魔術学院 初日
魔術学院と技術学校の入学式は同じ日だ。
開始時間が違うが、両方参加できる時間ではない。各式の高いとされている魔術学院を優先し、入学式に参加することにした。
入学式に一緒に行こう。
そんな幼なじみからの誘いは断る。ドラゴンスレイヤーと一緒なんて悪目立ちは嫌だ。
同じように誘ってきたルームメイトとも一緒に行きたくない。誰かと一緒だと、断ったサムイルにからまれる。
あと、なんとなくでしかないがアルシェイドと一緒にいるのも悪目立ちしそうで嫌だ。
一人でサクッと式場に向かい、クラスを教えてもらう。
Bクラス。
成績及び家名で決まるクラスとしては、上から二番目はいいはず。何より幼なじみと違うクラスというのがいい。
天才はAクラスで天才の友達を作ればいいんだ。そしたら、あいつのムチャにつき合わなくてよくなる。
なんて素晴らしいクラス編成。
そんな感動をして、式には出たんです。
短い夢だった。
入学式終了後、クラス単位で先生について行く。
担任の先生はつり目で、性格きつそうな若い女性。視線をすべて胸にくぎづけにするプロポーションをしている。
簡単な自己紹介の後、授業について説明があった。
「Bクラスの合同授業の相手はAクラスです」
一部の教科だけらしいが、実技も含まれている。
実技こそあいつを隔離するべきだ。
せめて、今からCクラスになる方法はないだろうか。
「嬉しくなさそうだね」
隣の席のヤツがこそこそ話しかけてくる。
ちょっとばかり目つきが鋭く、理知さが表に出て冷たそうな少年。口調は厳しくもないが、優しくもない。
「実技でAクラス一緒だと、巻き添えでケガしそう」
「Aクラスと一緒で考えるのが、ケガの心配?」
「当然だろ。他に何がある?」
そいつは口を押さえ、笑いをこらえようとする。だが、肩が大きく揺れ失敗していた。
「ごめん、ごめん。自分が予想していたのと違って我慢できなかった」
笑みを浮かべると、冷たさが緩和されていた。
「レイム・フラレット。13歳だ」
「僕は」
「名前も年も知っている。このクラスの半数はルキノのこと調べたはずだから」
クラスメイトは二十人。
その半数に調べられるのはきみが悪い。
「田舎から出てきた秀才で、貴族に取り入るのが上手い野心家予想だったんだけどな」
「田舎から出て来たのは事実だが、野心家ってなんだ?」
「だって君、貴族寮にいるだろ」
「金ないから一番安い部屋にしてくれって頼んでたら、部屋あまってるから住んでいいってヤツがいただけ」
「Bクラスなら奨学生になれるよ?」
「奨学生は卒業後軍属だろ。戦場には行きたくない」
「貴族なら軟弱と批難される発言だね」
「一般庶民なんで、正当な評価と受け取ります」
今は魔人の活動が活発な時代だ。
いつどこで遭遇し、蹂躙されるかわからない。日常生活を送っていても遭遇する可能性があるのに、わざわざ魔人と戦う職種になんてつきたくなかった。
「庶民は徴兵があるよね?」
「一部技術職種は免除対象です。職人枠での招集なら後方だ」
「魔術学院に入学して英雄を目指さないのか?」
英雄、ね。
「凡人がそんなもん目指したらムダ死にするだけだ」
「夢がないよ」
僕は息を吐きだす。
「それで、知りたいことは終わりか?」
「今はね。ほかの連中はどうかわからないけど」
途中から、先生の話よりこっちの話を意識している人がいるのはわかった。すぐに危険のある感覚ではないが、不気味さがまとわりつく。
「どういう態度でいればいいんだ?」
「人物査定が終わるまであきらめてもらうしかないかな? 安全だと確認できたら落ち着くよ」
「……危険認定されたらどうなる」
「そんなことで迷わなくてよくなるよ」
黒い笑みを向けられた。
似あっているのが嫌すぎる。
「認定する前に注意くれ。人生かけられるほどの主義主張はないから」
「そんな怯えなくても敵でないなら廃除しないよ」
こいつ笑顔が怖すぎる。
自己紹介の笑顔で、いい人かもとほだされたのが悔やまれた。
「そうだね。お金につられて情報売ったり、ささいなことだからって使いパシリにならないように注意するといいよ」
「僕、Cクラスになりたくなったんだが、方法はないか?」
なんかもう、学院での評価なんてどうでもいいから安全なクラスにかわりたい。
「まだ初日だ。そう冷たいこというなよ。いい子にしてたらお菓子買ってあげるから」
「へっ?」
「昨日、しばらくお菓子を見つめて買うのはあきらめたそうだからね」
知らないところで悪目立ちしてたのか。
尾行の気配なんて感じなかっただけにショックは大きい。
僕は頭に手が伸びてきて、わしゃわしゃなぜる。
くぅ……犬扱いか。
手を払いのけても勝てる気がししない。
「わん」
これで満足か?
