勇者と遭遇
魔術学院に戻ると、僕はアルシェイドの部屋に転がり込んだ。
「ルキノ? お前、もう金に困ってないだろ?」
「金より、安全がほしい」
なんか、すっごくマルクが稼いでくれているから寮費は普通に払える。払えるんだけど、複数人部屋にしたら勇者と同室者にされそう。個人部屋でも、隣人が勇者になりそうな予感がする。
あと、アルタかアルタの部下に入り浸られても嫌だ。
アルシェイドは亡国ではあるが、貴族という肩書きを持っている。平民の僕と違ってお願いを強制される地位じゃないし、実力行使できても負けはしない。
アルシェイド頼みで、僕は安息を確保する。
「オレはいいが、ルキノ何年生になるんだ?」
「五年生。研究過程だよ」
「レオナが留年したからな、もしかしたらと思ったんだが、よかったな」
レオナよりはたぶんマシ。
強制的にいくつかの実習取らされるが、その点は諦めるしかない。
本来なら、士官学校の実習も単位数に数えられるのだが、数えてもらえなかった。それも、勇者に遭遇させるためという理由で。
勇者の相手をお仕事として、アルバイト代を出すとアルタには提案されだか、断った。すでに勇者との遭遇は強制されているのに、仕事にして勇者の対応の仕方まで命令されたくない。
ささやかな抵抗ではあるが、善意の協力者の立場を維持しておきたかった。
勇者に対して責任の発生する立場は避けたいし、僕は自分の命がかかった状況で仕事を優先する覚悟なんて持っていない。
だから、 逃げ出したときに罪に問われる立場は困る。
勇者の入寮を僕は特異な魔力の移動で察知した。
サムイルとアルシェイドがいる寮の中間あたりで、勇者は貴族子息の待遇を受けている。なら、クラスはAクラスだろう。
同じクラスにならないならレオナが留年させられた意味もなくなるし、魔力量が多い方が勇者の魔力の影響を受けないから、クラスメートにとってもいいはず。
僕くらいの魔力でも直接魔力を向けられなければ大丈夫だし、召喚されて日の浅い勇者は西の国にいる勇者ほどの魔力を持っていない。けど、こいつもそのうち他国にいる勇者のように魔力が増えるのだろう。
勇者とどう付き合うか悩んでいると、僕はアルタから呼び出しをくらった。
新任教師なのにしっかり個室を確保しているアルタはお茶の準備をすると、書類をよこしてくる。
読んで、覚えて、疑問点だけ口にしろ、ってとこかな。
短期的な今後の予定とざっくりした長期的な予定があり、一緒に行動することになる勇者やレオナの情報が付属としてあった。
短期的には戦闘訓練。長期的には討伐遠征。
そんな計画、知らなかったが僕も参加が確定している。たぶんだけど、この計画予定、参加確定者の意見はまったく含まれていない。
勇者はそのための存在だし、レオナはお仕事。竜に強制されている僕にも選択肢なんてない。決定事項ならやるしかなくて、多少の調整はアルタかしてくれるけど、抜本的な見直しはないそうだ。
だから、そんなものにわざわざ同行したいと望む王侯貴族の名が書類の後半にずらずらとならんでいるのが理解できない。
「勇者と行動するのは名誉なことなんだよ。勇者と一緒に魔人に奪われた地を取り返せば歴史に名も残る。陞爵は思いのままで、上手くやれば王族との婚姻も可能。過去に前例もあるからな、野心家には美味しい存在だぞ。勇者は」
野心のために命がけか。
間違った自信で暴走されたら嫌だな。
魔術学院のAクラスにいられるだけで、魔力が多い連中ばかり。天才やら優秀だとちやほやされて入学してきた奴らだ。
学校の課外実習くらいなら誰でもいいんだけど、対魔人となると使える人材は限られている。
「勇者の同級生から一緒に行動する相手見つけないといけないんですか?」
「学院の課外実習はダメだな。初回はすでに決まっている」
課外実習だけなら、いいか。
「ちなみに、こいつだ」
反対側から書類をのぞきこみ、アルタは一つの名を指差した。
僕は露骨に顔をしかめる。
貴族子息のふりせてる王子なんて邪魔でしかない。
「嫌がらせですか?」
「そういうなよ。お前らを引率するのは俺なんだからさ」
アルタも歓迎してないようだ。
勇者はケガさしてもいいが、王子はケガさせるな。
ただし、勇者を死なせるのと後遺症の残るケガはダメ。
