実習の後始末 1
僕、どうするか、おうかがいたてたよな。
最終決断したの、先輩だよね。
なのに、なんで、僕か後始末に駆り出されるだ?
貴族の紋章を使えるくらいだし、力のある大きな奴隷商だったのはわかりますよ。荷車の商品を押収したところで、壊滅にはいたらないのも。
壊滅のために動くのは本職の方ですよね?
学生のやるとではない。
できれば、そう、強く強く主張したかった。
「君の便利な技能を活かそうか」
にこにこと、特務課の軍人にアルバイトを強要された。
情報部特務課。騎士のように表立って華々しく活躍はしない、頭脳労働者の集まり。軍人として、身体も鍛えているが、仕事は机上が多く文官よりの仕事をしている。
高位貴族子息の士官学校の生徒には人気がないこの部署は、出世すると社交界で性格に難がある系のウワサが流れるオマケつきだ。
優秀さに比例していい性格になるそうだ。
良い性格ではないとこが情報部だそうで、特務課は出世コースの一つ。
ぜひとも、アルタとは縁を切りたい。
アルタに押しつけられた仕事は、仕事のできないメッセンジャーボーイとして、僕は貴族サマのお手紙片手に貴族街をふらふらさまようことだ。
迷子のメッセンジャーボーイとして貴族宅の門番に心配されたり、呆れられたり、憐れまれたり、笑われたりする。だか、拘束されるほどは疑われなかったので、いいとする。
そして街の白地図に自らの感覚を頼りに三つの記号を書き込む。
問題なしは丸。
防御魔術が邪魔でわからないのは三角。
問題ありの魔術反応があるとこはバツ。
三角とバツは報告書提出して、再調査。
アルタかアルタの用意した貴族サマの従僕として、問題宅を訪問する。
十数件の奴隷の首輪を使用している家を摘発した頃、勇者召喚が行われた。
高密度の魔術の行使に恐怖を覚える。
城と街のを隔てる魔術防壁が間にあったのに、身体が震えた。何も知らないまま平然としていられる人たちがうらやましい。
勇者召喚する費用や魔力を魔人に向けたら、勇者はいらないのではないだろうか。そんな疑問がよぎった。
とほうもない金と労力がかかっている。それに見合うだけの働きをしてくれる勇者であってくれればいいのだが。
使えないと、一緒に処分されそうで怖い。
勇者召喚が行われた翌日、僕はダメなメッセンジャーボーイをクビになった。根絶はできなくても、見せしめに捕まえるとしばらく大人しくなるらしい。
新たに与えられた役は忍びきれていないお忍歩きの坊っちゃまだ。服、小物、お小遣い支給で、誘拐されろ、とのこと。
どうもアルタは上司の胃に穴をあけたいらしい。
「すべては勇者のためだよ。彼に王都で居心地よくいてもらうには奴隷は邪魔なんだ」
勇者サマは奴隷が嫌いらしい。帝国の女勇者は獣人奴隷の解放を願っているし、西の国の勇者は奴隷の女性を助けている。
カールクシア国内で勇者と奴隷を遭遇させたくないらしく、国は奴隷商退治に躍起だ。危機管理能力の高い奴隷商たちはすでに王都を離れているそうで、そっちは今のところ見逃しているらしい。
アルタたちが早急に潰したいのは現状でも王都で仕入れ及び販売をしている連中だ。品薄状態になっており、高く売れると元気いっぱいなのがいるらしい。
「奴隷は生きていてこそ売れる。抵抗しなければ死ぬ心配はないから、がんばったけどダメな無力な坊っちゃまらしく捕まれよ」
仕入れ先や活動場所の情報はすでに集めているそうで、アルタは奴隷の保管場所が知りたいそうだ。
「命以外の安全性はどうなっているのでしょうか?」
「まあ、一日くらいなら大丈夫だよ。調教済み希望の買い手がいなければ肉体的にも精神的にも、貞操的にな」
なんか、最後の一言に想定外のものがでてきた。
「単純な肉体的苦痛だけなら我慢しますが、ほかはムリ」
「自衛はしていい」
殺し以外はもみ消すと約束してくれた。
ふらふら、キョロキョロ街を歩く。
計画性がないように見えていればいいが、行動先は大まかに決まっている。
いい服着て、銅貨が標準な店で銀貨を使っていれば悪目立ちするはず。僕のお金じゃないから、遠慮なく使ってやる。
けど、ムダ遣いは好きじゃないからちょっと苦痛で、ぼったくられるのも嫌だが、仕方ない。値切るのは禁止だと、アルタにしつこく言われている。
