閑話 教え子
今年の新入生は頭の痛い生徒が多い。
私、エドワード・ラムセイルは庶民だ。なんら権力も有していない一教師でしかない。
そんな私に第三王子の担任は荷が重すぎる。偽名使うなら、偽名にそくした対応にしろ。士官学校卒業の騎士六人も送りこんでくるなら、もう王族名でよかっただろ?
名簿だけ偽装するからより面倒なことになっている。
だいたい魔術学院の生徒は十歳から十五歳の間で入学してくる。これは奨学生になるための基準で、授業料が払えるなら、年齢で入学を拒否されることはない。
だが、二十歳の新入生はやめて欲しかった。童顔だから選ばれたらしいけどさ、君ら顔が幼くても身体つきよすぎるから。いるだけで、怯えられてるんだよ。
士官学校を卒業している彼らに今更一般教養も基礎魔術知識もいらない。授業でヒマしているであろう彼らに私は、子どもとのつき合い方、という本を送った。
本には異母兄の手紙を挟んである。家名を見ればさぞ熟読してくれるだろう。
庶子の私に貴族位はないが、父は大貴族だ。ほとんど関わりのない生活をしているが、異母兄にはかわいがってもらっている。
そういう後ろ盾があるからこそ貴族クラスばかり担任にさせられるわけだが、私が勝手に家名を使うことは許されていない。使うと人生が終了するので、自殺目的以外には使用することはないだろう。
騎士たちよ。君らが無表情に仕事している顔は怖い。立ったまま見下ろして話すと威圧されているように感じる。
この二点を理解してもらった頃、クラス調整が行われた。
Aクラスに送りこまれたのは、ルキノ・マイハース、一人。
この生徒、入学前からAクラスにする案があった。だか、貴族を押しのけてまで入れるには、入試担当者の意見がまとまらない。エミール先生が気にいっていることもあり、Bクラスで落ち着いた。
騎士が六人もいなければ、もめることなくAクラスだったはず。
入学前の知識で応用過程終了者なみ。一体誰に教わったものか騒ぎになっていたら、コーデム先生の教え子に師事していたことが判明した。
この先生も本当はムチャぶりしてくれる。
奨学生拒否。授業料は払えるが金はない。なるべく安い寮を探せ。教科書を確保しろ。
やかましかったし、意味もわからない。
十二歳の子どもが魔術学院の学費を稼いでいるのがそもそもおかしいだろ。奨学金なし、親の援助なし、それで入学金を払い、授業料年払いで前納だ。
そんなのが今年は二人もいたわけだが、それだけ稼げるのに今更何しに学院にくるんだ。
心配してたら案の定、魔術の授業はヒマしている。どうやら彼らは一般教養を身につけに来たらしい。
もう魔術学院でなくてもいいだろ。君らなら士官学校の庶民枠でも入学できる。ドラゴンスレイヤーは士官学校をでなくても叙勲されたな。ルキノは軍属が嫌か。
教養学校へ行け。
しかし、ルキノの作る胃薬は効く。
調合は応用過程で専攻した生徒が学ぶものだ。新入生が持っていていい技術ではない。サムイルのほうは騎士相手に実技で圧勝か。騎士六人を相手にして勝ったというのは尾ひれのついたウワサであってほしい。
私の心の平安のために……
魔術学院の授業には危険なものもある。
学院内の授業に限定すれば、月末に行われたる演習がもっとも危険だ。このチームわけに月の後半はいつも悩まされる。
まず最初に考えるのはいかに死者をださないかだ。
チーム戦力平等は建前。実現には不可能。
演習成績上位陣は平気で局地的災害を起こす魔術を使う。手加減しているはずだが、そばにいるチームメイトがもっとも危険な状態にする子もいる。
初回演習、彼らと騎士たちを組ませる案も出た。だか、彼らは魔術学院をなめており、チームメイトでも平気でだます罠師たちと組ます。
罠師たちは騎士を盾に生き残ったが、騎士は開始早々全滅だった。どうせ、来月から王子守るための情報収集くらいの軽い気持ちで参加しただろ? 子どもたちのお遊びくらいにバカにしてただろ?
