閑話 教え子(応用過程)
応用過程希望調査書。
第一希望、魔具作製。
第二希望、魔方陣学。
第三希望、魔術薬学。
ルキノ・マイハースの希望と適性は一致している。一致してはいるが、今更学ぶことがあるのだろうか。
「ラムセイル先生。彼はまだ、学問の奥深さを知らない。我々が、教えるべきは果てなき探求心だ」
応用過程編成会議にて、コーデム先生は熱弁を始める。
長く、熱い弁論をまとめると、ルキノは授業に参加させる必要なしになる。授業という枠で拘束するより、課題を与えてレポート添削による指導を行う。
時間で拘束しなければ、ルキノは専攻三つくらいやる。希望の専攻を選べるかどうかはともかく、複数の専攻を取るのはめずらしくない。
Aクラスにいる生徒特別扱いするのは魔術学院の教育方針だ。実技系で特別扱いを受ける生徒は、現職の軍人や騎士から直接指導が入る。
それに比べれば、学院内でおさまる特別扱いは安上がりでいい。これから基礎を学ぶ生徒のために、ルキノを隔離しておきたくもある。
コーデム先生の意見に、第二希望として受講される私としても異論はなかった。
魔術という分野を学問して考えたとき、机上論を得意とする研究者は多い。私もそちら側である。
コーデム先生もこっち側なのだか、実地調査に行きたがる人でもあった。だか、行きたいだけで、行く能力があるかは別だ。
実地調査にでられるような人はそれだけで生活ができてしまう。目立つくらい有能だと、すぐに軍に取られる。そのため、どれだけ理論を構築しようと、実際に自らの論を使える研究者はほとんどいない。
ルキノは魔力で押し切る魔術士ではなかった。少ない魔力で魔力の多い者を相手にする理論がある。そして、魔力制御が上手く、複雑な魔術が組める。
机上の空論をルキノと使えるかもしれない。コーデム先生は実地調査のお供にルキノを連れ出すつもりだろう。
魔具作製にはお金がかかる。安くすますには、現地で自ら採取するのが一番だ。
希望を出されている先生間で、いつ誰の実験及び実地調査に使うか教義する。とりあえず、ルキノには最初の一月か二月で応用過程で必要な単位分のレポートを書いてもらうことが決まった。
実地調査や採取は学外実習というかたちで連れ出す。
学院では話し合いが終わらなかった。食事でもしながら続きを行う。
酒を飲んだのが、よくなかったのかもしれない。
つめこめるだけつめこんだ予定は、素面になって見ると激しかった。でも、誰も自分の予定を減らしたくなくて、ルキノにはそのまま予定表が渡される。
「店への納品間に合うかな?」
困惑した様子を見せたが、ルキノはムチャな予定を受け入れた。
ルキノはたいした子だったんだな。
応用過程で必要な座学の単位を二ヶ月で取りやがった。みんな自分の実験につき合わせるつもりで、レポートの添削は厳しく行っている。
その上で、三、四年生分終了だ。
異母兄にその優秀さを熱く語っていると、ため息をつかれた。
「あのガキ、利用されてばかりだな」
憐れみながらも、異母兄は情報提出を要求する。
「秋以降は予定を入れるなよ」
「どういうことですか?」
「決定事項になれば学院に連絡がいく」
まだ決定ではないが、ほぼ決まっている状態らしい。それなら、なるべく早く実験をおこなおう。
誰のどういう予定かは知らないが、ルキノの意思確認をする者はいないようだ。私も批難できる立場にいない。
そんなことよりも、私は実験がしたい。
まさか、未成年の学生にダメ出しされた。
ものすごく細かい魔力制御をできるせいか、ルキノの素材に対する要求は細かい。正直、差がわからないレベルだ。
コーデム先生でも半分理解できるかどいかで、本来専用の検査器具がないとわからないことらしい。
そして、私の専門である魔方陣にもルキノはケチをつけた。
「こんな魔力消費の激しい魔方陣は使えない。発動させようとしても魔術負荷偏りすぎ、崩壊します」
無理やり一個の魔方陣におしこむな。
無駄な術式のけろ、と容赦ない言葉をはき出す。
あんまりうるさいから、つい言ってしまった。
「なら、気にいるようにやってみろ」
そしたらあっさり、魔方陣を八つの連動式に変更して魔石に組み込む。魔力を魔石に流しこめば、誰でも使える魔具になった。
私は薬学の先生と飲み明かす。
飲みに飲んで、二日酔いに悩まされているとルキノが薬をくれた。常備薬に欲しいくらい効いたが、薬学の先生は涙目になっている。
夏期休暇は旅に出るそうだ。
コーデム先生だけは元気にしている。
落ち込んでいたら元気の秘訣を教えてくれた。
「我々は教え導く者だ。同じ目線に立つ必要はない」
ほっといてもできる相手には無理難題をやらせればいいらしい。できなくて普通、新たな発見でもしてくれたらそれは課題を与えた我々の功績となるそうだ。
魔具専門誌の秋号にコーデムが送ったルキノの魔具が論文と一緒に掲載されるらしい。
使い方が大事だと諭された。
夏期休暇あけ、魔術学院に命令書が届く。
サムイル・ベルテアとルキノ・マイハースの二名を士官学校との交換留学生として選出するように記載されていた。
異母兄が示唆していたのはこのことか。どうやら二人とも士官学校から国際交流会の選手団に選ばれるらしい。
ルキノは嫌がるだろうが、決定事項だ。
「嫌だ。士官学校、拒否です」
安全第一。平和好き。争い嫌い。
いろいろ騒いでいるが、告げた先生にも決定権はなかった。
騎士嫌いになったルキノに士官学校は辛いだろうが、苦労しろという気持ちがなくはない。
これは私の魔方陣にケチをチケられたからではないはずだ。若いうちに苦労して成長を期待する、教育者としての気持ちだ。
ちょっと痛い目みろと思わなくはない。が、挫折を知るのも成長には必要である。
けしてやましい思いはない。たぶん、きっと……
私は、士官学校へ交換留学に向かった生徒たちの健やかな成長を願う。そして、できれば、できればだか、士官学校の先生も困るといい。
苦労する人が増えると、心の慰めが増える。
私は一人自室で酒をあおり、士官学校の未来に思いを馳せた。




