北方の学外実習
今月は授業があまりない。
年末に単位を取り終わっていれば、月末の学年別演習まで冬季休暇と同じだ。
僕は必須単位の冬季学外実習の準備をしながら、技校祭で受けた注文の消化をする。
とりあえず、マルクにはもう注文を取らないように頼んだ。今ある分が終わるまでは増やしたくない。
「学園区に店を用意しましたが、何を売りましょうか?」
いつの間に店なんてできたんだろう。
何もないのは困るそうで、傷薬と火傷薬と胃薬を常備品にする。回復薬と育毛剤は作った時だけ持ち込む。
注文分が終われば、魔具を作ってもいい。三年生になったら授業でも作らなきゃいけなくなる。
決められた物ばかり作るのは楽しくなかった。
商業ギルドの素材販売会にマルクと行き、必要な物を買う。興味の赴くままに買い物させてはもらえなかった。
王都は雪が降っても、何日かすれば溶けてしまう。雪に埋もれる経験なんてないし、吹雪なんて初めて見た。
「なんで僕、こんな僻地にいるの?」
魔術学院から一緒に来た人たちは、ここより南の大きな基地にいる。魔術学院の先輩も士官学校から来た人たちも、だ。
「親、政治犯とか貴族位剥奪とかされてないか?」
「ここ、基本左遷場所だから、なんか理由がないとありえないぞ」
「ずっと村人です」
ただ、近衛騎士には嫌われているかもしれない。やらかしたのは僕じゃないけど、好かれはしないだろう。
「なら、学院で偉い人の子を怒らせているかもしれんな」
「子どものケンカに親が出てくるのはどうかと思うが、身分差は意識しないとダメだぞ」
「やらかした後じゃ意味ない忠告だけどな」
演習で恨みを持つタイプの人がいれば、ありえる。でも、あれは授業だ。恨む方がおかしい。
僕、悪くない。ちょっとテンション上がってやりすぎたこともあるかもしれないが、授業の許容範囲ないのはず。
実習の説明を聞いて、外壁の上に出る。
寒いというか、風邪か痛い。視界悪いし、風の音も大きかった。
ここじゃ、目も耳も役にたたない。
防寒防風対策はしているからいいが、見張りとしては感覚のみが頼りだ。
外壁の上を一回りして、詰所に戻る。
「感想は?」
「吹雪でも元気な魔物いるんですね」
「マジ? どの辺かわかる?」
僕はテーブルの上に広げられていた地図の一点を指差す。一緒に回った人も同意見らしい。
「お前、嫌がらせじゃなくて実働員か?」
「魔物見つけても、向こうから来てくれなきゃ吹雪が終わるまで手は出せないけどな」
「今年は魔物多いんだ」
「本部から人よこしてくれるみたいだが、使えるとはかぎらん。お前かわりに働いて行くか?」
「僕、戦闘苦手なんで、荒事は嫌ですよ」
小さいし、弱そうだとからかわれているうちに、本日の実習は終わった。
吹雪がやむ。すっきりと晴れはしなかったが、太陽を隠す雲は薄く雪を降らせるものではないらしい。
天候がよくなったことで、軍に増員が来た。
増員された小隊の中心にいるのは、知っている顔。
王家八剣の一人らしく、爆炎の騎士と呼ばれる炎の剣の使い手だ。
「どうだい、ルキノくん驚いたかね?」
ものすごく調子にのったワイゼンがムカつく。
たぶん、ワイゼンは何を言っても気にしない。でも、部下の人の視線が怖いのでとりつくろう。
「大変驚きました」
この国、大丈夫なのか心配になるくらいの衝撃だ。
「君にかしこまられるとヘンな感じだ。子どもはもっと自由でいいぞ」
「そうですか」
「では、一緒に魔物を倒しに行くぞ」
「はぁ?」
とりつくろえなかった。
「実習があると聞いて、わざわざここに配置してもらったのだよ。ここは学生の入れる基地ではないからな」
嫌がらせ配属の原因はこいつか。
基地の外は雪深かった。
