学外実習反省会
アルタの魔力は攻守どちらにでも使いやすいバランス型。どちらかといえば、攻撃よりってくらいで、扱いやすい魔力をしている。
魔術具の試作品を作るにはいい魔力で、魔力が空の魔石を持ってアルタ先生の部屋を訪ねた。
アルタ先生、新米なのに部屋だけじゃなく助手まで手に入れている。身体の鍛え方と魔力からとても研究者や教職員には見えない。
テキパキとお茶を淹れてくれる様子は慣れてはいるが、執事や侍女とは何か違う。身の回りのことは自分で出来るが、貴人の側で使えるための技能ではないといったとこかな。
アルタが助手に向ける態度は気安さと警戒が混じっており、おそらく助手にする前からの知己で、どこか気が抜けない相手だ。
柔和な笑みは完全に作りもので、僕を見る目はネズミをいたぶる猫のよう。
おそらく、三十には到達していないくらいの男だが、頭は固そうで、仲良くできるきがしない。なんか、理不尽な理由で暴力を受けそう。
確実に貴族だな、この人。
よく僕にまで、お茶を淹れてくれたな。
ああ、違うか。アルタ先生の助手って役柄に徹して、上手くやれているつもりなんだ。
そうすると、この人のどこか楽しそう様子はなんなんだろう。なんか、まともな理由の気がしない。
お茶に手を伸ばし、淹れてくれた理由を察する。何か入ってるな、コレ。
僕の感覚的には致死性の毒じゃない。だからといって飲みたくはないが、出された物に口をつけないのは不作法になる。
やれるかな?
まぁ、どうにかなるか。
僕は手にしたカップの中に魔術を展開させた。それからゆっくりと口をつける。
ものすごく見られてるんだけど、視線で穴開きそうなんだけど。そんなに見られたら、何かあるってわかるぞ。
わずかにあきれた様子を見せるアルタは、これっぽっちも僕の心配をしてくれなかった。
一口、口に含み、咳き込んだように見せて、吐く。
吐き出した物は血液混じりで、思ったより血の分量が多くなってしまった。
真っ赤な液体に助手だけでなくアルタも驚いてくれる。血を吐くような混入物じゃなかったんだろうな。
「なっ、混ぜたのは下剤だぞ」
「現物は? 何か別の物が混じっていた可能性は? ルキノ、お前、薬物に過剰反応する?」
うつむいて、ゲホゲホやっていた僕の目をアルタが覗き込んでくる。わざわざ席までたって様子を見にきたアルタの目にあるのは、心配ではなく警戒だ。
自分で口の中切って血を吐いたワケだし、切ったとこは魔力集めて活性化させとけば夕食までには治る。だから心配はいらないんだけど、警戒なんてなかなか素敵な反応だ。
嫌がらせに、自傷してまでお返ししただけたから、そんなに警戒しなくてもこれ以上はやらない。まだ何かするなら別ですけど、僕ができるのはせいぜい驚かせるくらいだ。
嫌がらせにマジギレしてお尋ね者にはなりたくないし、もう大丈夫だという気持ちをこめてアルタに微笑む。
アルタに冷たい目をしてひかれていた。
僕ら、以心伝心はできなさそうですね。
助手の方、ロクトというそうだ。
家名は知らない。家名で脅してこなかっただけ、いい人だと思うことにしよう。まったく仲良くできる気がしないけど、仲良くしなくてはいけない相手でもない。
血で汚したテーブルや床を掃除し、お茶を淹れなおす。
室内で血はダメだな。掃除が面倒過ぎる。外なら水かけて終わりにしたのに、場所を選ぶべきだった。
新しいお茶を手に僕はアルタの前に座りなおす。
今回、僕のお呼び出しの理由は実習中に会った魔人についてだ。
気分的にはもう疲れたが、話が終わらないと帰してもらえない。
さて、何をどう話せばいいのやら。
「ロナちゃんなら、村でごはん食べたらいなくなりました。そちらにも報告ありましたよね?」
「君からの報告はなかったが?」
アルタはあったとあっさり認めたが、ロクトはどうやら口うるさい人のようだ。
「監視ついているのに、わざわざそんな報告しに行く必要ないですよね?」
そんなものいないなんて主張したら、次から監視はまいてやる。僕としては、お偉いさん相手だからかなり我慢して譲歩しているのだ。
あなた方の手先じゃなければ、つき合ってやらなくていいですよね。
「ロクト。探索者相手に知られずに監視するのは無理があるぞ」
そのとおりだけど、探索者に期待はしないでほしい。
「僕の周り、ウロチョロしているのがこの国の方ではないなら廃除していいですか?」
