェイドの気配がある建物に近づく。
元は貴族か富豪の屋敷だったのだろう。高い壁に広い庭を有している建物にアルシェイドはいた。
魔人の気配は四つ。その三倍ほどの人の気配がこの屋敷にはあった。
屋敷の維持管理に人間を使っているのかもしれない。
結界の隙間に潜りこみ、音もなく侵入するとアルシェイドがいると思われる部屋の屋根に上がる。
屋根に上がると寝転び、空を見上げながらアルシェイドが一人になるのを待った。
馴染みのない星空に遠くまで来たのだと実感する。
アルシェイドが部屋に一人になると、窓の外で小さな光を魔術で点滅させた。アルシェイドの気配が動き、窓を開ける。
もう一度魔術で小さな光を灯し、窓の辺りから上方向に移動させる。光に誘導されるまま上を向いたアルシェイドに、屋根か顔を出して手を振る。
アルシェイドが窓から出てきたので頭を引っこめ、屋根に上がって来るのを待つ。
「オレ、日帰りのつもりだったんだが?」
「僕もそのつもりだったよ。けどまあ、日帰りとは言ってないから、 サムが対処してるはず」
「ルキノがいいならいいけどな。寝れるのか?」
隣に座り、アルシェイドが心配した眼差しを向けてきた。
「アルの隣なら寝れるよ」
「ルキノ、魔人に対する拒否感ないの?」
「種族より害があるかどうかで判断しているだけ。人間だら味方とは限らないし、魔人だから敵とは限らない」
アルシェイドがため息を一つ吐く。
「人間優位のとこならともかく、魔人が占拠した町でよくいえるな」
「居心地のいい町じゃないけど、占拠している魔人とも遭遇してないからね。このまま遭遇しないでこの町を出て行くのは難しいことじゃない」
「そう言うってことは、あえて遭遇するつもりか?」
正直、まだ迷っている。
「遭遇したいというより、暗殺するかどうかで迷っている」
「はぁ?」
アルシェイドの顔が面白いことになっていて笑えた。
「最初は騎士さんたちにわかるように、派手な魔術使わせて町こら逃げるつもりだったんだよ。僕も」
そのくらいなら簡単で、追ってこられてもサムイルのとこまで行けば退治してもらえる。
「勇者は希望だ。っていわれたんだよね。この町の人に」
誰もが知っていて、期待する存在。
「僕、それを邪魔だって置いてきちゃったんだよね。いろいろ条件つけられて面倒なことにはなっただろうけど、カールクシアが召喚した勇者なら連れて来られたのに」
「罪悪感でもわいたか?」
罪悪感かな?
「後悔はしてるし、迷っているし、考えるの疲れた。だから、アルが決めてよ。魔人、殺していい?」
「ルキノ、そこで面倒がるなよ。あと、迷うくらいなら殺すな。オレは時間が許すなら三人ほどこの町から魔人を間引いて帰りたいが」
「アル?」
アルシェイドが幼い子どもを相手にするみたいに僕の頭なぜる。
「お前は情けない顔して、助けてって頼っていればいい。オレが騎士連中にわかるよう派手に殺すから、ルキノはどっかに隠れてろ。得意だろ? かくれんぼ」
「気持ち悪いくらい甘いね」
「甘やかした分、うまいメシ作ってくれ。この町の貧相な食事に心が病みそうだ」
うまいメシね。
食材はだいぶ減らしたが、スパイスは増えたし、どうにかなるか。サムイルと合流したら使える食材も増える。
「作るのはいいが、この町じゃ料理する場所がないな。ドラゴン肉出すから、そっちで焼く?」
「朝はあきらめるから、昼前には町を出よう。で、昼メシ作って」
暗殺者になるよりは料理人をやる方がいいか。
僕は屋根の上で見張りをするアルシェイドの横で、少し寝かせてもらった。