隣をうかがい見れば、良い笑顔だった。
怖いけど。
犬にされたところで、ホームルームは終了する。今日はこれで終わりで、解散になった。
「ルキノ・マイハースは残るように」
担任、エーミル先生のご指名を受ける。
教室に残っていた生徒を追いだし、残念なものを見る目が向けられる。
「予想はしていたけど、さっそくからまれていたわね」
「予想できていたなら止めて下さい」
「あれは止めたら悪化するのよ。あの子らは、純粋にルキノくんに興味があるわけではないの。必要があるからちょっかいをかけたのよ」
先生の説明によると、Bクラスには毎年二種類の生徒がいる。一つは、Aクラスに主がいて、側近、従者、護衛などの立場についているそうだ。
もう一つは、Aクラスにはなれなかったお勉強のできる秀才くんたち。入学前から家庭教師に習ったり、私塾に通ったりしているそうだ。
今日、僕の隣の席にいたのは前者。寮編成のときにはクラス編成は決まっているそうで、コネさえあれば事前にクラスメイトは知れる。
なので、主と接触率の高いAクラスとBクラスは細く調べてくるらしい。が、僕の情報はあんまりなかったそうで、何者だと警戒されているとのこと。
「僕、敵にはなりません。Aクラスの人に取りいりませんって態度でいたらいいの?」
「そうね。でも、Aクラスにお友だちいるでしょう? 同じ村の出身の子にルームメイトの子。合同授業でクラス混合の班を作ることもあるから、まったくかかわらないなんてことはできないわ」
Bクラス最悪かも。
「なぜ僕はCクラスではないのでしょうか?」
「入試がよかったからよ」
先生はクラス編成の仕方について説明してくれる。CクラスはAクラスより地位の低い貴族の子が多い。DクラスはCクラスに対応したBクラスと似たようなところ。Eクラスからは純粋に成績順。
AとCは生まれ優先の編成。高位貴族は魔力量が多いので、庶民では天才レベルの魔力もちがAクラスに混ぜられる。それからBとDに主に合わせた編成がされるそうだ。
で、人数あわせに一般庶民が成績順にあてはめられるってことらしい。
「Eクラスにかわりたい」
「それは無理ね。Eクラス以下は魔術のお勉強をまったくしたことのない子たちだから、魔術文字の読めるルキノくんは上位クラスよ。ぎりぎりまでAクラスにするかBクラスにするか決まらなくて大変だったわ」
ん?
