ご隠居と飛竜貸し屋
ダンジョンの穴ぐら生活から戻ると、夏期休暇が終わっていた。今から急いだところでどうにもならない。
慌ててもしょうがないなら、のんびりしよう。
なんか、ダンジョンでほかの人にぜんぜん会わなかったから、僕ら行方不明者扱いになっているらしい。探してくれた人もいたみたいだけど、迷子になっていてどこにいたか、よくらからないってことにしてある。
ダンジョンには不思議なことがいっぱいだし、多少疑われたところで、そんなこともあるで押しきればいい。そのうち誰がそれらしい見解を出すだろう。
師匠が手続きをしてくれているので、僕とサムイルは町に出た。こじんまりとしたのどかな町だが、珍しい物が多い。
海底ダンジョンで得られる素材で作った物がたくさんある。武器や防具だけでなく、小物や装飾品もあった。素材と加工方法を分析していたら、サムイルがヒマそうにしている。
「どこか入る?」
「メシがいい」
食事を出す店を探す。
食堂に入り、オススメで適当に食事を出してもらう。料理を褒めながら魚の調理方法を聞く。
地元の家庭料理らしく、すらすら答えてくれる。この島を出る前に話に出た調味料は買っておこう。
この島に子どもがくるのはめずらしいそうだ。
お仕事や親に連れてこられ子どもはいるが、下働きか大商人の子ども。のんきに子ども二人が町を散策しているのは目立っていたようだ。
「見たことないものばかりで、目移りするから、何を買おうか迷っちゃって」
やはりというか、町のおすすめを聞けば海底ダンジョン関連のものになる。海底ダンジョンで得た素材は自分で加工したいから、買うなら加工方法を知るために分解したいやつだけだな。
「貝殻の装飾品や小物がたくさん売っていましたが、あれも海底ダンジョンから取れるんですか?」
罠のように海水から飛び出てくる貝には遭遇したが、どれも僕が入れそうなくらいデカかった。手のひらより小さいのになんて遭遇してない。
「あれは砂浜で取れるのよ」
身は島民が食べて、殻を加工して売っているそうだ。
僕は期待を込めてサムイルを見る。サムイルは仕方なさそうにうなずく。
食堂でたら砂浜だね。僕は砂浜の位置や貝の種類を聞きだす。
残念ながら、食堂を出て町を散策しながら砂浜に向かっていると師匠に捕まった。帰りの目処がついたらしい。
往復飛竜か。
費用は聞かないでおこう。階層主倒しているし、収益は出ているはず。
たまたま来ていた大商人のご隠居さんに便乗させてもらうそうだ。今から船に乗るより、明日まで待って飛竜で王都へ向かった方が早い。
「じゃ、浜で貝掘りしてきていいですよね?」
さっそく向かおうとしたら、ゲンコツをもらった。
ヒドイ。
海、楽しみにしてたのに、近よることさえできない。
海底ダンジョンは海洋生物ぽいの多かったけど、似ているだけで別物だ。まっとうな海洋生物の素材もほしい。
お世話になるんだし、あいさつに行けというのもわかりますよ。ただ、こうどうしても未練が、ね。
大きなため息を一つついて、気持ちを切り替える。
飛竜の運ぶ籠の中、老齢のご隠居さんはにこにこしていた。
人は良さそうに見えるけど、そこの見えない人。武力としての力はないが、怒らせてはいけない感じがする。
にこにこ笑顔以外は知らないままいるのが最善だろう。
「魔術学院の学生さんなら、もうすぐ学院際ですね」
「モントンさんは学院際がどんなものかご存じですか?」
家名及び店名不明のじい様が何かを思い出すように、あごをなぜる。隠していることの追求なんてしませんよ。笑みとシワの奥に隠れた目が何か怖いし、お願い、早く王都に着いてくれ。
帰りの手配をしたら師匠たちはまだ神殿にいる。中階層主を退治したせいで、ダンジョンの構造に対する追求が厳しいようだ。
ある程度以上の魔石の隠匿は犯罪だから、ダンジョンから出たら提出しなくてはいけない。報酬はあるけど、階層主討伐の騒ぎは上層階だけで充分だ。
我々はアレを階層主と認めない。ちょっと魔石が大きかっただけでおしとおす。
迷子だから、夏期休暇が終わってもダンジョンから出られなかった。なんか強い敵いたけど、必死だったから主かどうかわからない。もしかしたら、感覚が狂う状態異常だったかも、っていうのが師匠たち。
僕は意識がもうろうとしていて、記憶にない。サムイルは僕を連れて師匠の後を追うのでせいいっぱいで、何もわかりません。で、おしとおす。
学院際はともかく、月末の演習に参加しないと僕らは二年生に進級できなくなる。足止めするならその責任取れってことで、解放された。
尋問されるよりはいいけど、モントンさんと一緒は辛い。
この状況で寝られるサムイルの図太さがうらやましいよ。
「学生の研究発表に、模擬試合まであるんですか」
「たしか、模擬試合で結果を出すと国際交流会に連れて行ってもらえましたね」
「そうなんですか」
「海底ダンジョンに潜るくらいですから、楽しみですね」
「僕、ダンジョンはオマケなんで、サムが選手に選ばれていたらいいとこまでいくかな」
今ごろその参加者を決めているだろう。サムイルの参加できなくてがっかりするかな。
士官学校卒業者たちは不参加だよな?
