士官学校
魔術学院も士官学校も学園区にある。
移動距離としてはわずかなものだ。だが、貴族が少数派の魔術学院と貴族が多数派の士官学校では、校風が違う。
強制命令でなければ、今すぐ逃げ出したいくらいだ。
魔術学院はなれたし、単位の習得は順調。このままいけば、冬はラクできる。そんなさなか、士官学校との友好交流は嫌がらせだ。
遅くても、年度末には魔術学院に戻ってこられるし、進級もできるらしいけど、迷惑。騎士になるのが目的の人がほとんどで、戦うための人を育てる学校が僕に合うはずがない。
朝起きる時間から夜寝る時間まで、規則で決まっている生活なんて息がつまる。歴史の授業は魔術学院で受けたけど、歴史でしがない戦争の戦術論とか知らない。
戦術と戦略の違いを語られても、意見なんてありません。
戦争終わってよかったねとか、争い嫌いとかしか思うことなんてないよ。とりあえず、徴兵が義務化されるような戦争は起こしてくれるな。
後方にいられる貴族と違って庶民は最前線だ。何を成したところで栄誉もない。名もなく死ぬか殺すかだけだ。
歴史上の偉人たちに自らを重ね、夢みる姿に嫌悪する。こいつらと同じ価値観は持てないし、見たことないんだろうな。
人が人を殺すとことか、人が魔物に殺されるとこ。語る夢が、おとぎ話みたいだ。
軍属になったらこいつらが上官で、命令には従うしかないとはぞっとする。彼らにとって貴族しか人間じゃないから、戦死者は消耗品感覚か。
士官学校に来て三日。教官呼び出しをくらった。
「授業にはついていけてますか?」
「正直に答えてよろしいのでしょうか?」
「どうぞ、生徒の秘密を守るのも仕事です」
白髪が混じる教官はにこやかに笑う。笑っても優しそうには見えない。油断ならない鋭利な知性がにじみ出ている。
「君はサンプルです。正直な意見が望ましい」
「わかりました。突撃、突撃、突撃と連呼しているクラスメイトを見ていると自殺は一人でやってほしいと思います。巻き添えでどれだけ死ぬかと思うと迷惑きわまりないですし、貴族の方が庶民の命を同等に思えないのはわかっていますが、兵士として使えるようなするにはお金がかかります。せめて費用対効果の面からだけでも蛮勇と勇敢の違いを考えてほしいです」
正直に答えても教官は怒らなかった。変わりにサイコロと駒と地形図を使った戦術対戦授業のレポートを費用面に焦点を当てて書くように言われる。
「ルキノ、呼び出し大丈夫だった?」
「レポート書けっていわれた。メシまで図書室いるよ」
「あー、ジンエ教官は怒らない変わりにレポート出さす方だから。話せば話すだけレポート増えるよ」
数少ない庶民のクラスメイト兼ルームメイト。連帯責任にならないように、まめまめしく世話を焼いてくれる。
「そういう情報は先にほしかったよ。資料いっぱいいりそうだから、貸出し枠足りなかったら貸して」
「十冊は借りれるよ? それでも足りないの?」
「うん。いる資料探すだけで疲れそう」
「そんなレポートを書かされる何を教官にいったんだ?」
誰の耳があるかわからないところで口にするのがマズイのはわかっている。僕は笑ってごまかす。
「提出期限は?」
「なるべく早く。遅くても週明けまで、鬼だよなぁ」
もう笑うしかない。
「笑っている場合じゃないだろ」
怒りながらも図書室の貸出し枠を貸してくれるフライはいいやつだ。
親が教育費用を負担するため、国費で教育を受けた一般市民より、貴族の次男以下が死亡する方が国としての費用負担が少ない。そんな結論のレポートを僕は仕上げる。
死亡するとお家断絶になるような貴族を除外し、貴族が使った費用を計上しないのがこのレポートのポイントだ。
授業に国際交流会選手選抜会議が割り込んでくる。
