のどかな学外実習 2
部屋に近づく気配に僕は目を覚ます。
空が明るくなり始めているようで、部屋の中は視認できた。
気配を探れば、近寄ってきていたのはアルタだと認識でき、僕はベッドの上で身体を起こす。
「おはようございます」
「起こしたか?」
姿をみせたアルタは疲れた様子がない。どこか別の部屋で寝たのだろう。寝れないと騒いだから、一人にしてくれたようだ。
「身についた習性なんで、起きますよ」
「これでも気配消してきたんだが?」
「気配消して近寄るなんて、危険な相手じゃないですか。警戒心が上がるだけです」
気配を消されてなければ、微睡んではいられたかもしれない。それも寝室に入られるまでだろうが、二度寝できないほど、すっきり目覚めることはなかったはずだ。
「ちなみに、どの辺りで起きた?」
「階段下りてきたあたりです」
アルタが落ち込む。
「気配を消してなければ、部屋に入るまでは寝てたましたよ」
フォローしたつもりだか、効果はなかった。この話題で引っぱるのはやめよう。
「アルタさん、朝食は個別でいいの? 班ごと?」
「お前だけ別でもいいぞ」
「じゃ、それでお願いします」
なるべく王子と一緒にいたくない。
一緒にいないと料理の質は下がりそうだが、食事くらい気楽にさせてもらいたかった。
ベッドから出て身支度を整えると、僕は宿の庭に出る。まだ空気は冷たく、断熱マントの前をしっかりと合わせておく。
体内の魔力を意識的に循環させ、魔力感知範囲を広げる。どこまで感知して平気なのか調べるのは、最近の癖だ。毎日一定ではなく、差があるため体調を知る目安にもなっている。
許容限界値を知っておかないと、やりすぎたら頭痛を起こす。頭痛状態のまま感知範囲を狭めれなかったら、たぶん廃人になる。そんな危機感を持ってから、確認するのが癖になった。
僕の感知能力は才能じゃない。病的な過剰反応だ。
本来無意識下で切り捨てられる情報を知覚している。許容限界値を超える情報の取得なんてしてたら、長生きできそうにない。
でも、探索者として僕に求められているのはそれだけ。できませんともやりませんたも言えない。
勇者が活躍する舞台まで導けば、その後の僕の生死なんてどうだっていいことだ。
いや、今代勇者を物語にする劇作家あたりなら、勇者に見せ場を作って消えろと願われてそう。
歴代の勇者物語に探索者なんて者はほとんど出てこない。だか、いると仮定して読むとその役を担ったと思われる人はいる。
そして、その死亡率の高さに笑うしかない。
探索者が賢者や大魔術師と呼ばれている場合、勇者をかばって死亡か命を対価に大魔術を使って死亡。生き残ると魔人討伐譚から勇者建国譚に移行され、勇者の敵対勢力につくと必ず死亡する。
生き残れるのは勇者と一緒に建国して、片腕として働くか、建国後に隠棲まするかの二択しかない。
役わりが道先案内人でしかない場合、勇者にここから先は危険だと帰るように諭されて、それに従った時だけしか生き残れていない。
一緒に行くと足手まといになったあげく、勇者の助けが間に合わなくて死亡。自主的に帰路に着くと、帰路にてなぜか強い魔物に遭遇して殺される。
探索者なら、強い魔物くらい避けるはず。なのに何故かみんな魔物に殺されている。
あまりに見事な一致に僕は暗殺を疑う。
疑うと、僕にとって一番怪しい暗殺者候補はアルタだ。
側にいて、気配に馴染めば馴染むだけ、接近を許してしまう。そして、近距離で対戦になると僕ではアルタに勝てない。
アルタ、仕事なら淡々と殺しそうだよな。一撃で、仕留めてくれそうなのがせめてもの救いだろうか。
口から息を吐き出すと、意識を切り替え、身体を動かす。
軽く走って、柔軟して、武器を持って身体の作動確認をする。
その頃には太陽が姿を現し、マントの前を合わせておく必要はなくなった。
