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大陸南部遠征 6

さあ、帰るか。

予定より早く帰路につけるから、街道の反対側の村まで行ってもいいな。


来た道を戻るだけだと面白くないし、新しい素材との出会いもない。

今後の予定を立てつつ朝食の準備をして、全員が起きてから食事をとる。


「どのくらい危険だと思っている?」

「サムとアルだけなら逃げるのは可能。ライズさんは逃げに徹したら大丈夫かもしれないけど、魔術防壁使って足を止めたら、魔力がなくなったところで終了ですね」


逃げ足が速い人ではないので、交戦になったらライズの生存の可能性は低い。騎士たちにいたっては、目をつけられたらもうムリだろう。


個人技で劣り、人数で劣っている。勝るところがどこにもない状態で生存できるほど、あそこにいる魔人の魔力は穏やかなものばかりではない。


「危険なのはわかったが、オレは町の中に入りたい」

「アル、積極的だな」

「今引き返すともうここまで南に来ることはなさそうだからな。故郷がどうなっているか情報を得たい」


語りもしていないアルシェイドの経歴を亡命者として理解している大人たちは、当然のようにその発言を聞き入れる。


『ルキノも町へ行こう。ルキノだけなら本性出してでもどうにかするから、興味はあるんだろ?』


アルシェイドのことは信用している。安全性が確保できるなら、好奇心を優先したい。


「サム、山と町の間くらいで待機可能?」

「一緒に町に入らなくてもいいのか?」

「アルは町に入りたいみたいだし、サムは魔力量を感知できる相手がいたら目立つ。参戦してほしくなったら何か合図するよ」


町の中で暴れられると、二桁の魔人を相手にしなくてはならなくなる。それよりは町の外まで追って来た相と相対する方がマシ。


「オレはそれでいいが、おっさんらはどうするんだ?」

「好きにしたらいいよ。町に行きたいなら行ったらいいし、どっかで待機しててもいいし、今から帰国を目指してもいいよ」


サムイルが嫌そうな顔をする。戦闘がないのがそんなに嫌なんだろうか。

でもな、あの町にいるの全部相手にするのは厳しすぎる。

暗殺で徐々に数を減らしていくならヤれるかもしれないが、そういうのはサムイルの趣味じゃない。


ため息をついて、あきれたようにサムイルが口を開く。


「ルキノ、ちゃんと説明してやれよ。お前、アルシェイド以外のヤツが一緒について来たら死ぬだけだと思っているだろ?」

「だから、ちゃんと生きて帰れるように撤収って言った。それに、町に入るなら囮には使えるから、利用はするよ」


ただ死なすだけじゃもったいない。よそ者が町に入った時の反応も知れるし、利用しつくしはする。


まあ、僕ならどんなに死ぬための意義を用意されても嫌だが、特権階級の騎士とはいえ軍に属しているなら死に直結する理不尽な命令をされることもあるだろう。


「でもさ、死ぬのわかっているのに来いと命じるだけの権限は僕にはないし、この先何を優先して行動するかは本人次第だろ?」


ライズと騎士連中の顔色が悪くなった。


「ルキノ、たぶんだが、オレとサムイル以外には死ぬほど危険な町だとは伝わってないぞ」

「なんもないなら昨日のうちに町へ行っているし、危険なのはわかりきっていることだろ?」


何いってんのかな。納得いかないまま周囲に視線をやれば、誰もが首を横に振っていた。


「ルキノくん、教えてほしいのだか、なぜ君とアルシェイドくんだけらな大丈夫なんだ?」


ライズの表情は思いのほか真剣で、口調も重い。

そんな調子でこられると、対応するのが面倒になる。かといて、放置するわけにもいかない。


「アルはもともとこっちの住人だから町に違和感なくとけこめる」


というか、アルシェイドは同族に話を聞きに行きたいみたいだし、そっちにとけこんでしまえば、そもそも危険性がない。


「僕はこっそり町に入って、その辺をウロウロしたらこっそり町から出てくるつもり。魔人に見つかって追いかけられたら、サムに対処してもらう」


話が通じるならアルシェイドも対処してくれるだろう。

できれば、どっちにも頼らなくてすむように見つからないのが一番だ。


「それは一緒に町に向かうだけで、君らは町で一緒に行動はしないのか?」

「対処法が違うから、一緒にいると互いに足を引っ張ることになる」


仕方なさそうにサムイルが口を挟んでくる。


「ルキノは基本、一度危険を知らせたら死ぬような行動に出ても放置だ。何回も忠告や警告はしない。あと、ルキノは自分の安全だけは毎回しっかり確保している。やれないなら最初からやらねぇ。戦力があれば解決する問題ならオレを連れて行く」


