実習の後始末 2
みんな仲良くなんて逃げられない。
薬物中毒者を外に逃がしたら捕獲するのも大変だ。
見張りがトイレに連れ出したヤツを部屋に戻すためにドアを開けたとこで、僕は元気がいいヤツの鎖を壁ギリギリで破壊する。
見張りがそいつを取り押さえている間に僕は首輪を破壊して外し、暴れるヤツと見張り両方を一撃で沈めて部屋を出た。
一緒に連れて行けとか助けろとか騒いでいるが、知らない。売られる前にアルタが助けてくれるだろう。
倒した見張りの近くのヤツががんばれば、見張りが持っているカギが手に入る。
騒いで動きのあったことは知らせて欲しいが、うろちょろされたら邪魔だし、ドアのカギは土系の魔術で地味に補強して閉じ込めておこう。
大丈夫。
身体強化の魔術が使える人ならこの程度、簡単に蹴破れる。
気配を読みつつ、僕は建物内を散策した。
どうも、ここ、もともとはかなり大きな集合住宅だったぽい。
僕のいた二階は安い奴隷用で、上の階でいい奴隷を管理しているようだ。
魔術が使えるの知られていたら、精神制御された奴隷の首輪をはめられて四階で扱われたぽいな。
あのぼったくり人形。魔術が使えるかどうかの判断に使われていたかも。魔術が使えれば、守りの力がある石かだだの石ころかくらいの判断はつく。
だから絶対に買えと指示があったのか。
魔術使えれば、腕力頼みのヤツになんて負けない。
何人か魔術使えそうなのが奴隷商側にもいるが、たいしたことなさそうな感じだ。
サムイル並に魔力のあるヤツなんていないし、わざわざ正面から相手にする必要もない。
正々堂々なんて騎士の試合じゃないんだし、不意打ちで意識を刈りとる。
倒したヤツの服を裂いて、拘束し、猿ぐつわをかませた。
魔術具なしでもやれるが、魔力効率を考えると武器が欲しい。
こいつは短剣しか持ってないようだ。せめて、魔力が通せる短剣ならよかったのに、魔石一つついていない。
手入れも悪いし、刃こぼれまでしている。
ないよりましだから持っていくけど、自前の武器使いたい。アルタにどうやって持ち込んだか追求されたくないから自重するけど、手入れの悪い武器は嫌いだ。
三人倒し、五階にたどりついたところで小休憩を入れる。
妖精石から水筒を取り出し、のどをうるおす。
うーん。
一部屋騒がしただけじゃアルタは動いてくれないぽいな。
商人側は僕のこと探しているぽいけど、まだ魔術が使えることに気づいてない。僕のしていた首輪とか、壊れた鎖とか、ドアのカギとか痕跡あるんだけどな。
ちょいちょいずさんなのに、こんな大きな建物を占拠できるくらいの組織になっているのが謎だ。
組織として人数はいるけど、組織だった動きもできてないし、命令系統がおかしい。この規模にあったリーダーがここにはいないようだ。
奴隷の質が上の階にの方がいいから最上階の五階まで上がって来てみたが、はずれだね。
これといった重要そうな物が何もない。
さて、どうしよう。
奴隷商側の人たちの動きを意識して感知していると、やたらと出入りの激しい部屋がある。
怪しい部屋を一階に見つけたが、突入すればアルタたちが確認するだろうし、僕が行く必要はない。
僕は通路の窓から外に出て、壁の凹凸を利用して屋根の上に上がる。
このままアルタたちが助けにくるのを待ってもいいが、意識を建物周辺に向けて引っかかりを覚えた。
アルタたちの包囲網の外に奴隷の首輪がある。
首輪をつけられた相手の魔力を感知して、走った。アレはだめだ。僕は屋根から屋根へと駆て行く。
大通りに面したところで外壁をつたって地上に降りる。
追ってくる背後の気配が邪魔。
この魔力はアルタか。
きっちり僕のことは監視していたらしい。
なら、この先にいるのはあえて逃した相手だろう。
でもね、この気配は放置できない。
追いつかれる前に三人の男と首輪をはめられた女を見つける。まずは女の首輪から伸びた鎖の先を持つ男の手に雷系の魔術を一発撃ちこむ。
男が手を離したところで、僕は接近戦を仕掛けた。
魔力で強化した打撃で三人の意識を刈りとると、女の首輪に触れる。首輪が僕の視線より上にあって作業しにくい。
精神制御系の魔術に干渉し、首輪に仕掛けられたトラップを解除していく。解除が終わると風系の魔術で首輪を破壊した。
腕を下ろし、ため息を一つつく。
上からの視線が気になって顔を上げると、女がにっこりと笑う。鳥肌がだった。
これ以上の関わりを避けるべく、逃げだそうとしたとこにアルタが来る。
最近は書類仕事とばかりだといってたのに、息切れもしてないなんて動きいいな。
とりあえず、前と後ろなら、後ろが安全なはず。怒られるかもしれないが、そんなことは大した問題じゃない。
じりじりと後退していたら、女に距離を詰められた。腕を取られ引き寄せられる。抱きこまれると、女の左腕が顎の下にあたった。このまま力をいれられたら首の骨が折れる。
