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のどかな学外実習 1

実習の顔合わせに行ったが、レオナ以外とはあまり話さなかった。


王子は面倒だし、勇者にどう対応するかまだ決めていない。関わらないって選択ができないから、できれば仲良くなりたい。だか、仲良くなりすぎると勇者関連の功績狙い組が怖い。


対応を決めかねている現在、僕はレオナをクッションに置くことで直接対応を避けていた。


「ルキノ、対応が露骨すぎだ」


耳元でささやくアルタに、僕は不機嫌な顔をする。


「王子に取り入りたいと思われても困りますから」


実習先に向かう道中、寄り道した首都近郊の町。王子と勇者の町散策をレオナがフォローするようについてまわり、僕とアルタは少し離れてそれについて行く。


実習だけなら日帰りでやれる。その場合、移動がかなり負担なるから、余裕を持たせても実習計画としては一泊二日までだ。

それが今回は計画の段階で二泊三日になっている。

普段、街歩きなんてできない王子と勇者のために移動より観光が優先されていた。


魔物討伐より、社会見学。のどかでいいですが、同行している別の班の人たちは警備が大変そう。明らかに危険そうな路地に進もうとする二人に方向転換させているレオナも大変そうだが、レオナは過保護だ。


ちょっとぐらい怖い目と痛い目は今のうちにあわせておけばいい。今ならすぐ助けにはいれるし、危機感を覚えさせるには体験させておくべきだ。


危機感のないお坊ちゃんのお守りなんて僕はしたくないし、護衛がいなくなってからだと僕の負担が増す。


屋台でいい匂いをさせていた串焼きを買って、レオナに一本あげる。レオナの意識が食べ物にむき、王子と勇者は地元民が避けて通らない道に足を踏み入れた。


串焼きの肉を半分ほど食べたところで、レオナは勇者の姿が見えなくなっていることにあせる。


「食べ終わったら探しに行こうね」


胡散臭い笑みを浮かべアルタがレオナをなだめる。

僕とアルタも食べている串焼き、合計三本の串焼きのお金はアルタ持ち。経費になるかどうかは知らないが、僕に過保護なレオナの邪魔をさせるくらいには、アルタも王子と勇者に危険と遭遇してもらいたかったようだ。


