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帰省

村は王都から近い。

馬で駆ければ、乗り手と馬次第で日帰りもできる。


迷宮都市にいた頃ならともかく、学校に通い出してからは帰ろうと思えば週末にだって帰れた。

手紙の返事はなくても、手紙は届く。だから、技校祭や作品展示の日を知らせれば、向こうから来てくれたかもしれない。


お土産が、採取鞄がいるほど多くなったのは気まずさのせいだろうか。とりあえず、アルシェイドがいてくれてよかった。


村に近づくほど、逃げ出したい気分になる。どうにか踏みとどまれているのは、アルシェイドのおかげだ。


昼過ぎに村から一番近い町へ着く。乗り合い馬車で、のんびりとやってきたが、僕は緊張していた。

ここの町には村の子どもでも気楽にやってくる。知っている人に会うかもしれないと思うと落ち着かない。


「ルキノ、まずはメシにしよう」


大通りに面した食堂に入る。注文はアルシェイドが適当にした。


「ルキノ、挙動不審な原因はなんだ?」

「よくわからんが、緊張している」

「お前さ、今回の帰省って親父さんとの約束を果たした報告だよな? なんで家出少年の帰宅みたいになってんだ?」


なるほど、家出少年の帰宅か。

そういう心境な気がしてきた。


「強引に家出たから、な」


声を出して笑ってみるが、ぜんぜん楽しい気分になれない。むしろ、顔が引きつる。


「親に存在を忘れられてたらどうしよう?」

「それはないだろ、落ちつけ」

「いや、だって僕手のかからない子ってわりと放置ぎみだったし、サムの家に入りびたりだったから、思い返すと実家の記憶があんまりない」

「大丈夫、大丈夫。そんなことよりメシきたぞ」


テーブルの上に料理が並ぶ。スープにピザが二種類ある。微妙に苦味のあるピザのソースに懐かしさが刺激された。


「村までの道は覚えているのか?」

「それは大丈夫。少しくらい道がかわっていても気配で村の位置わかるし、村に着けば迷うほど広くないよ」


農地ならともかく、店を構えている家は限られている。


食事が終わると村に向かう。悩んでいるとよけいに帰りにくくなると、アルシェイドに背中を押された。


大岩や巨木に記憶を刺激されながら山道を歩く。道から他の木々より低い場所が見えた。むかしは土がむき出しだったはず。

サムイルが魔力暴走を起こした場所。そんな場所がこの辺りにはいくつもある。


村が近づくと、どきどきした。

足をとめないで、村に入る。入ってすぐが広場になっており、井戸端会議中の奥さまや遊んでいる小さな子どもの視線を集めた。

僕は、ただ一人の相手を見る。記憶の中にあるより老けていた。僕を見て驚いた顔をする。


「ルキノ」

「ただいま、お母さん」


忘れられてなかったことにほっとしている間に、奥さまたちに囲まれた。


「あら、大きくなったわね」

「隣にいるのは誰?」

「見ない顔よね」

「ルキノくんの学校の友人です。春休みにヒマしてたら誘われたんで、来ました」


アルシェイドは愛想よく対応する。しばしの間、奥さまたちにつきあい、家に向かう。家は広場から見えていた。

家から子どもが出てくる。


「お母さん、この人誰?」


母にまとわりつく女の子。たぶん、妹。完全に忘れられている。


「家出していたお兄ちゃんよ」


家出?


「人買いについて行ったバカなお兄ちゃん?」


ものすごく疑わしそうな目で見られて傷つく。母が困ったように紹介する。


「リキカよ。覚えてる」

「おしめ替えた妹は覚えているよ」


にっこり告げれば真っ赤な顔をされた。


「キライ」


宣言すると家に走って、戻って行く。その姿を追うように家に入る。家に知らない女の人がいた。


「マイスの嫁よ」

「兄さん結婚したの?」

「そうよ。子どももいるわ」

「えっ、もしかして、僕の部屋もうないの?」

「あるわけないでしょ。寝るのはお友だちと一緒にお祖父ちゃんとこよ」


とりあえず寝る場所を確保しに祖父母の家に行く。夜ご飯には戻ってくるようにいわれた。

頼りない記憶を使い、祖父母の家を探す。なんとなんとなくだった記憶が、歩いているうちにしっかりしたものになる。


祖父母の家は工房のそばにあり、工房には父と兄がいた。

父は仕事中、子どもの相手はしてくれない。兄は相手にしてくれたが、父にサボるなと怒られていた。


父への報告は後にして、祖父母の家に上がりこむ。なんか、祖父母が小さくなっているように感じられた。


「よう帰ってきたな」

「もうどこにも行かんのやろ」

「まだ、学校が途中だから、休みが終わる前に行くよ」

「学校卒業したんやろ?」

「卒業したのは技術学校。今通っているのは魔術学院。アルは魔術学院の友だち」

「魔術学院にお前が行けるはずない」


完全否定された。その後、言葉をつくすも信じてもらえない。祖父にひざかけ、祖母にストールを渡し、お土産で学校の話題はうやむやにする。


客間に通され、荷物を下ろすとため息が出た。


「忘れられていなくてよかったな」


にやにやアルシェイドが笑う。


「僕はもうあきらめた。魔術学院在学中なのはアルが説得してくれ」

「なげるなよ」


アルシェイドにからかわれながら荷物整理をしていると、マイスが部屋に来た。


「一緒にいるのサムイルではないよな?」

「うん。違うよ。サムは帰るつもりないみたいだから」


にこやかにアルシェイドが自己紹介をする。マイスはアルシェイドが僕とサムイルの同級生ってとこに驚いていた。




サムイルの家は広場から少し外れたとこにある。そばには薬草園があり、草の独特の香りがしていた。


店を訪れると、サムイルの母は快く迎え入れてくれる。サムイルの手紙とお土産を渡し、調合を手伝う。


「ルキノくんはむかしから器用だったわね」

「そういや、学院で笑い薬の作り方教えてもらった」

「そんなお薬を教える授業はないはずよ。月末の演習で悪い先輩に教えてもらったのかしら?」

「楽しい先輩だったよ」


幼い頃と変わらないお手伝いをしながら、サムイルの母は魔術学院にいたんだと知る。

演習でしか使ったらダメといいながら、涙の出る煙の作り方とか、建物内での罠の仕掛け方を教えてくれた。学生時代は罠師だったんだろうな。


ここは実家より落ちつく。

卒業証書あるから、技術学校については信じてくれた。だが、うちの家族は魔術学院については信じてくれない。

その辺りの説得は小さい兄よりかっこいい兄がいいと、妹二人に懐かれたアルシェイドに任せた。


「サムはもう魔力暴走起こしてないよ。魔力も安定している」

「ルキノくんがそばにいてくれる間は心配してないわ。あの子寂しがり屋だから」

「最近は世話焼きだよ。サムと比べたら僕が弱いからなんだろうけど」

「ルキノくんにかまってばかりで、あの子お友だちいないのかしら?」

「暑苦しい訓練仲間がいるよ。よく訓練室にこもって遊んでいる」


全員、士官学校卒業生で年上だけど、仲良くはしている。戦闘好きとはサムイルも仲良くできていた。




両手とも妹と手をつないできたアルシェイドに呼ばれ、僕は家に帰る。普段は町に住んでいる次兄がわざわざ帰って来たそうだ。

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