雪に埋もれていると、雪の上を歩く魔術を教えてくれる。常時展開して魔力を減らしたくなかったから、手持ちの魔石に魔方陣を刻み靴紐に挟みこむ。
クレーター状の足跡を残し、沈みこまなくなる。
爆音を発生させると雪崩が起きることもあるらしい。
爆炎の騎士、この場に不適正すぎだ。部下を含め、全員から魔術禁止をくどくど説得されている。
僕を含め、基地からお供に選ばれた人たちは魔物を見つけ、接近を知らせるまでがお仕事。倒すのは爆炎の騎士の部下の仕事と、完全分業になっていた。
雪に覆われた森に入り、数体の魔物を討伐する。さらに進むと、洞窟があった。そこから魔物が出てくる。
知らない種の魔物。毛の生えた虫ぽい。群体で巣穴に生息しているようだ。
外に出たのを退治しつつ、まずは燻してみるらしい。煙が発生する固形燃料に火をつけ、風の魔術で煙を送り込む。
大量に出てきて、僕は木の上に逃げた。
雪で枝がわかりにくかったが地上にいたくない。接近戦向いてないし、乱戦も嫌いだ。
「てめぇ、一人逃げんな」
「僕、学生。魔術を学問として学ぶ魔術学院生。そんな大群の相手はムリ」
「士官学校じゃねーの?」
話せるくらいにはみんな余裕があるようだ。
一体、一体が弱くても数が多かったので掃討が終われば、肩で息をしている人が多い。
「巣穴の中、確認に行くぞ」
「えっ⁉︎」
「お待ち下さい。まずは休憩しましょう」
「お食事を準備しますので、お待ち下さい」
一人元気なワイゼンを部下たちが抑える。
「ルキノくん、君、元気だろ? つき合え」
「嫌ですよ。巣穴の中まださっきの倍はいます。もっと煙の出るものを用意して、何回か燻してからにしたら」
気づけば、なぜか視線を集めていた。僕は視線に怯み、口を閉ざす。
「今の倍? ガキがてきとうなこというな」
「すみません。そのガキに賛成です」
「オレもです。倍かどうかまではわかりませんが、同数以上はいるかと」
基地から一緒に来た人たちが次々に僕に同意してくれた。
「そのガキをかばうきかっ」
「我々がこの基地に配属されている理由を考えていただきたい」
男は口を閉ざすと帽子を取った。頭に毛の生えた耳がある。
「獣人」
誰かの小さなつぶやきが、大きく響いた。
「この地を守るものたちの言葉を信じよう。我々はここで休憩をする。燻すための準備をしてくれるか?」
「はっ、了解です」
騎士たちを置いて、この場を離れるらしい。僕はそれについて行こうとしてワイゼンにとめられる。
「お前はうろちょろするな。騎士嫌いなのはわかっているが、大人しくしていろ」
「落ち着きのない大人にいわれたくないです」
ワイゼンは楽しそうに笑う。
「君の見解を教えてくれ」
「ガキのいうことですよ」
「そうだな。だが、君は最初にあったとき、誰よりも状況が見えていた。その信頼があるから、強さで劣る君の指示に、君のお友だちは従う。違うか?」
「サムは考えるのが面倒で、アルはつきあいがいいだけですよ」
「オレもつきあいをよくしよう。だから、教えてくれ。君はこの巣穴をどうみている?」
「怒るのはなしですよ?」
僕は洞窟を見る。入口は何が掘ったのではなく、天然ものだろう。それから、魔物の死骸を見る。
毛に覆われた虫。類似性はあるが、毛がなければ違う虫に見え、別種にしか思えない。
「この巣穴は深い。魔物の数も多い。狭い場所で魔力を使うのはあなたには向かない。穴から出てきてくれないなら、手を出すべきじゃない」
この場所の攻略にやってきた人が適していなかった。
ワイゼンは僕を見て、困ったように笑う。
「怒らないの?」
僕はあなたを否定した。その根拠は僕の感覚だけ。信じるに値する証拠もなく、反論はいくらでもできるだろう。
「怒らない約束だからな。ルキノくんは、穴の奥に何がいると考えている?」
「魔物を統べる者」
人はそれを魔人と呼ぶ。