「レオナちゃんは、わざわざ実習で街歩きさせている意味を考えようか。ルキノはもう少し愛想よくしろ」

「人見知りなんで、難しいですね」


やる気がないのは伝わったようで、アルタの笑みが深くなる。僕は薄ら笑いを浮かべ、最後の肉にかぶりつく。

考え混んでいる様子のレオナを、僕もアルタもスルーした。


レオナも世馴れしていない。王子や勇者よりマシなだけ。

そんな彼女に過保護にされても守りきれるはずがないし、ある程度は勇者にも自衛してもらいたい。


王子と勇者はさっそく取り囲まれたようで、さらにその外側を護衛たちが取り囲んでいる。魔力からすりと、王子や勇者にからんだ側に、対処できないような相手はいない。

王子と勇者が自衛できなければ護衛が動く。それだけのことだと、僕はつまらなく魔力の流れを追う。


しかし、アレだ。

あの二人はサイフ持たせたらダメだな。盗られる度に取り返しているけど、スリのカモにされている。


昼飯は狙ったかのようにぼったくり店に入ろうとするし、もう少し警戒心を持ってほしい。地元民が利用しない道なり店にはそれなりの理由があるんだよ。


もう王子に偉い人の風格を前面に出さしてもらった方が、軽犯罪にみまわれる危険性は下りそう。重犯罪の発生率は上がるかもしれないが、そっちは騎士が対応することだ。


スリからサイフをスル。なんて作業を何度もやらされる徒労感がなかなるなら、僕は重犯罪歓迎気分になっていた。


「特技の一つか?」

「特技ってほどじゃないですよ。相手が三流なだけ」


一流が相手なら通用しない。犯罪でも、一流の持つ技能は賞賛できる。まあ、そんな人なら子どもの小遣いサイフなんて狙わないだろうけど。


「先生もやれるでしょう?」


器用そうだし、やれないとは思えない。

レオナをちらりと見て微笑む。レオナがいるとこでは答えたくないようだ。僕はサイフをレオナに渡し、勇者に返しに行ってもらう。


「勇者の住んでいたところは、サイフを落としてもサイフに身元のわかるものがあれば戻ってくるそうだ。さすがに現金はなくなっているらしいが」


どんな世界か想像がつかない。サイフって言葉の意味が違うのだろうか。


「勇者のとこで身近な犯罪は万引きだとよ。殺人もあるが、勇者の住んでいた国だと数人殺しただけで国中で大騒ぎなるほどのニュースになるそうだ」


人に殺されるより、自殺者の方が多いという国に住んでいたらしい。治安がよくて警戒心が低いのが国民性で、異国に行くとカモにされると語ったらしい勇者が、今、まさにカモになっている。


「勇者の話を聞いていると、のん気で豊かな国らしい」


アルタの笑みに苦いものが混じった。


あの勇者からは血の臭いがしない。

殺し合うことなく、奪い合うこともない世界。そんなとこからこの世界に落とされて、魔人退治の道具にされる。


利用される分、国に保護されているから憐れむ気にはなれない。利用されるのが嫌なら国相手に戦える力も勇者にはある。


この世界に強制的に召喚されたとはいえ、恵まれた能力を持ち優遇された存在。それなのに、羨ましいとは思えなかった。


羨望される存在のはずなのに、罪悪感を覚えてしまう。


急成長をうながすために、偶然を装って魔物の巣に落とし、血みどろの戦いをさせるのもありだと企んでいたが、今回の実習ではやめておく。勇者に対する悪役までは僕の仕事じゃない。


勇者の成長に悪役がいるなら、アルタかアルタの同僚がやるだろう。


僕は勇者をどう扱うか、もうしばらく保留にしておくことにした。




陽が傾いた頃、僕は先に行く二人に声をかける。


「そろそろ今晩の宿とろうか」


ちょうど宿屋の前だし、アルタに指定されていた宿屋へ誘導した。宿屋に入ると、その先は宿泊手続きなんてやったことのない二人に任せる。


どんなに失敗しても大丈夫。ここの宿は君らのために昨日から貸切だ。一階の食堂にいる人たちも君らのためのさくらだから、安心していっぱい失敗するといい。


「ちょっとルキノくん。宿、誘導したでしょ」


僕の腕を取り、こそこそとレオナが確認してくる。


「一番安全な宿に誘導しただけだよ。治安の悪い宿だと僕、仮眠さえムリだから」

「えっ、この町危険なの?」

「町の危険性の問題じゃない。僕、レオナが思っているより繊細なんだけど」


サムイルがいればどこでも寝られるが、今はいない。アルシェイドと同室でも寝られるくらいには慣れたが、ここにはそれほど慣れた魔力の相手もいなかった。


比較的慣れているレオナなら、攻撃性のない魔力だし寝られなくはないが、レオナとは性別が違うから同室にというわけにもいかない。


できれば、一人部屋がいいんだけど、アルタによって却下された。学外実習だから基本は班行動。勇者と王子とレオナで寝室が二つある部屋で、指導側として僕はアルタと同室に昨日の時点で決定されている。


予定を変えると警備計画も変更しなくてはいけないそうで、アルタにできる善意は睡眠薬か魔術か絞技の強制睡眠の三択。そこまでして一日くらい寝なくてもいいし、どれも善意に思えない。


しぶしぶアルタと一緒に部屋に向かう。これから夕食までの間が自由時間だ。

二間続きの部屋の内部を確認してから、僕は背中の荷を降ろす。


「お前は警戒心強いな。宿の敷地内は確認済みだぞ」

「そっちにとっての安全と僕にとっての安全は同じじゃないですから」


なんかあったら弱者に責任押しつける貴族を信用なんてできない。臆病すぎるくらいの警戒でも足りないくらいだろう。


「窓際とこっち、どっち使っていいですか?」


窓際のティーテーブルと応接具を指差す。


「どっちらでもどうぞ」


僕は鞄から紙とペンを取り出すと、窓際に向かう。

アルタは壁にもたれ見ているが、邪魔はしてこない。僕は思いつくまま卒論て作る魔術具の魔方陣候補を書き連ねていく。


僕の場合、卒論に魔術具を作ると、提出先が見えゴーデム先生になる。製作費用は自己負担なので作り直しなんてしたくないから、相談に行ったら華やかに装飾して、凝りまくった魔方陣を使えと助言を受けた。


