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隔絶された町

雲に届く高い山々に囲まれた盆地。山が雪に覆われていても、その盆地に雪はなかった。

そこは竜の恩恵により、自給自足ができている都市国家。人はその存在を知らない。導かれた者だけが訪れることのできる地だ。


屋根は黒く、壁は白い町へ、僕らは飛竜で降りたつ。

暖かい。そんな感想を真っ先に持つ。

上空は寒くて、風が暴力的だった。マントや服で断熱してたのだか、むき出しの顔が寒い。


竜に籠を持たせるなら保温されているのだか、今回の移動は人間より飛竜の方が多かった。そのせいで、竜の背に乗って移動になる。騎乗なんてかっこいいものじゃない。僕はしがみついていた。


ちょっと飛竜になれたと思ったとたん、飛竜に急上昇、急降下、急旋回と次々に指示をだしたレヴィエスは鬼だ。サムイルは喜んでいたけど、ヤツは人類の基準からずれている。

落ちたら死ぬんだぞ。

なのに、ぐるんぐるん回転しながら飛ばれて、サムイルは楽しそうに笑っていた。


飛竜から降りると、僕は周囲に意識を向けた。その場にうずくまる。両手で頭を抱え、耳鳴りと頭痛に苦しむ。


「そうだったな」


耳鳴りと頭痛がなくなったかわりに、全身が震えて起き上がれない。

レヴィエスが抑えていたものをほんの少し解放しただけ。それで何かするわけではないのはわかっているが、動けなかった。


少しづつレヴィエスが力を抑えてくれる。震えはまだとまらないが、なんとか立ち上がれた。


「ここで過すための感覚調整をしろ」


現状は恐怖か苦痛の二択。嫌なら適応するしかない。




宿に引きこもっている間に新年を迎え、僕らは13歳になった。

耳鳴りに悩まされたのは初日だけ、あとは日をおうごとに頭痛が治まっていく。ただ、夜は寝れないので、サムイルに気絶させられて就寝している。


「坊ちゃん、起きたか? メシだぞ」


かっぷくのいい宿屋の親父がニカッと笑う。人はよさそうだし、敵じゃない。それはわかっているが、身体がびくっとなる。


「難儀な体質だな。そんなに混ざり者が怖いか?」

「混ざり者がどうというより、今までの感覚で分類できないのが怖い」


この町、純粋な人間という種がいない。人間と何かのハーフか、そういった者の子孫。それがこの町を構成している人たちだ。

人の世界では迫害され、閉鎖的な種族には受け入れられない。そんな者たちの居場所はここだけで、だからこそ彼らどこともつながらない。閉鎖された地にいる。


混ざり者は混沌としている。魔力を系統分類できないと、感覚として納得できれば落ちつくはず。


「竜貸し屋のだんなは、未知が既知になれば怯えなくなるといってたが、そろそろ引きこもりをやめないとショック療法というのをやるそうだ」


僕は血の気がひくのを自覚した。


「食事は食堂でいただきます」


ショック療法がどんなものか知らないが、不安だ。絶対に回避しなくてはならない。

宿屋の親子について二階の部屋から、下りていく。


スープとパンを食べているとレヴィエスが来た。分類できるだけで、レヴィエスの魔力に安心する。完全にこの町に毒されていた。


「やっと部屋から出たか。食事が終わったらサムイルを捕まえてこい。見つけるのは得意だろ?」


容赦なく時間制限までつけられる。達成できなければ空の旅に連れて行ってくれるそうだ。

上空に連れて行かれたら逃げ場がない。


僕は朝と昼の間の食事をすませ、宿を出る。サムイルを探すために感覚を外向きに広げれば、悪寒と気分の悪さにさいなまれた。


白い壁に木の窓やドア。

静かで落ちついた色合いの町並み。室内で出す音が外まで聞こえていた。


ゆったりとした時間の流れる穏やかな町なのに、僕は一人怯えている。

敵じゃない。敵じゃない、敵じゃない。

何度も自らをいいきかせても、不安は消えてくれなかった。


サムイルの気配は大通りにある。周囲にはたくさんの気配があり、楽しくやっているようだ。