わかりきった事を説明しなくてはいけないくて、サムイルがうんざりしながら言葉を続ける。

そんなに僕の言葉、通じてなかったのか。改善予定はないけど、言葉って難しいね。


「隠密行動するならオレでさえ邪魔ってことだろ?」


正解。

間違ってないので、声はあげない。


「ルキノは行動制御されるの嫌いだからな。邪魔するなら排除されるぞ」


さすがにサムイルが相手なら多少邪魔されても排除なんてしない。他は排除した場合としなかった場合の利点を考慮してだが、僕、けっこうサムイルには甘いと思う。


「サム、騎士の方々は情報収集のためにこんなとこまで来てるんだよ。一人か二人町の外に待機して、よその人が町を訪れた場合、どのように殺されていくかっていう情報を持って帰るのも仕事の内かもしれないだろ? いい大人が仕事のために尊い犠牲になるなら、止めるのは失礼だよ」


なんかどんどん顔色が悪くなるな。

彼らには、昨日から警戒心と危機感いっぱいの僕の気持ちはぜんぜん伝わってなかったようだ。


教会に所属しているのは一人だけで、死ぬと教会に情報が持ち帰れないからと、ライズは直ぐにサムイルと待機すると方針を決めた。


なかなか決まらないのが騎士さんたち。


町の情報も欲しいし、僕の言葉が正しいか検証もしたい。だか、僕の言葉が正しければ町に入った人は死亡確定となる。


彼らがどういった結論を出そうがどうでもいい。食事は終わったので、僕は朝食の片付けを始めることにした。




僕らの出発準備が整っても騎士たちの行動は決まらない。じゃ、仕方ないから置いて行こうとしたらライズに止められた。


ライズが騎士たちに話に行くと、なんかまとまったらしい。全員で下山しながら話の内容を教えてもらう。


僕らは町を発見したが、町に魔人がいるのを見て逃げ帰ったことにする。誰も町に入ってないなら騎士たちも入る必要がない。変わりにドラゴンとドラゴンもどきの魔石は買い取るが、討伐したことは表に出さないようにする。