Eクラス以外で卒業する奨学生は軍属になる。配属先は危険なとこばかりだ。後方で安全に任期を終えることは女子生徒でもない。
演習はそんな子どもをどんな状況でも生き残れるように育てるためにある。対魔物の魔術学院に対人の士官学校なんていう人もいるが、軍属になればどちらかだけですむものではない。
魔術学院は対魔物を学外実習で学ばせ、演習で対人戦を学ばす。演習で生き残れるようになれば、混戦に強くなる。
戦時における最前線での魔術学院卒業の生存率は高い。優秀な者は即ゲリラ戦やテロ活動がおこなう対外工作員になる者もいる。
「あら、優秀な士官学校の卒業生と聞いていましたから、在校生と同じ扱いにしたのですけど、新入生として扱うべきでしたね」
にっこりと騎士たちに告げるのは元軍属のエミール先生。何かと思うことがあるようで騎士たちを楽しそうにいじめている。
彼ら、士官学校を卒業したところで扱いは成人だ。けして子どもをいじめているわけではない。
演習は奥が深いぞ。
そして、魔術学院から士官学校に向ける目は優しくない。生徒の半数以上が庶民の魔術学院を、貴族が八割以上を占める士官学校は長年見下してきた。
君らは生け贄にされるだろう。王族のことがあるから王子のそばにいられるように配慮はするが、あとは知らん。
ゲリラから王子を守る訓練だとでも思えば有益だろう。
そして、あれだけ参加を嫌がっていたのに一位を持っていったルキノ。
何があった?
閉会式は不参加で翌日から授業を休む。演習で退場にならなかっただけで、負傷しているのだろうか。
「ルキノはちょっと壊れてるかな?」
悩みながら、ルキノの同室者は告げた。いつも泰然としているアルシェイドが視線を合わせようとしない。
「ルキノは持病が出ただけです。対処法はわかってますから心配いりません」
はきはきと告げたのはルキノの幼なじみ。サムイルはこいつに任せておけば大丈夫だと思わせてくれる何かがある。
実際、登校して来たルキノは元気そうだった。
なんでこの四人で実習班を組むんだ?
いや、成績的にも、国内王侯貴族と騎士をのぞけばAクラスには君らしかいないのはわかっている。だか、どうにも不安を覚えた。
レオナ・ミルフィーユ。この子になにかあれば国際問題になる。騎士たちの第一護衛対象は第三王子だか、急場においては第二護衛対象になる子だ。
宗教の影響が強い聖国の神殿の子ども。
自国で神殿の子どもといえば親のいない子のことだか、国が変われば意味が変わるのだろう。
無事帰って来たときには安堵した。
異母兄との仲はいいが、毎月会えるほど気安いなかでもない。突然やって来るだけで驚くのに、命令までするのはやめてもらえないだろうか。
先々月、第三王子入学するから。あと、護衛の騎士も。回避させてほしかった。
先月、第三王子の様子教えろ。騎士への手紙は助かりました。
今月、青色岩トカゲの皮を採取した班の情報出せ。何事だ?
お互い大人なってから、三ヶ月連続で会うことなんてなかった。異母兄は嫌いではないが、心労を増やすために会いたくはない。
宰相補佐の異母兄が動く理由が何かあった。
エミール先生に実習レポート借りて読んだが、不審な点はない。だか、本人に問えば箝口令が出たといいやがる。
箝口令は、出てることじたい話したらいけないことだ。
そのあたりのお勉強は足りていないな。普通、そんなもの子ども相手にでないが、命令伝えたやつはちゃんと説明しておけ。
最近、胃だけでなく、頭髪も心配になってきた。
ルキノがそっと育毛剤を持ってくる。
君、利益確保のために先生の心労増やしてないよな?