「逃げなくたっていいじゃない」
笑声混じりに女はささやき、僕の頭をなぜた。
密着すると女の魔力がより感じとれ、身体が震える。封魔具三つもつけてたから捕まるなんてマヌケな事態になっていたのか。
この女に暴れられたら首都の一画が更地になると思い急いだが、首都半壊の間違いだった。
「首輪の精神制御、効いてなかったですよね?」
拮抗状態だと思い込んで先走ったが、この女ならよほど長期間制御下に置かないと従えるなんてできない。
「なんで大人しくしてたんですか?」
大人しくしてたから魔力を読み違えた。奴隷の首輪に意識か向きすぎて、封魔具の存在を見落とした。
更地、ヤバイと焦った部分もあるが、最近わりと平穏だったから、油断を招いたかも。
士官学校の呼び出しがぬるくて、調子こいたかな。それとも、商人側の連中が弱いせいで自分が強いと勘違いしたか。
生きて自由の身になったら、生き残るための感覚をそう取り戻そう。
「害虫は元から始末するべきでしょう?」
アルタは無表情でこっちを見ているだけで助けてくれそうにない。というか、魔力的にはアルタの助けを期待できる相手でもなかった。
「 僕も虫の一匹ですか?」
「君はペットにしたいくらいかわいいわよ」
肉声に念話が重なる。
『主様のお気に入りでなければお持ち帰りできたのに残念だわ。探索者くん』
主⁈
誰だ?
この女より魔力の多いヒトの筆頭はレヴィエスだが、魔力から判断する種族だとアルシェイドか。
あとはお気に入りと言われるほど仲良くないし、次点でサムイルかな。どっかでサムイルが暴れて、この女を負かしていたら懐かれている可能性はある。
主がどっちでも死ぬ心配は減ったかな。
アルタの部下らしき人たちが追いついてきた。
「その足元に転がっているの、もらっていいかな?」
にこやかな表情の下で、アルタが緊張している。
女が返事をするまでに少し、間があった。
「美味しいもの食べさせてくれるなら譲ってあげる」
「麗しいお姉さまと食事できるとは光栄です」
警戒しているのに、アルタの発言は余裕がある。怖い女の人には慣れているってことかな。
なんとなく、アルタは女を口説くのが好きそう。落とすまでは情熱的で、落した後までは継続しない感じがする。
さぞ美味しい店をたくさん知っていることだろう。
その店は昼間は健全なお嬢さんたちに人気で、夜になるとお酒を提供する店にかわる。お酒を提供してもおっさんたちたまり場ではなく、若い男女に人気の店だ。
店の様子が変わりはじめた夕刻に僕らはその店へ着き、アルタはあっさりと個室を確保する。それも普通に予約して案内されるようなとこじゃなくて、店側が客を選んで通していそうな部屋だ。
だって、店、一階と二階だけのはずなのにここ、三階。しかもオーナー出てきたし、お菓子を持ってパティシエが出てきた。
甘い物を希望したお姉さんのテーブルの前には色とりどりのお菓子が並び華やかだか、そんな見た目を楽しむことなくお姉さんはバクバク食べている。
見ているほうが胸やけしそうな勢いだか、嬉しそうだ。
機嫌よく一人で食べているので、僕とアルタは廊下で声をひそめて話す。
「ルキノくん、アレ何?」
「さあ? そちらも思うことがあったからこの扱いでしょ」
「俺はあの子を見たとき、彼女三人と同時に遭遇したくらいの危機感を覚えたが、そっちは?」
ン⁉︎
「彼女三人? というのがちょっとどういう状況かわかりませんが、放置すると首都に更地ができそうなくらいの危険度を覚えました」
「更地か。今は?」
「大丈夫そうですね。食べ終わった後、暴れたいとか言われなければ問題起こさないと思いますが、彼女三人は説明はナシ?」
しつこく問えば嫌そうに教えてくれた。
「若さ故の過ちだよ。自分は要領のいい器用な人間で、なんでもできると勘違いした結果、対処しきれなくなったて引き起こした」
フタケタの女は管理しきれなかったとか、どんなに身体を鍛えても刺されるときは刺されるとか、癒し系の裏の顔は見たらいけないとか。
……イタイね。
付き合った女を武勇伝として語らないあたりで、気づくべきだったな。
追求したことを反省し、僕は話題を変える。
「逃した相手、捕まえてよかったんですか?」
「よくはないが、相手にも逃したとわかる状況なら消されるだけだからな。まぁ、逮捕じゃなくて確保だから、扱いはこれから検討する」
知りたい? なんて笑いながら問うから首を横に振っておいた。
前回の僕らの実習と今回の件で、貴族まで逮捕が可能になるらしい。だが、それをやると派閥バランスが崩れるそうだ。
勇者が不快に思いそうなものは首都から撤去しておきたいが、派閥バランスが片寄るのも避けたい。その結果として、貴族につながる幹部の見逃しになったそうだ。