素人は見た目の華やかさくらいしかわからなくて、研究者は魔方陣にしか興味がない。僕が現在置かれている立場だと両方が納得できるものじゃないと留年の危険性が高いそうだ。


そんな特別仕様はいらないけど、仕方がない。何をやっても卒業できないと言われなかっただけよしとしよう。


「杖か? 作るのは」

「士官学校ではこの手の魔方陣習わないのでは?」

「学校で習わなくても仕事で必要なら覚える」


この人、違法魔術具とか詳しくそうだよな。


「錬金術は得意じゃないんですよ」


できなくはないが、上手くない。見た目と魔術電導率は予定どうりいくのに、どうにも強度が悪くて実用品とするには耐久性に問題がある。


「なので、金属使わないな武具だど杖がいいかと」


見せるための作品だろうと、使えない物は作りたくない。使用感を自分で試せる木造武具となると、杖以外に選択肢がなかった。

棍棒で効果的な魔方陣なんてあんまり思い浮かばないし、杖ならいろいろ試したい魔方陣が直ぐに思いつく。


それに、杖は長さもいろいろあるし、組み込む魔石と魔方陣の組み合わせので多様な物ができる。凝りまくれという助言に従うためにも組み込む魔石の数を増やすことで応じられる。


魔石が増えれば増えた分だけ調整は大変だか、やってやれないこともないだろう。


「思いのほか真面目に魔術具師目指してたんだな」

「戦闘を生業にするには僕の魔力は少ないですから」


サムイルの半分でも魔力があれば、英雄の隣にいることを望んだかもしれない。でもそんな魔力、僕にはどうやっても手に入らない。


一緒に戦っていても、魔力枯渇で足手まといになる未来しか描けないから、無い物ねだりしてないで別の未来を探した。

作るのは好きだし、細密な魔力調整するのも楽しい。

適性は高いと思うんだよね。


つらつら魔方陣を書いていると、レオナが夕飯の誘いに来た。




それにしても、宿の夕食でフルコースはないだろ。料金払うの僕じゃないからいいけど、レオナでさえおかしさに気がついた。


「安全って、そういうことね」


カトラリーを手にしたレオナから緊張がとける。上手くいっているかはともかく、警戒していたようだ。

もう少し手抜きの仕方を覚えないと、そんなガチガチでは長くもたない。


レオナは勇者のためにこの国に送られてきた。勇者こそがレオナの存在意義。そう教育されている。

教義を疑うこともなければ勇者を疑うこともしない。


柔軟性と余裕が今のレオナにはなかった。


勇者がもう少しここでの生活に慣れて、常に守ってなくても大丈夫だと思える様にならないと、改善されないだろうな。


しかし、王子と同席して食事なんて、苦痛だ。僕のマナーなんて、授業で単位取れる程度でしかない。勇者がみんなで食べようなんて言わなければ、絶対別席にしたのに、やってくれる。


貴族の優美なお食事なんて、平民にやれるか。

まあ、勇者のお食事レベルも僕と差がないけど、アルタとレオナは育ちの違いを実感する。


もしかして、勇者もこの晩餐が苦手なのか。

肩に力入っているし、緊張してそう。

大変そうですが、がんばって下さい。僕は明日はつき合いません。


きれいに食べながら談笑するのは難易度が高いので、僕は静かに食事をする。陶器とかワインの話されてもついていけないし、王都で人気の格式高い観劇なんて知らない。


ガリガリと精神力を削られる夕食が終わると、僕は部屋に引っこむ。部屋ならアルタだけだ。王子といるよりはかなりマシ。


「俺、明日の警備計画の確認してくるから、先寝といて」


風呂の準備をしていた僕に声をかけると、アルタは部屋から出て行く。いない間に遠慮なく、寝させてもらうことにした。

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