集団戦とか連携が必要なのは、士官学校に来て半月もたってない僕やサムイルには不向きだ。強制参加は個人戦だけになる。
「君は去年魔術学院からの参加で武器調整した子だね」
期待していると肩を叩かれ、僕は個人戦を頑張ることにした。補欠で選手団に入れられたら去年と同じ扱いを受ける。士官学校の個人戦枠は八つもあるんだし、どうにかなるはず。
正直、引き分けに持ち込むのは得意なのだが勝つのは難しい。あま、家名を聞いても家柄がわからないので、遠慮なくやれる面はある。
誰だろうと、王族とやらされた学院祭よりはマシだ。
武器が士官学校からの貸出し品というのが、やりにくい。みんな同条件って話だけど、違うのは選抜試合が始まったらわかった。
武器のいい人が学校が代表にしたい人なのだろう。
僕、旅費払ったあげく、あんな面白みのない武器調整なんてやりたくない。選手参加の方がまだマシだから、武器見て空気なんて読みません。
気合いいれて臨んでいたらサムイルに笑われた。
「僕は異国で控え室に閉じこめられたくない」
クラス予選はリーグ戦だから問題ない。サムイルが規定人数になるまで倒せば済む。
問題は本線。三回勝てば選手に選ばれる。ただ、一回は武器優遇されている人に当たってしまう。是非とも猪突猛進する剣術バカと当たりたい。
魔術戦が得意な人よりはやりやすいはず。
一回戦。
僕は時間ぎりぎりまで逃げ回り、疲れきった相手の剣を弾き飛ばして判定勝ち。
二回戦。
僕が逃げ回るタイプと知って、言葉で挑発する攻めて来ない人だった。僕は剣を構えて、しっかりと魔術を練り上げる。魔術を発動すると同時に完全拘束して剣を突きつければ僕の勝ちだった。
魔石がなくても時間をかければ、僕だって効果の高い魔術戦発動させられる。実戦じゃ長々と魔術を練り上げている時間がない。そのため、いくつもの道具や魔石を僕は常備しているだけ。なくても、やれなくはなかった。
しかし、二勝してかけられる言葉が卑怯はヒドイ。
どうやら剣で打ち合わないのがいけないらしい。けどさ、対戦相手はみんな年上。僕より体格のいい人ばかり。
まともに打ち合ったら負け確定なのに打ち合えっていうのがおかしい。
三回戦。
武器のいい人きた。とりあえず、攻めてきてくれる人なので、僕は避けることに意識を向ける。
「君、去年魔術学院からの代表でいたよね?」
「いましたよ。補欠で」
「それなら、まったくできないってこともないよね」
軽口をききながら、踏み込みが速くなる。受けたくはないが、僕は剣を使って流す。徐々に剣速をあげるとか、嫌な感じだ。
期待されてるだけあって強い。でも、試合なら勝機はある。僕は剣を受けながら、相手の剣の分析をする。
大量生産された支給品、他よりちょっといいくらいなら、やれる。
魔力の流れと、武器の弱いとこはわかった。一度だけ剣をまともに受け、魔力を逆流させる。剣が爆発するのを魔術防壁で防ぎ、喉元に剣を突きつけた。
僕は三つ目の勝利と国際交流会の選手の立場を手に入れる。次の試合は、剣を受けるときに後方に飛ばさとたようによそおい場外負けした。
無傷で目的を達成したのに、批難される。
士官学校、僕には合わない。
「フライ、僕、何やっても批難される」
「もう少しがんばれそうに見えたから、批難は期待の裏返しだよ」
そうか。もう少し上手くよそおわなくてはいけないか。
人のいいフライに、僕の付き人として補欠選手登録してもらう約束をする。雑用係だけど、喜んでやってくれるぽい。
名誉なことといわれても、僕にはそんな認識がなかった。去年の悲惨な思い出のどこにも、名誉なんてない。この認識のそごは理解しあえそうになかった。