「どういう意味だ?」
「他国から人、来てますよね。この国の勇者を見るために」
勇者召喚した他の大国だけでなく、周辺諸国からもスパイは送り込まれている。近づきたくないくらいには、勇者を取り巻く監視網は多様に形成されていた。
学院内には直接入ってきていないけど、情報源にされていそうな学院の生徒たちはいる。僕とは関わりのない人たちなので、僕の情報が抜かれているとは思いたくないし、取られても大した情報ではないはず。
「他国に探索者の情報がどの程度あるか僕にはわかりませが、つけまわされるのは苦痛なんで、この国の方でないなら、いいですよね?」
「どうやって廃除するつもりだ?」
アルタからは質問ばかり。こっちから一方的に情報を取られる状況は悔しいが、最初から対等な立場にない。
ロクトはともかく、アルタだけならそのうち奪った情報分の補填をしてくれるだろう。
魔力で補填してくれれば、卒業制作がはかどっていいな。
「ロナちゃん、ときどき遊びに来てくれるそうですから、遭遇するように誘導するだけですよ。魔人情報がとれてお得ですね。他国の方々は」
僕はヘラリと笑う。
上手くやれば、魔人から直接情報が取れる。ただし、安全の保証はない。というか、魔人のせいにすればなんだって消せる。
顔を引きつらせたアルタは理解しているようだ。ロクトはまだピンときてないようだけど、王子の安全の為にアルタが教えるだろう。
「ルキノ」
少しばかり低い声でアルタに名前を呼ばれたが、僕の微笑みはなくならない。
僕を探索者にしたのは竜だ。
僕は竜の手駒。
「僕を探索者と呼んだのは竜ですよ。竜にとっては探索者が導くのが、どこの国の勇者であってもいい」
生まれ育った国だし、思い入れもある。けれど、家族を人質として監視下に置かれ、僕自身は権力で従わそうとする。
いつまでも善意で従うと思うなよ。
「ルキノ」
なだめるようにアルタが僕の名を呼ぶ。
「これからの話はまたにしよう」
視線をちらりとロクトに向ける。
これからの話をするにはアルタにとってもロクトは邪魔なようだ。
「今は実習の話だ。学生の課外実習に魔人が出てこられては困る。ルキノも実習の途中放棄とみなされて再実習は嫌だろ?」
あんな居心地の悪い実習に参加させられたあげく再実習なんて嫌すぎる。僕は素直に情報のすり合わせに応じることにした。
僕と別れた後、三年生班は魔物に襲われている。これは物的証拠もあるし、なかったことにはできない。なので、魔人の存在を消すならそこに僕もいたことになる。
実習中に襲われても、基本指導役の上級生は何もしない。危険なときに手を貸すだけなので、実習の報告書に名前を書いてくれていればそれでよかった。
問題は村へ行った僕の方。
ちょっと、こずかい稼ぎしちゃたんだよね。
村長さんの孫に売った薬は学生価格で良心的なお値段。正当報酬だから隠し事なんてしてない。監視の騎士からアルタに情報が流れている。
深く追求されたくないのは村のお医者さん的な立場にいた人との取り引き。あの人は医術を学んだわけでもなく、薬学を学んだわけでもなかった。
器用さと賢さで、旅商人をしながいくつかの調合を覚え、高齢を理由に定住地を求めただけ。覚えた調合はきちんと効能があるもので、いつの間にか医者の先生と呼ばれる様になっていたそうだ。
数年上手いことやっていた様だが、このお医者さん今回村長の孫に効く薬が調合できなかった。たが、症状は知っているもので、街に人をやって薬を買ってきてもらえば治る。
しかし、それだとあまり治療能力がないのがばれてしまう。医者ってことで村に住まわせてもらっているそうで、能力ナシだと村から追い出されると危惧し、このなんちゃってお医者さんは仮病で寝込んだ。
医者の先生が倒れたと、村が騒ぎになっているとこに僕ら到着。監視はロナに引きつけてもらい、僕はなんちゃってお医者さんと密談して懐ろ暖かくした。
たいていの村に医者も薬剤師もいない。効果の怪しい民間療法頼みのことも多いから、あのなんちゃってお医者さんでもいてくれればありがたいくらいには有益だ。
偽物だと騒いだところで誰の得にもならない。
騙したり、ぼったくったりしたわけでもなく、やれることをやって、今回は対処できなくて仮病に逃げただけ。
僕はげっそりしてたなんちゃってお医者さんにあちらのいい値で栄養剤を売っただけ。
