ルームメイト
入学式二日前。
首都、学園区に向かった。
名のとおり魔術学院や技術学校、士官学校に女学校といくつもの学校が立ち並んでいる。そのため学園区には学生向けの商店や専門分野に特化した商店が多い。
学生や研究生の作品が置かれており、初見では用途不明なものもある。
見ていて楽しそうなところではあった。
僕には買い物を楽しむ余裕なんてないけど、寮に向かう道すがら食品の値段はきっちり把握している。
荷物を載せたランドバードを連れて魔術学院に行く。寮は技術学校でも魔術学院でもいいから安いところにしたい。
正直き、通学が面倒なくらいで許可がでるならどこの学校の寮でもよかった。自力で探すコネはなかったので、師匠に頼んだ。見つけてくれたのがまっとうに魔術学院の寮で驚いてすらいる。
魔術学院で寮の場所を教えてもらい、向かった先は五階建てで見栄えがいい寮だ。昨日入寮したサムイルの寮と系統が似ている。でも、あそこ、貴族子息令嬢および成績優秀者用だったはず。
安さを求めた僕にはりっぱすぎる。
門番にランドバードを預け、一応受付で部屋の確認をしてみる。名前を告げると普通に部屋番号を教えてくれた。
間違いではないらしい。
ランドバードから荷物を降ろし、ロビーに置かせてもらう。それから夕方師匠がランドバードをとりにくるまで厩舎に入れておく。
持ってきた荷物は鞄五つ。背負い、たすきがけして、両手に一つずつ持ってば一回で運べる。重いけど、魔術で身体強化すれば余裕だ。
三階に上がると、階段のすぐそばが教えてもらった部屋がある。同室者はすでに入寮しているそうで、もらった鍵を使う前にノックしてみる。
「誰かな?」
のん気そうな声がして、ドアが開けられる。
ドアの隙間から覗く身体。何か光った気がして僕は目をつぶる。
目を開けると、頭一つ大きな少年がいた。黒髪に黒い瞳の少年が人懐っこそうに笑う。
「すごい荷物だね。どうぞ」
ドアを開けたみまま招き入れられ、入り口すぐの部屋に案内される。
「ここ使用人部屋なんだ。オレは連れてきてないからあまってて、苦学生入れてやってっていわれたから、どんなの来るか楽しみにしていたんだ」
「それは、どうも」
話しながら僕は荷物をおろす。
「オレはアルシェイド・ラムレス。君は? 」
「ルキノ・マイハース」
「オレは14歳」
「12」
「年はオレが上か」
「先輩?」
「オレも今年入学」
にこにこ楽しそうな人だ。
「荷物置いたならちょっとこっち来てくれ」
ホントに置いただけで片付けはまったくできてない。
なんとなく、笑顔で強引そうだ。逆らうのはやめて後をついていく。
向かった先は台所だ。
「これ、使い方わかる?」
「それは台所のことか? 食材の調理か?」
「両方。あと、掃除も」
小声で告げ、困ったように笑う。
「なんていうか、ほら。オレももうすぐ成人だし、故郷なくなっちゃったから遠縁の家で世話になっててさ、そろそろ一人立ちでもしようかと、で、その、なんというか、あれだ。食堂あるし、一人で大丈夫だと思ったんだよ」
どうする?