「そうそう、聞かなきゃいけないことがあったのよ。ねえ、どうして技術学校に通うの?」
「技術学校と魔術学校、両方卒業するのはめずらしくないと聞いたんですが?」
質問の意図がわからない。
「両方卒業している人は少ないわ。でもね、それは技術学校をトップクラスで卒業して来た人が魔術学院に入学してくるからよ」
だまされた。
師匠に完全にだまされた。
「同時だと授業料に割引がかかるって聞いたし、併用入学制度は昔からあるって」
「制度があるのと利用者がいるのは別よ」
先生からの憐れみに満ちた視線がツライ。
「村を出るときにした父との約束が技術学校を卒業することで、魔術を教えてくれた人が魔術学院勧めてくれた結果が現状なんですが、悪目立ちしてますか?」
「お父さまとの約束を守るのは偉いわ」
視線をそらしてほめられる。
「邪魔するぞ」
声掛けと同時に男の先生が入ってきた。
30前後のAクラスの担任。こちらの先生も向けてくる視線が同情的だ。
「エーミル先生の話が終わっているなら、ルキノくんを借りていきたいんだが」
「ええ、いいですが、さっそく何かありました?」
エーミル先生、ちょいちょい発言がひどい気がする。
「コーデム先生が会いたいそうで、向かえに来ただけですよ。Aクラスの子は権力がある分、無自覚に傲慢なだけで素直ですから、合同授業になるまで意識することはないでしょう」
「そうですね。Bクラスは素直な子少なそうですわ」
「例年、腹黒、くせ者ぞろいですから」
先生二人がかわいた笑い声をあげ、ため息をつく。
「先生、胃薬作ったら買ってくれる?」
「効果あるなら買うが、作れるのか?」
先に反応したのはAクラス担任のラムセイル先生。
「作れますよ。薬調合して、回復薬とか傷薬作ったら生活費稼げるって」
先生たちの顔が怖くなり、僕は口を閉じる。
何かまずったぽい。
「回復薬と傷薬て胃薬を頼む。金は現物を見てからな」
「ルキノくん、もしかして、美容液作れたりしない?」
エーミル先生、目が怖いです。
「できますが、顔用? 手、身体?」
「全部。唇用はないの?」
「作れますけど、長期保存できるのは作り方知らないですし、一人分だけ作ると費用が」
「では、まず手用の美容液を作って来なさい。これはたくさんよ。先生がお友だちに広めてあげるから、人数を確保できたところで他の物も作るようにしましょう」
迷宮都市にいた頃も、美容品にくいつきのよかった女性いたな。素手、ダンジョンの魔物つぶしておいて、手荒れが気になるって言っていた。
師匠からは女性の美容関係は絶対突っ込みしてはいけないと教えを受けている。僕は神妙にうなずいた。
「さすが、コーデム先生が興味持つだけあるわ」
喜んでくれて嬉しいです。
学校生活が怖い人ばかりなんて嫌だ。
話が終わると、ラムセイル先生に連れられて移動する。
「貴族関係で何かあれば相談に来いよ」
「対処してくれるんですか?」
「できる範囲はな」
範囲外は放置ってことですか。
「学問に氏素性は関係ない。だが、社会制度には身分の区別がある。貴族の持つ金と人脈は怖いと覚えておけ」
今日は脅されてばかりだ。
学舎から教職員棟へ移動する。
僕を呼んだコーデム先生は個室や研究室を持つ偉い先生らしい。ラムセイル先生がドアをノックし、返信を待って中へ入る。
「君がフォートくんの弟子か」
白髪のじいちゃん先生にじろじろ見られた。
「迷宮都市のいたにしては細っこいね」
こっちへ来てと、謎の魔術具に魔力を通せとか、この魔方陣どう思うとか、魔方陣かけとか、やたら作業をさせられる。
「コーデム先生。ルキノくんは午後から技校ですんで、そろそろ」
「ああ、うん。そうだね」
適当な返事をしながら魔方陣をかかされた。
「ところで一年生が使う教科書はどれだったかね? ルキノくんは教科書代が負担になるって聞いたから、いらない子たちから集めておいたんだよ」
床に積み上げられている教科書を目にとめ、苦笑しながらラムセイル先生が分別していく。
「必須教科はこんなもんだな」
十数冊の本を渡される。
分厚い本はないが、軽くもない。両手でしっかりと持つ。
「ルキノくん、選択教科決めてる」
「フォートくんからは全部やらせて欲しいと頼まれているよ。受講して、できないよいなら減らせばいい」
渡された教科書が三十冊超えた。
ずっしりと重い。こんなことになるなら大きい鞄を持って来たのに、抱えて帰るしかない。
「ありがとうございました」
ただですむお礼の言葉を残して、僕は部屋を後にした。