部屋で戻り、風呂に入ってから朝食をとる。
腸詰肉に芋系のサラダとスープにパン。朝ごはんとしては十分すぎる量を一人で食べる。別席で食べている人たちの中には混ざらない。
疲れる相手と食事するくらいなら一人がよかった。
気を使ったのか、学外実習という枠組みの中にあるせいか、飲み物だけ持ってアルタが向かいの席に座る。
席に着いた理由は、今日の実習予定の説明。
何か変更があるわけでもない予定説明なんて今でなくてもいい。
ガキの面倒、お疲れ様です。
僕、お礼言った方がいいのかな。
昨夜からアルタの優しさがどうも居心地悪くて、裏がありそうで怖かった。
食事が終わると早々に麓の村へ移動する。移動手段は王子が騎獣を希望したので、勇者とレオナも騎獣になった。
馬車には僕とアルタが乗る。
いい馬車は揺れが少ないので、移動中は卒論の構想を練らせてもらう。すでに何個か組んでみたい魔方陣があるのだが、ここで魔力を使って実習中に何かあったら困る。
僕は短い馬車の旅を悩みながらすごした。
麓の村に近づくと気になる気配がある。
「アルタ先生。この山事前に調べてますよね?」
「ああ、調べいる。ついでに山狩りもして魔物の数を調整したが、何かあるのか?」
今のところ、敵対意識のある気配はない。警戒はするが、危険というほどでもなかった。
「山狩りは失敗だと思って、不測の事態がありえると認識しておいてください」
「予備兵で排除できるか?」
「やめておいた方がいいですね。こちらから手を出して敵対したくないくらいには大きな魔力なんで、護衛騎士総動員してもケガ人が出ますよ」
下手すれば死人が出る。
だが、そこにいるだけなら問題はない。襲ってこなければ問題ない相手に、わざわざ手を出したくなかった。
麓の村の人たちがその存在に気づいたら落ち着かないだろうけど、あれは学生の実習で相手するような魔物じゃない。
実習の安全を優先するなら、場所を変えるなり、日を変えるなりするべきだろう。でも、僕はもう一回王子と実習とか嫌だ。
それに、僕が気になっている気配は何も魔物だけではないわけで、魔物が動いてもどうにかなるはず。
レオナがいるから防御面の心配もないし、騎士の攻撃力をまとめれば倒せる。懸念としては、騎士を指揮する立場の人の能力だけど、ダメならアルタが指揮権奪うだろう。
でも、王子の護衛騎士は王子優先か。
なんでサムイルいないかな。あいつがいれば攻撃力足りないかもなんて悩まなくていいし、とっとと討伐して憂いもなくなるのに。
王子も勇者も魔力だけは十分にあるんだけど、使える気がしない。むしる足手まとい候補だ。
できれば、魔物じゃない方とは連絡取りたいが、まだ距離がありすぎる。あっちは見学目的だろうし、接触してきてくれないかな。
「先生、魔力くれ。って言ったら、可能?」
「理由次第だな」
「緊急時の攻撃力不足の不安を解消しておきたい」
「ルキノ、それは騎士の能力に不安があるってことだぞ」
ええ、まさにそのとおりです。
「緊急時に王子も勇者も戦力として計算できないでしょ」
王子は守られる立場だし、勇者は実践経験ナシ。
「騎士の人たちは王子や勇者ほど魔力ないですし、一撃の破壊力としては想定する魔物に対して足りない」
連携して削っていけばいずれ倒せるけど、ここにいる騎士の人たちの連携がどの程度の熟練度か不明だ。士官学校から魔術学院に卒業してすぐ来たような騎士に実践における練度を高く見積もるなんてできない。
「村に着いてからでもまにあうか?」
「起きるかどうか不明な危険です。まにあうかどうかではなく、対処するかしないかです」
「こっちの基本方針は探索者の主張する危険には対処するだ」
アルタか楽しそうに笑う。
「国王陛下に竜が探索者としてルキノのことを教えた。お前には地位も権力もないけどな、探索者の告げる危険は無視できない」