僕は最短かつ極力何にも出会わないルート設定をする。あとはそのルートを駆けぬけるだけ。とっても簡単なはずなのに、大通りを前に身が竦んだ。


大通りに出て、二軒先にサムイルはいる。

すぐそこだ。敵はいない。僕は細い路地で立ちつくす。


背後から殺気に硬直がとける。飛来したものを避け、大通りに出た。振り向けばレヴィエスが笑っている。

自発性より、強制的に動かすほうを選んだようだ。


僕はサムイルのとこへ向かう。


「やっと怖がりな兄ちゃんも来たか」

「お祝いにだんごをやる。このだんごはな、むかしむかしこの地を訪れた勇者さまが教えてくださったありがたいものだ」


甘辛いソースのついた串を口に突っこまれた。

おいしいけど、強引すぎ。サムイルの隣に座らされて、なんかいろいろくれる。


よそ者がめずらしいようで歓迎してくれているようだ。

ぐしゃぐしゃな頭なぜられたり、バシバシ背中たたかれたり、おもちゃにされている間にビクッと怯えることが減っていく。


そう、彼らは敵じゃない。

彼らただ混沌とした魔力を持つだけ。

納得出来たら、肩の力が抜けた。




どうもこの町、砂糖の製法が違うようだ。塩は近くの山からとれる岩塩で、場所がらどこにも流通していないだろう。

それから、ここは豆を使った料理が多い。

パンにもよく甘く煮込まれた豆が入っている。


作っている人が数人しかいない農作物はだいたい勇者伝来で、食品数は自給自足にしては多い。


「この町があるのは竜の加護のおかげさ」

「種さえあれば何でも育つし、年中の何かは収穫できる」


そう語るのはかつては外の町にいた人たち。迫害に怯えて暮らし、竜の導きでこの地へたどりついたそうだ。


「いつか坊主のようなのがこの町に来て怯えない時代がきたら、この町はいらなくなるんだが」


身近に彼らがいる世界を想像してみる。現実味がなかった。捕食者と被食者が仲良く暮らすおとぎ話が、実現するかと問われている気分になる。


「責めているわけじゃないんだ。オレの人と何も変わらない。ずっとそう思っていたし、人の世界には合わないとここへ連れてこられたが、何が違うのかわからない」


寂しそうに笑う。


「魔力が違うんですよ。僕は人の姿を認識するのが苦手で、おそらく人を魔力で認識していると言われたことがあります。だから、僕はあなた方が人に見えない。人だと主張されればされるだけ、だまされているようで、怖くなる」

「魔力? オレの姿は人間だろ?」


捕食者は被食者に擬態して狩りをする種がある。異質でありながら、人間だと主張されても獲物の目をごまかそうとしているように感じられた。


あなたの姿が人間で、あなたの行動が人間であればあるだけ、魔力の違いを意識する。


「子ども相手に熱くなるなよ」

「怯えているだろ」

「クソッ、何で怯えられるんだ」

「怒るな。怒れば子どもは怯えるもんだ」


僕はサムイルに手を引かれ、その場を離れる。


「サムにはあの人、どう見えたの?」

「どこにでもいるおっさん」

「あの人が生きている時間は百年じゃ足りないよ。それにまだまだ生きるだろうね」


あれが何なのかはわからない。でも、すごく長生きできる。人間の寿命を超えてなお、人間だと主張する姿は不気味でさえあった。


「ルキノにはあのおっさんがどう見えたんだ?」

「長命な者」

「なら、オレは?」

「幼なじみ」


一歩前を進んでいたサムイルが振りむき、足を止めた。ぶつからないように僕も足を止める。


「お前、オレのことは怯えないよな」

「サムが危険なのは魔力の制御ができなくなったときだけだ。危ないと思えば逃げるよ」

「逃げても、素材を狩ってほしくなったら戻ってくるんだろ?」


よくご存知ですね。

今更なんだ?


「文句あんの?」

「いや、文句があればオレが黙っているはずないだろ?」

「なら、問題ないな」


手を放してもらうと、僕はサムイルの案内で町を散策した。

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