派閥が一強で王宮政治が染まってしまうと、勇者を旗頭に戦争熱に浮かされる人が増えるらしい。勇者召喚なんて魔力も金もかかることをやった後に戦争なんて負担が大きすぎる。それなら、国内で派閥の小競り合いをしてもらっている方がいいそうだ。
「黒幕の貴族が見逃されるのは許せないか?」
「戦争になるよりはいいですし、僕に実害がなければお貴族サマが何やっていようと興味ないです」
まったく興味ないわけでもないが、そんなものより僕の安全のほうが大事だ。自己保身のためならいくらでも目をつぶれる。
「そうか。なら、君は一人、我々の包囲網から抜け出し、俺に捕まった。その間、誰にも遭遇していない。それでいいな?」
「囮でいるのが怖くなって逃げ出し、アルタさんに捕まったってことですね」
僕の扱いはいいとして、食事中の女を見る。
「あのヒトはどうするんですか?」
「どうもしない。食事に満足して大人しくしていてくれるなら、奴隷になっていたことも抹消する」
アルタを見れば、苦く笑った。
「アレは関わったらいけないと、女に四回刺されたことのある俺のカンが告げている」
「そんなに刺されたカンを信じろと?」
役立たずだろ、そのカン。
「わざと刺されてやった分もある。毒より、刺し傷の方が治療は簡単だからな。毒も数回あるが、そっちはひっかかったことないぞ」
毒回避を自慢されても、付き合っている相手に毒盛られる状況がもう怖くて羨ましく思えない。
それにしても、刺されるか毒かの二択になる状態ってどんなんだろう。想像できないのは僕の人生経験不足かな。
そんな怖すぎる人生経験はいらないけど。
「その目は何かな?」
「アルタさんの認識を改めているだけです」
つまらなさそうにアルタは肩をすくめる。
「お前さ、あの女性に監視つけたらどうなると思う?」
「いつの間にか消されてそう」
「だよな。こっちに余裕があるならデートにでも誘いたいところだが、今は人員に余裕がない。保護する必要のある
相手でもなさそうだしさ、書類として残したくないし、いなかったことにするしかないんだよ」
アルタが耳元で一言ささやく。
「魔人」
僕の驚き、表情を消す。
アルタはささやくために折り曲げた身体を起こし、底の見えない笑みをはりつける。
「探索者。君は自らの感覚で知るが、オレらは国に蓄積された膨大な資料から、その存在の判別方法を知る」
感情の見えないアルタの瞳に冷やりとする。
「軍、動くんですか?」
「何のために? 相手が暴れているならともかく、過剰反応で首都を戦場にするつもりはない」
首都で魔人討伐のために大規模に軍を動かすと情勢不安まねくし、街に被害が出る。そんなことをアルタは望んでないし、そんな大事件が首都で起きると戦争へと世論が傾いてしまうそうだ。
アルタの行動基準は善悪じゃない。
それは理解できた。
気持ちよく食事を終えた女は機嫌よく去って行く。
「お腹すいたらいつでも声かけてね」
何も問わないで、アルタはにこやかに女を店から夜の街へと送り出す。
問題さえ起こさなければ何者でもいいし、お菓子で機嫌が取れるならラクでいいそうだ。
アルタは部下を呼ぶと、女が使用した食器やカトラリーを回収する。奴隷商と関連した書類は残さないが、魔人情報蓄積のための書類は作るらしい。
調べるとなんかいろいろ人間とは違う物が検出できるそうで、なるべく多くの個体情報が欲しいそうだ。基本的に検出される物は無害らしいが、稀に有害物質を保有する個体がいるらしい。
有害物質持ちは基本、暗殺処分。
正面からぶつかると被害ばかり大きくなるそうで、こっそり確実に仕留めるのが理想とのこと。
「正々堂々なんてのは強者の余裕だよ。種族として弱者の人間の戦い方じゃない。だか、そんな現実を誰もが受け入れられはしない。そのために夢がいる」
それが勇者であり、英雄だとアルタは冷たく笑う。
これから残業だというアルタに店で包んでもらった夕食をもらい、僕は帰路につく。
感覚を少し広げれば、人間の中に混じっているヒト型の何かの気配を見つけられる。気づくのは自分だけなんて思い込みか。
感覚ではなく、蓄積情報で知れる差異。
わかるの自分だけ、とか酔っていたと思うと叫びたいくらい恥ずかしいが、ここで叫ぶとより恥をかく。
アルタとのアルバイトが終わったらレヴィエスに春休み中に行って帰ってこれるトラップ満載のダンジョン知らないか相談に行こう。行き先がダンジョンなら予定があってもサムイルはつきあってくれるはず。
後日、僕はアルタからアルバイト終了を告げられた。バイト代は悪くなかったので、アルタの上司に胃薬と養毛剤を贈る。
なぜか、すまんと謝られた。
気にはなったが、回答を得られないまま新年度を迎える。魔術学院の教員紹介で僕は謝罪の意味を知った。