それが、行動する上での基本方針。
学外実習なら、問題はない。でも、突発的な出来事に遭遇すれば、どうなるかわからない。
それでは迷いが出る。迷えば行動が遅れる。
「両方が死にそうで、片方しか間に合わない場合は、どっちが優先?」
「我が国において、変わりがいない方が優先」
自国限定なら、勇者サマは一名。王子は何人かいる。
どちらと明言を避けたのが、答えか。
僕は口を閉じると、じっくりと勇者くんについて書かれた書類を読みこむ。
魔術学院では後輩になるが、年上の男で、戦闘経験なし。
えっ⁉︎
何度見直しても、勇者の経歴に戦闘経験はなしのままで、僕はアルタを見る。
「言いたいこのはわからなくはないが、問いたいことは言葉にしろ」
「剣さえ持ったことのないヤツに魔人討伐させるの?」
「この世界にくるまで経験がなかっただけだ。これから経験させて、使えるようにするんだよ。まあ、さすが勇者というだけだあってな、剣の持ち方おかしくて型がめちゃくちゃでも、教えてすぐ丸太切りして見せたぞ。魔術も使ったことがなかったそうだが、教えればすぐにできたそうだ」
物覚えは異常にいいらしい。
でも、現時点で魔人どころか魔物討伐経験ゼロですよね。
「その、なんだ。他国では女勇者でもやれているんだ。大丈夫、大丈夫」
疑いの眼差しを持ってアルタを見つめていると、視線をそらされた。
「大丈夫じゃなければ、大丈夫だったように演出するのが仕事だ。帝国の保護者がいるお子サマ勇者よりはいいと信じたい」
勇者関連の仕事のシワ寄せを受けるより、勇者関連の仕事がラクそうだったから引き受けたのに思ったより面倒そうとか愚痴られても知らん。
でも、王子が邪魔ってとこは同意なんで、そこは協力できるはず。
「そういや、応用過程の学外実習で先生の引率はないのに何理由でくるんですか?」
「編入生特別仕様兼王子様の護衛。士官学校卒業生班が同じ日程で同じ場所に向かうから、何かあれば利用しろ。騎士叙任しているのもいるから、王子のためなら何が起きても本望だろ」
悪い顔してるな。とりつくろう気なしですか。別にいいですけどね。僕も面倒なことは嫌ですし、護衛は専門職の方々に任せておきたい。
勇者も王子も気になりはするが、研究過程の学生としては卒論も気にかかる。去年の論文で、どうにかならなくはないらしが、微妙な判定だ。
魔術具師志望としては、自作の魔術具と一緒に論文提出したいし、単位の取り消しをされたことを思えば、微妙判定だと卒業させてくれるかあやしい。
もう一年分の学費なんて払いたくないし、払えなくて奨学金借りたら卒業後は軍属。アルタにこき使われる未来を想像して、ため息が出た。
卒論、がんばろう。
文句をつけられない卒論を作るため、僕は図書館で卒業生達の論文を読みあさる。読みながら、傾向と対策を練っていく。
魔術具師としては個人で作成するとして、戦闘系の魔術師としてはグループ作成した論文を出しておこう。
グループ作成にサムイルを巻き込んでおけば、卒業だけはできるはず。僕一人なら強引なことされそうだけど、サムイルと一緒ならきっと大丈夫だ。
成績優秀者だし、非公式に父親が偉い人なのは知っている先生もいる。単独で卒論出すより評価されるばすだし、卒業がきまれば、単独で提出した分も正当な評価をもらえるはず。
まずは卒業確定で、できれば魔術具師として卒業。卒論の目標を決めていると、神経に障る魔力の塊が図書館に入って来た。
少しばかり笑い声を響かせている集団に、図書館ではお静かに、なんて注意する人はいない。王子と勇者が取り巻きのクラスメイト兼護衛騎士と一緒に一角を占拠する。
たいがいの理不尽がまかりとおる集団であり、誰もが遠巻きにしていた。
あれが勇者か。
魔力はすでに感知していたが、姿を見るのは初めてだ。
年の差のせいか、王子よりは大きいが騎士達よりは小さい。細身の身体で、戦うための身体はしていなかった。
異界から呼びつけて、戦ったことのないヤツを戦わせる。思えば、勇者ってなかなかひどい仕様だ。召喚されたら勇者であることを拒否なんてできないし、あいつは望んでこの世界へ来て、戦うことに納得しているのだろうか。
勇者が王子に向ける笑みが作りものに見えて、気にかかった。