学生枠に入れたらダメだろうし、保護対象から離れはしないだろう。
ケガしてもらったら困る坊ちゃん嬢ちゃんも不参加だとしたら、参加人数足りるのだろうか。
昼過ぎ、首都リシアンに到着した。
昼食に誘われたが、全力で断る。
「子どもが遠慮することはありません」
微笑みにからめとられ、僕は逃走に失敗した。
飛竜の離発着所で、商業ギルドと職能ギルドの人に呼びとめられる。どっちもモントンさんが追いはらってくれた。
商人を取りまとめている商人ギルドと人が引く、モントンさんの素性が怖すぎる。
サムイル、お前なんで食べたいもの聞かれて肉なんて即答できるんだ。肉料理のでる店なんて入ったら長いよ、たぶん。
学院行かなきゃって、その辺のですぐ食べれそうな物買ってもらえば逃げれたかもしれないのに。
ドレスコードのある店に裏口から個室に入れてもらう。
僕もサムイルも、なるべくきれいな服を着ているけど、入口で拒否されるくらいにはラフな格好だ。ダンジョンにドレスコードなんてないし、荷物になるから持ってきていない。
個室にいるのは僕らとモントンさんの三人。なのになぜか準備された食器は四人分ある。
誰がくるのか悩んでいたら、悪寒がした。
これはダメだ。
身体が震えるのを止められない。
「ルキノ?」
サムイルに呼ばれても返事をする余裕がない。
ここ、三階だったよな。窓から飛び出れば逃げられるか。
席を立とうとしたところで重圧を感じる。振り向けば、恐怖の元がいた。
細い目がつり上がった男。あれは人じゃない何かだ。
男の唇だけが笑みの形をとる。
僕は威圧に耐えきれなかった。
意識が飛ぶ。だか、すぐに意識を引き戻される。右肩に触れる何かによって、意識の逃避さえ許されなかった。
「少年、大丈夫かい?」『人間として扱え』
声が二重に聞こえてくる。
「疲れているようだが?」『わかるな?』
僕は小さくうなずく。一応、威圧は抑えてくれたみたいだし、座っているくらいはできる。
「すみません。もう大丈夫です」
モントンさんは男を飛竜貸し屋の主人だと紹介してくれた。サムイルが飛竜に興味を持っていたからよんでくれたらしい。
もう会話はサムイルに任せよう。僕、食事するどころじゃないんだけど、チラッと見られると食べないわけにもいかない。精神力の限界を試されるような食事だった。
昼食の席でレヴィエスなんて名のる男にサムイルは懐いた。飛竜を見せてもらいに行くそうで、男と一緒に歩いて行く。
一緒にと誘われたが、僕にはそんな元気はない。人の中にとけこんでいるくらいだし、サムイルが危険な目にあうこともないだろう。
魔術学院に戻る僕をモントンさんは送るといって、ひかない。あきらめて、モントンさんの手配した馬車に一緒は乗る。
進行方向を背に、モントンさんと向かいあわせに座った。何もかも面倒みてもらっても、話し相手になる元気は残っていない。
「レヴィエスは悪い男ではない。わしが子どもの頃から姿の変わらない男ではあるがの」
「僕も悪い方だとは思っていません」
僕はただ人を超えた存在に見られただけ。食事中は影響が出ないようにかなり配慮してくれていたぽい。
それでも僕には重圧だったんだけど、レヴィエスからすると僕が弱すぎた。