「みんなで村へ下山。村長さんとこで薬売って、お医者さんに後学のために話きて、帰路にて魔物に襲われたってことでいいですか?」
たぶん、これで整合性が取れる。
なんかアルタの視線が冷たい。疑われる様な点はないはずたが、思うところがあるようだ。
とりあえず、学外実習の報告書はアルタとロクトの監修のもと単位はもらえるのでいいとしよう。
その場で報告書を書かされたあと、アルタはレオナを呼び出す。何もかもお膳立てされた中で行動してる王子に用意する側の事情なんて教えるはずないし、初実習の勇者が報告書の書き方を知っているとも思えない。
レオナが書くしかないのか。
僕の方の報告書を書き直さなくていいように、レオナの手伝いをしてあげよう。
「シタゴコロありでも助かるわ。他国に人間にこんなことさせるなんてどうかと思うけど、こちらも仕事ですから」
にっこり笑うレオナは毒々しい。
巻き込まれているし、とばっちり受けた学外実習なのに、事前情報はナシ。何も与えないで利用されただけ。
いくら勇者のためとはいえ、この国の人にいいようにされるのは気に入らないようだ。
「レオナ、僕をそこの二人と同じ側にするなよ。今回の実習、本当なら僕には必要のない単位なのに取るのを強要されたから」
「そう。ルキノくん、勇者と旅する側なんだ」
アルタの態度は変わらないが、ロクトは警戒と興味を示した。
「どういう意味かな?」
「今回の実習、先輩としてくるのはサムイルくんだと思ってたの。実力も生まれも」
「レオナ」
僕は言葉を遮り、見つめることで黙らせる。
「サムイルは親のことは知らない。僕も知るつもりはない。一部じゃ公然の秘密みたいだけど、黙っててよ」
「けど、見ればわかるくらいには似てるわ。サムイルくん、お父様と」
「見たらわかるから僕は城での実習遭遇しないように苦労したの」
「それ、もうわかっているっていわない?」
「いわない」
きっぱりと否定したらレオナに呆れられたけど、そんなことはどうだっていい。
「聖国か教会から、僕のこと、なんか言われた?」
「言われるようなことあるの?」
「あるからここにいるんだろ」
「もうサムイルくんのことはもう言わないから機嫌なおしてほしい」
指摘されて苛立っていたことを自覚する。少し長めに息を吐きだし、気持ちを落ち着ける。
「僕が注目された理由は何?」
「実習にサムイルくんがいなかったからよ。だからルキノくんが選ばれた理由を探したみたいね」
ダンジョンの階層主にドラゴン。英雄と呼ばれだけの実績がある学院最強の男。魔人に遭遇しても逃げたりしないし、戦闘におけるサムイルは優秀だ。
新米勇者の目指すべきお手本。
先輩としてつけるには最適すぎたサムイルの変わりが僕じゃ、納得いかないか。
「家族にまで監視つけられるなんてよっぽどよ。犯罪が理由ならかなりの重罪ね」
「あー、そのうち冤罪で捕まえられそうな危機感はあるかな」
レオナは考えるように、アルタとロクトを見た。
「家族に何かあれば、僕はこの国を出て行くよ。魔人がどれだけ暴れても大陸から人がいなくなるほどではないから」
そうなる前に竜が動く。あんまりやる気なさそうだから、上手く勇者を使えってことだろうけど、人間が絶滅することはない。
「人の営みがあれば、僕はどこでも生きていけるし」
定住するならダンジョンのある所で魔術具師。流れ者なら薬師として薬を売り歩けばいい。
「ルキノくんならどこでも器用に生きていけそう。聖国に行くなら紹介状書くわ」
「いいよ。その時はレオナは書かないだろうから」
「書くわ。ルキノくんがこの国の勇者に見切りをつけるなら、他の勇者のために紹介状を書かせて。そしたら、ルキノくんとよその国の勇者と会わせてあげられる」
アルタはともかく、ロクトの視線が刺さりそうなくらい鋭くなった。
僕が状況次第で国を出る決意表明を聞かせたのと同様に、レオナも意思表示をして見せる。
「わたしは勇者の助けになるならできるかぎりのことをするわ。そのための権限を教会からもらってもいる。勇者の行動の妨げになる者をこの国が配するなら、わたしはわたしの持てる権限すべてを使ってでも排除します」
レオナの持つ勇者への覚悟は圧倒的だ。僕の何かあればゆらぐ決意とは違う。
「だから、この国が召喚した勇者にもう少し時間を下さい。まだ見捨てないであげて、賢者さま」
ン⁉︎
「賢者? 誰がっ」
なんか、僕の方に視線が集まっているけど、知らない。