技術学校の庶民四人部屋より安い寮費。そのためにルームメイトの面倒をみるか、使用人を雇えと出て行くか。
「とりあえず、お茶が飲めるようになりたい」
「食材はこのままだと捨てるしかないんだ」
捨てる⁉︎
「えーと、台所使えるようにしたら、食材もらっていいって話?」
「いいよ。台所は今のままだと使えないのか?」
「うん。水と火が使える状態になってない」
「えっ、じゃ、風呂とトイレも使えるようにできる?」
この坊ちゃんに一人暮らしは無理だろ。
「今日までどうやって生活していた?」
「トイレは一階に共用のがある。風呂は大浴場があるし、食事は食堂。洗濯は朝になったら洗濯婦がくる。掃除はやってくれ人が見あたらなかった」
これだから坊ちゃん貴族は……⁈
ヤバイ
えらい気さくだったけど、こいつたぶん貴族だよな。
富豪の可能性もあるが、やれなくて普通。
「僕に下男になれということでしょうか?」
「下男? 普通に友人になってくれたら嬉しい」
とりあえず不敬罪はないぽい。
「じゃ、まずはいろいろ使えるようにしよう。魔石持ってる?」
「部屋の鍵渡されたときにもらったのがある」
「それ、台所とか風呂使えるようにするためのだから」
所定の場所にはめこんでいけば魔方陣が起動して使えるようになる。
籠で受けとり、魔石をはめこんでいく。夜間照明も使えるようにしてなかったのではめこんでやった。
掃除はそういう生活魔術があるので、ぱっぱと終らせる。それから台所に置かれ放置されていた食材をあさる。
日持ちするものはいいとして、葉野菜系はそろそろダメぽい。いいとこだけ使ってスープ作ろう。
さすが坊ちゃん。調理料がいっぱいある。知らないスパイスは使って見たいが、そっちは生活が落ち着いてからにしよう。
「楽しそうだね」
「うん。食費かからないのがいいね」
小麦粉もあるし、無発酵パンならすぐ作れる。持ってきた食材とあわせたら一週間は食費使わなくてすむ。
先に料理の下ごしらえをして、荷物片付けは夜にしよう。
スープは多めに作っていた。
食べたいと言われれば、食材もとだし嫌はない。なので、夕飯を一緒に食べる。
食品保存していた魔術具。ぜひとも解析してみたい魔術具から肉がでてきたので、それなりのものができた。
急ごしらえにしては頑張ったので、僕は満足している。
「食費出すからこれからもオレの分も作って」
野菜スープ。サラダ。焼いた肉。フライパンで焼かれた薄いパンらしきもの。
坊ちゃんに出す食事じゃないな。
これでどうして気にいった?
「僕が作るときについでに作るならいいよ。授業がどんな感じかわからないから、毎日作れるとは限らないし」
「ああ、それでいい」
宿題とか課題があるらしく、いっぱいたまると寝る間さえなくなるそうだ。
食費出してくれるなら毎日でも作りたいが、授業が始まらないうちにできない約束はしたくない。
「なら、明日買い物に行こう」
安くて、おいしいパン屋が近くにあってほしい。
発酵パンを毎日朝から焼くのは避けたかった。食費出してくれるならミルクとかチーズとか乳製品もほしいし、調理酒になるワインもほしい。タマゴや魚もいい。
お金さえあれば夢いっぱいだ。
調理器具も何があるかちゃんと確認しておかないとダメだな。
経済格差は残酷だ。
アルシェイドは一月の食費目安を銀貨一枚にしていた。
「オレ一人分予定なんだが、足りる?」
僕の一月の食費目安は小銀貨一枚以下。
予定の段階で十分の一だ。できれば、年間食費を銀貨一枚に収めたい。
銀貨一枚で大銅貨百枚。銅貨なら二百枚。小銅貨なら千枚。卑銭銅貨ならなんと一万枚。
生活活動水準が銅貨の僕のこいつは敵だ。
「ルキノ、なんか視線冷たくないか?」
「気のせいだ。銀貨じゃ買い物しにくいから、大銅貨かせめて小銀貨に両替しておいてほしかっただけで」
露店で銀貨なんて出したら釣りがない可能性もある。ぼったくられるのは確実で、良心的なとこでも大量に売りつけられるだろう。
「なあ、寮費含めて、一月いくつで生活するつもりだ?」
「大銀貨一枚だが?」
それは、小銀貨五枚分だよね?
都市部の一般家庭が家族で二カ月生活できる。倹約家なら三カ月いけるな……