今月はついに王子参加の演習がある。
魔術制御の上手い風王は実習の心労でやつれていた。代わりに王子に付けつ相手として選ばれたのは、近衛騎士団長の息子。王子に対する後輩指導の上級生として、去年の秋から士官学校からやってきている子だ。
一年生用のお試し演習でもあるし、騎士に花を持たせてやる方向でチームを組む。目ざとい子は手を出してはいけない子を見分けるが、Eクラス以下のなんの情報もない子に混戦で判別しろというのがムリだ。
士官学校に思うところはあるが、彼らも仕事だ。下級魔術をやっと覚えたばかりの子に遅れはとらないだろう。
成績上位陣による大魔術体験は、制御重視で一年生に当てない用に依頼されている。それを防いだ騎士は偉いよ。さすが士官学校を卒業しただけのことはある。
通常、学年別演習に他学年の先生は口をださない。だか、今回はコーデム先生にルキノにつける先輩を罠師にしてくれと要望を出されていた。
楽罠は罠師の中では危険度が低い。爆発物や危険な魔術は使わない子だ。ケガしないという意味では安全な子として選ばれたのだが、演習を支配している。
早々に退場して、笑い薬を午後から演習の先輩に売るな。お前は売るために退場になったんだな。くっ、笑い薬売ってから中和剤を高値で売るのか。
どうやらこの二人組ませてはいけなかったようだ。今後組ませることがないように指定しておく。
「ルキノくん、一つ教えてくれ。周囲の生徒は笑い苦しんでいるのに大丈夫な生徒が一人いるのはどうしてだ?」
騎士が笑い転げいるなか、王子は不思議そうに周囲を見ているだけで薬の影響が出ていなかった。
「今回は中和剤をこっそり無料提供しました。でも、ぼく貧しいから次回は無料提供できないな」
困った顔をして、これみよがしにため息をついて見せる。君ら今さっき売上金見て笑っていただろ。
無言で近衛騎士団長の息子がやって来て、ルキノに金を握らせる。彼は騎士たちより魔術学院にいた時間が長い分演習の危険性が理解できていた。
しかし、なぜルキノに?
「薬物の中和剤開発に費用がかかるなら相談にのる」
愉快犯の楽罠はばらまいて放置だ。今回、中和剤があるのはルキノがいたからか。
君は魔術具師より薬師になればいいんじゃないのか?
試験月間。
大量試験を受ける生徒も大変だが、その試験を用意する先生も大変なんだぞ。あんまり恨みがましい目できない見ないでくれ。
こっちは月末の演習のチームも決めなくてはいけないんだ。
一番危険な雷女帝は今回は堅守で決定だな。王子には元気になってきた風王。たぶん、演習では騎士より有能だ。毎回自主退場しているアルシェイドは危険人物の一人、水の女王でも大丈夫だろう。
斬剣は無名の先輩を適当につけておけばいいとして、ルキノをどうするかで意見が割れる。本人の撃破数は多くないが、運鼠は成績上位陣と組ますとまた一位を持っていくかもしれない。
一年生に連続して一位をやるほど演習は優しくない。だか、楽罠の弟子なんて呼ばれだしたルキノを罠師と一緒にしたくもなかった。
特筆する点のない上級生たちと一緒にしてみる。前半早々にチームメイトが全滅。単独行動になったルキノは罠師たちの中に混じった。
工房長屋のつながりか。
単独行動させたら、罠師と組ませているのとかわらない。次は生存時間の長い子と組ませよう。
あと半月もしたら夏期休暇になる。
実習に行く彼らは夏期休暇に入るのが遅れるが、学院にはいない。夏期休暇が開けて、月が変われば彼らは二年生だ。
彼らに悩まされるのもあと少し。
王子と騎士にはまだしばらく悩まされるが、頭痛の種は少なければ少ないほどいい。
このときの私は知らなかった。
ルキノが作品を出品していた競技会からのいくつも問い合わせで、夏期休暇がつぶれる。
連絡が取れないまま、夏期休暇が終わってもルキノとサムイルが寮に戻ってこない。
やっと解放されたと思えば、ルキノの担任が、技術学校との併用入学わからんから頼むと丸投げしてくる。
そして、異母兄からあの幼なじみコンビの動向を把握しておけと命令された。
そんな未来を私は知らない。