僕らが町に入っている間、ライズと騎士たちで今回の遠征について報告書草案を作るから町から出て来たら確認してほしいそうだ。


「帰路でルキノに排除される危険を全力で避けにきてるな」

「死に価値をおく死にたがりよりは好感が持てるね。保身に走るのは悪いことではないよ」


なんかサムイルとアルシェイドに言いたい放題言われているが、知らない。

僕は直接手を下すなんて、犯罪者になるつもりはないぞ。せいぜい、抹殺対処者が倒せない魔物の前に連れて行くだけだ。それに、一緒に行く分、僕にもそれ相応の危険はある。

自らは安全なところにいて命じるだけの権力者とは違うぞ。


山を下りると、そこから先は僕とアルシェイドだけで進む。町の外壁を越えて忍びこむ予定なので、騎獣はサムイルとライズに預ける。


町の住人としておかしくないくらい軽装にして、大荷物は騎獣に乗せたままにした。気楽に僕とアルシェイドは町に向かう。


アルシェイドは町の反対側まで迂回して、堂々と外壁門から町に入るらしい。僕が外壁を越えるのに手助けがいるなら手伝ってくれるらしいが、そこは断っておく。

むしろ何かあった時のために僕より先に町に入っておいてもらいたい。


「俺が保護すると、お前、愛玩動物か所有物扱いになるからせいぜい可愛らしく擬態しろよ。少しくらい生意気なのはいいがやり過ぎはダメだ。嫌なら見つかるなよ」

「気をつけるよ。で、どのくらい町にいる予定? できればアルより先に町を出たい」

「町を出る前になんか合図くれ。それまではいるようにする」


合図ねぇ。


「念話は盗み聞きされるよな?」

「ちょっと器用なやつなら聞けるね。くれぐれもオレの名前は呼ぶなよ。どうしても呼びたいならご主人さまあたりで頼む。それなら盗み聞きされても対処できるからな」


保身のためなら大概のことはできるが、ご主人さま呼びはあんまりやりたくない。


「僕が町を出てから外壁門に魔術打ち込むか?」

「ルキノ、いきなり過激になったな」

「騎士さんたちにも魔人がいるのがわかるようにしてあげた方がいいかと思って、な?」


アルシェイドが悩む様子を見せる。


「どうにかなるように調整はしてみるが、町の中にいる魔人が緊張状態になっていたらやめろよ? 」

「わかった。状況を見極めながら対処法する」


町の外壁門が見える所まで一緒に歩いて行き、別れた。

僕は入り込みやすい場所を探しつつ、逃げる時の保険に魔術具をいくつも地面に設置して行く。


おそらく使っても使わなくても回収はムリだ。しかし、安全のためには必要な費用だと割り切り、ケチらないことにする。


対魔人用だ。過剰なくらいでいい。


魔術具の設置が終わる頃にはアルシェイドの魔力は町の中心近くにあった。僕は外壁にナイフを三本投げて刺し、それを足場に外壁を越える。


この町には見張りなんてものはいないし、この辺りに魔人がいないのは感知済みだ。




あんまり押し込み強盗みたいなまねはしたくないんだけどな。このあたりを歩いている人はいないし、道でお話を聞ける感じでもない。


人がいる家はわかるが、問題はどの家を訪ねるかだ。


短気そうな荒々しい魔力の相手はさけるとして、どうするかな。理性的な相手がいいが、さすがにそこまではわからない。


閑散とした住宅街を僕はさまよう。


弱々しくて気になる魔力があった。どうやら二階にいるらしく、都合よく窓も開いてある。

この弱々しさなら抵抗されないだろうし、同じ家にいる人たちの魔力も荒々しくない。


塀と壁の凹凸を利用して僕は二階の窓に飛び込む。


「突然お邪魔します。よその国から来た冒険者ですが、この町の状況を教えてもらえませんか?」


僕と同い年くらいの少女が目を見開いて驚いている。どうやらベッドに座り本を読んでいたらしい。


「侵入方法に問題があったのは認めますが、危害を加えるつもりはないですよ? 騒ぎになって魔人に出てこられたら困りますから。あー、この町の住人にとっては守ってくれる存在だったりします?」


やつれた顔で驚いていた少女がやっと動きを見せる。少女は首を横に振った。


「魔人が大事にするのは美味しい食事をするのに必要な人だけ。そうじゃない人は気まぐれに殺すわ」


とりあえず、騒がれることなく会話が成立してよかった。

病気で弱々しいだけで、性格まではか弱くないらしい。教えてもらえることはなんでも聞いておくことにする。


住人目線の魔人の意見をきいてから、少女の病気について問う。


「なんとなくだが、難病とかには思えないんだが?」

「お腹の中で虫が悪さしているんだって。昔なら直ぐ治ったらしいんだけど、今は薬材が手に入らないから」

「ちなみに、その薬、調合できる人は生き残ってる?」


虫下しの調合なら僕でもできるが、地域によって寄生する虫が異なる。僕の調合で対応できるかわからないし、この辺りで使われている薬がどんな物か不明だ。

調合できる人がいれば、手当たり次第採取してきたから材料は提供できるはず。


「三つ先の通りにあるスパイス屋さんが元は薬剤師さんなの。その人なら作れるわ」

「そうか。なら、訪ねてみるよ。これは情報料」


手品のように妖精石から果物をだして、ベッドそばのテーブルに置く。


「ありがとうな」


軽く手を振って別れると僕は窓から外へ出た。

薬剤師に会うために僕はスパイス屋を探す。


店の並ぶ通りに出るとほとんどが飲食店か食料品を扱った店だ。雑貨屋や金物屋だと調理道具や農具が前面に置かれている。


料理人や食材を提供する人をこの町の魔人はいきなり殺しはしないらしい。調理道具の奥に布地が並んでいるところを見ると、前面に押し出された品物の数々は魔人対策なのだろう。


さすがに商店街は無人じゃなかったが、誰もが足早に歩き無駄な声を響かせない。誰もがよそよそしく、余計な関わりを避けていた。


少し通りを散策したかったが、通りの先に魔人の魔力を感知し、慌てて通りに一つしかないスパイス専門店に入る。

何かよくわからない刺激的な臭いがしたが、今はそんなことはどうでもいい。魔人と遭遇しないことの方が重要だ。


「いらしゃい。見ない顔だな」


狭い店内のカウンターの奥に座った中年の男。細身で、少しばかりが痩せすぎに見える。


「北の方の国から来た冒険者です。あなたが薬草に詳しい人であっていますか?」

「誰に聞いた?」

「三つ向こうの通りに住んでいる僕と同年代くらいで、お腹て虫が悪さしているらしい女の子です」


男はそれで誰かわかったらしい。


「よく会えたな」

「二階の窓からお邪魔しました。危害は加えてないですよ。ここで問題を起こすより、この町の情報を持ち帰った方が利益がありますから」


町に入ってないことになっているから売れませけどね。


「そんなことより、僕はあなたに教えてもらいたいことがあるんですよ」


僕は妖精石から使い道のわからない薬草を1束ずつ出していく。


「たぶん薬草だと思うんですけど、あってます?」


驚いてくれてるけど、返事がない。


「薬草の知識と調合レシピで、ここにある現物は差し上げますよ?」


数瞬の沈黙の後、男は僕との取引に同意した。

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