意外と期待されていたようで、重圧を感じる。
僕が顔を引きつらせていると、アルタの笑みが困ったものへと変わった。
「あとな、勇者は危険から民衆を救う者として人気があるだろ?」
その人気は今代勇者のものではなく、歴代勇者が成してきた結果によるものだ。小さくうなずくと、アルタは嫌な統計結果を教えてくれる。
「救える状況になければ、いかに勇者でも手は出せない。それだけ勇者は危険遭遇率が高いんだよ。いく先々で問題が起きるか襲撃に遭うのか勇者だからな」
今代、他国て召喚された勇者を調べてみても、やたらと事件事故に遭遇し、魔物や魔人に襲われているそうだ。
それこそ何かの呪いかってくらいいろいろ巻き込まれるのが、統計から見えてくる勇者という存在らしい。
なので、気にし過ぎの探索者があれもこれも心配と主張しても、通常なら心配ないと笑いとばさが、そこに勇者がいると起こりうる事として判断するそうだ。
勇者と探索者って、一緒にいていいのか。探索者って、巻き添えくらうだけで、遭遇率に影響ないよな。せいぜい、危険予測できるくらいだし、回避できるって話じゃない。
一緒にいたら僕の危険遭遇率も上がるだけじゃないか。
「センセー、村寄るのやめましょう。村の手前から山に入りたいな。で、予備兵に村で情報収集させて下さい」
村に気になるほど大きな魔力はない。ただ、ちょっと動きがおかしいかな。平時というには慌ただしい動きをしている。
アルタは小窓を開けて、馬車を操作していた人に支持をだす。すぐに開けた場所で休息となり、村へ斥候が出る。
お茶休憩をしながら僕は推移を見守った。
斥候が戻ってくると、アルタと護衛騎士だけで情報がやりとりされる。村に寄らないで山に入ることが決まったとだけ、僕らには知らされた。
ちょっくら山に入り、他班の同級生でもある騎士が誘導して来た魔物を王子が退治して、実習課題は終了。見晴らしのいい場所に移動して、宿で作ってもらったお弁当を食べる。
温め直ししたスープとサンドイッチ。串焼きもあったので、それも温めた。
王子と勇者は細かい魔力調整苦手なようで、レオナが班員の分を行い、僕とアルタは自分の分だけやった。
レオナは魔術具使ったらやれなくはないってだけで、上手くはない。魔術具なくてもできる僕とアルタは、これも実習だから手を出したらいけないけど、あえて焼き過ぎた堅い肉なんて食べたくないから、指導要領をムシした。
大丈夫。指導側の実習やるまで、堅い串焼き食べている三人は実習要領なんて知らない。何か思うところのあるレオナには恨みがましい目で見られているので、僕は視線をそらす。
それにしても、この後どうするんだろう。
今からなら騎獣もあるし、余裕で魔術学院まで帰れる。だが、麓の村にしろ昨夜泊まった宿にしろ、今晩泊まれるように確保されているはず。
悩んでみたところで、僕に決定権はない。決まったことに従うだけだ。
バクバク食べて、早々に食事を終わらせると、僕は立ち上がる。
「ちょっと採取してきます」
鞄から手の平くらいの杖を一本取り出し、アルタに渡す。
「光らせてもらえば、戻ってきます。あと、できれば、こっちのに魔力補充してほしいです」
僕は自作のナイフを一セットアルタに見せる。アルタは一本だけ引き抜き、わずかに魔力を流す。魔力でナイフを調べたアルタは入れ物ごとナイフのセットを手に取った。
「クセの強いナイフだな」
「僕による僕のためのナイフですから」
売り物には向かない。
アルタの了承を得て、僕は一人休憩場所から離れていく。
適当に魔草を摘みながら、どんどん離れていくと、近寄ってくる気配がいくつかあった。
騎士たちからすると、僕は監視対象か。不快だか、撒くわけにもいかない。
監視範囲内にいないと、疑わしい人扱いされるし、将来的には暗殺対象か。
僕、何にも悪いことしてないんだけどな。