でも、原価計算したら純利益が九割超えは自分の金じゃなくても苦痛だ。
素人臭漂う木彫り人形に神の加護はない。それっぽく色のついた石をはめこんでいるが、魔石ですらなかった。
こんなもん買えって指示がでてなければ絶対に買わない。
「この守護人形は聖なる水に浸すことでさらなる加護を得られるんだ。坊ちゃんだけに聖なる水が得られる場所を教えてあげよう」
もったいぶって店主が湧き水の場所を告げる。
聖なる水が街中で湧いてあるらしい。ものすごくつっこみたいが、驚いたふりして向かうと後をつけてくる者が増えた。
僕、こんなアホな物買わされたあげくだまされた人の居場所を探るために囮にされているのか。
仕事って大変だね。
仕方なく教えられた場所に向かうと、湧き水っていうか井戸があった。井戸のある小さい広場に石像があり、店主によればその石像が大変ありがたい物らしい。
手入れとかされてなさそうで薄汚れているし、祀られている感じはまったくないけど、ありがたいものなのだそうだ。
こんな明らかな罠に僕、引っかからないといけないのか。
ため息をつくのを我慢して、井戸の水をくむ。
背後から近寄ってくる気配に、意識して振り向かないようにする。
口に布を突っ込まれるのとほぼ同時に頭上から麻袋を被せられ、荷物のように担がれて運ばれる。
ここへ誘導するまでのずさんさとは比べ物にならないくらい人間の捕獲になれてる。
ちょっとばかり袋の中で暴れてみた。
「石畳に叩きつけるぞ」
ドスのきいた声で脅され、抵抗をやめる。
誘拐と脅しはどうやら得意のようだ。
アルタたちが尾行してきている気配もあるし、明日には解放されるだろう。僕は気楽に構えていた。
ここ、商品管理悪いな。
奴隷の首輪を模しているが、精神制御の魔術が組み込まれていない。肉体に痛みを与えて服従させるタイプだ。
食事に精神作用のある依存性の高い薬を混ぜることで、最終的には魔術の組みこまれた首輪もいらなくなる。
クスリで壊れるまでの使い捨て奴隷。
悪趣味で質が悪い。
捕獲された人たちは解放されたところで、社会復帰できるのだろうか。
そういうのを考えるのはアルタたちの仕事だ。
僕は閉じ込められた部屋で、助けを待てばいい。
「食べないのか?」
同年代の少年が話しかけてくる。
やつれてぐったりしている少年が多いなか、そいつはヘンに元気だった。多分、クスリの影響。
「食べないならくれよ」
同じ部屋に集団で閉じ込められているが、首輪から伸びた鎖が壁につながっており接触できるほど動けない。
ムシしているとわめき始めた。
腹が空いているというより、依存症だろう。
さらに放置していると、何人かに非難がましい視線を向けられた。
「そいつ、食べ物があるかぎり騒ぐから、やるか食べるかしてくれないか」
「あきらかに食べるとよくない物は食べたくないし、それをやるのもどうかと」
誰が舌打ちした。
「やっぱ、この食事おかしいのか」
食事せずに餓死か、食べて精神を殺されるか。
最悪の二択。
とっとと逃げ出したい。
ちゃちな首輪の魔術具はいつでも外せるし、僕一人逃げ出すは簡単だ。アルタたちの準備がどの程度までできているのか不明で、逃げ出してしまっていいのか迷う。
自衛の許可は得ているし、ムリやり食べさせられそうになってまで大人しくしているつもりはない。
メシは腕輪にはめ込んだ妖精石の中にあるが、この視線のなか一人だけ食べるのはいたたまれないし、我慢しよう。
しかし、ここ空気もよくないし、衛生環境悪いな。
食事のあと、個別にトイレには連れて行ってくれるが、管理されている状況が不快だ。
女性や大人は別の部屋にいるし、ここが保管場所で間違いないよな。
逃げたいけど、どうしよう。
ここ、いるだけで苦痛だ。
逃げたい。
逃亡していいかな。
鎖を外せば暴れてくれそうなのもいるし、ハデに暴れさせればアルタたちも動くしかない。準備万端ではなくても、最初からある程度の準備はしているはず。
まあ、取り逃がしたところで僕の失態じゃない。
潜入捜査の訓練を受けたわけでもない学生を使ったのが悪いってことで、逃げよう。
ここにいるのは精神的に苦痛だ。
肉体的な苦痛じゃないから、我慢しつづけなくてもいいよね。
僕は誰にもばれないように魔術をつかった。