もう、ため息しかでてこない。
『アル、これ以上近づくな。監視に引っかかる』
念話の届く範囲で接近を止める。
アルシェイドだけならもう少し接近させてもいいが、めずらしく連れがいた。しかも、知っている魔力だ。
名前とかわ知らないけど、春休みに会った奴隷の首輪をはめられたお嬢さん。やっぱりアルシェイドの知り合いだったか。
二つの魔力の移動が止まったのを確認してから、僕は次の念話を飛ばす。
『峰の向こうの魔物、関係あり?』
『オレは見に来ただけだ。疑うなら潰して来ようか?』
『協力してくれるなら、もう少し別の助けがほしい』
採取しながら、僕は優しいアルシェイドを遠慮なく頼ることにした。
轟音とともに火柱が上がる。
峰の向こうの魔物は本能に従い逃げた。
それだけ濃密な魔力が火柱を作り上げている。
ホント、羨ましい魔力だ。
僕じゃかなり事前準備しないと再現できない。
アルタが杖を光らせているけど、今は放置。待ちビトが来るまでここにいて、休憩場所には一緒に向かう。
僕らの姿をとらえて、アルタは表情を変えた。だか、それは一瞬のことで、すぐに表情をとりつくろう。
「実習中にナンパはほめられた行動ではないな」
両手で左腕を取られ、胸を押しつけられている彼女。恋人がくっついている様に見えなくもない。
「稀人見学に来て、見知った顔があったから声かけてくれたみたいですよ。あと、先ほどの火柱は彼女です」
稀人のとこで視線を勇者に向ければ、アルタなら魔人の目的を理解するはず。
「魔力使ったらお腹がすいたそうでして、先に村まで下山させてもらっていいですか?」
実習的にはダメなのはわかっている。でも、王子と魔人を一緒にいさせたくはないだろ。
さあ、許可を出せ。
「下山は許可する。減点は覚悟するように」
「はい、わかりました」
卒業できれば、成績とかどうでもいい。軍属になるなら、成績と身分で部署が決まるから大変だけど、僕、就職活動するつもないし、魔術学院卒業の肩書きが得られたら充分だ。
魔術具は作成者に肩書きがあるかどうかで値段がかわるから、学歴ブランドで学費分くらいは回収したい。
預けていたナイフをアルタから受け取り、僕は背を向ける。レオナが何か問たそうな視線を向けてくるが、ここであげられる情報はない。
死人が出ないように手加減はしてくれるはずだから、がんばれ。助けはしないけど、心の中でレオナの応援をする。
レオナも仕事とはいえ、不憫な人だ。
しかし、腕組んで下山は歩き難くて、歩みが遅くなる。整備された道なんてないから、村の方角を意識して降りやすいとこを探して進む。
背後をつけてくる騎士の気配は二つ。好意的に、もしくは建前として見れば僕の護衛。実質的には僕の監視をしている人たち。
村が見えるところまで下山すると、僕は魔草の採取がしたいとうったえる。アルシェイドのおかげで協力的な彼女は予定通りに腕を離してくれた。
僕は騎士の一人に接触して、アルタに伝言を頼む。
「この山には魔人が二人いる。姿を見せていない魔人は勇者の腕試しがご希望だ。そのために魔物を集めている」
話せば話すだけ騎士の人の顔色が悪くなる。離れたとこにいたもう一人の騎士も近寄ってきた。
「魔人の狙いは勇者だけだ。それも現時点での力が知りたいだけで、殺すつもりはないらしい」
生かしておきたいのは勇者だけ。
「勇者が戦えば、襲撃は一度で終わる。勇者の守りを固めたら、守る者全ての排除に向かう。僕が聞き出した情報はここまでです。対応、お願いします」
僕は魔草をいくつか摘んで、魔人の彼女のもとへ戻る。これで、僕を監視する騎士は一人となった。
完全に監視をなくすと、その間何やっていたか疑いの目で見られるし、一人ならいろいろ誤魔化しやすい。ここが妥協点だろう。
僕は魔人の彼女と一緒に村へ入った。




