商業ギルド
「あいつ、昨日から突然笑うんだが、大丈夫か?」
「ルキノは素材バカだから、すまん」
「オレはあいつのことだからてっきり換金すると思っていたよ」
「金より素材だから。つーか、あいつ素材売ったらケチケチ生活しなくていいんだよ。素材に執着するから金ないだけ」
「あー、サムイルは普通に生活できてるもんな。装備地味にいいだろ?」
「武器も防具も師匠かルキノが作ったヤツだから詳しくは知らねー」
魔術学院の授業サボった。
心配したルールメイトが幼なじみをよんできて、少々うるさい。そんな騒音よりも大事なのは銀色一角魚の成体だ。
身や内臓が欠除しているのは残念だが、触れたところ魔術伝導率はよさそう。海の生き物だし、魔術特性は水系だよな。
さて、この素材で何を作ろうか。
「なぁ、あれ大丈夫か? たぶん徹夜だ。夜中に笑い声がして怖かった」
「あー、まぁ、ごめん」
「たぶん、食事もしてない。台所使った様子ないし、あの状態で買い物にも行かないだろ?」
「……わかった。落す」
「はっ?」
「今のあいつに言語は通用しない。素材は師匠に預けて説教してもらう」
僕は銀色の美しい魚を見ながら意識を失った。
一週間ぶりに僕は魔術学院へ行った。
「サムくーん」
教室で、見かけ殴る。避けられたけど、僕は本気だ。
「お前が悪いんだろ」
「一発でいいから殴らせろ」
こいつが師匠に告げ口するから、銀色一角魚に長期休暇まで会えなくなった。フォート師とられそうで不安だし、先に解析されると楽しみが減る。
こっちはまだ骨で針くらいしか作ってないし、鱗の性能を確かめているところだ。防水、耐圧に優れたものができそうだと、夢を見ていたとこでのこの仕打ち。
恨まずにいられるはずがない。
あたらん。
身体能力の差が恨めしい。サムイルデカいんだよな。いっつも見下ろされているし、力も強い。
こう勝てるとこがないと嫌になってくる。
「暴れんな」
背後からアルシェイドにはがいじめにされた。
「突然笑うのは大目にみるとして、寝ない、食事しない、授業出ない。悪いのは誰かな?」
正論は嫌いだ。
反論できなくて、抵抗をやめる。大人しくすればアルシェイドは拘束をといた。
「今日は授業出る?」
「手続きに来ただけ、今日は技校に行く」
サムイルみたら頭に血が上ちゃったけど、あんまり時間もない。今日は技術学校で学外学習へ行く。これに参加するために、このところ技術学校の座学に出席していた。
師匠に説教ついでに技術学校での単位の取り方にダメ出しをくらったせいもある。興味のおもむくまま単位を取らないで、まずは革職人限定でいつでも卒業できる状態にしろ。できないなら預かっている素材は渡さない。そんな脅しをされていた。
朝のホームルールに来た先生に欠席届けと出席証明書を提出して、技術学校へ向かう。集合場所は正門入ってすぐの広場。注意事項が説明されている中、名簿を手にした先生に声をかける。
担任の先生もいたが、そっちには近寄らない。声かけても出席証明くれないし、ネチネツしつこい。
手続きしてくれる人に出席確認してもらい、注意事項の書かれた紙を受け取る。技術学校の識字率は半分に届かないくらいだ。
補講組は文字が扱えないと困ることが多く、覚えようとする率が高い。だが、受講申請する必要もなく、伝達事項は口頭ですべて知らされる昼の生徒は技術習得ほど熱心に文字を覚えようとはしていなかった。
「また、ガリ勉か? 字読めても技術がなきゃ雇ってくれないぞ」
「頭デッカチ役立たず」
今日もまたクラスメイトらしい男子生徒にからまれる。職人の子たちのからかいは平和だ。不快ではあっても、黒くないし、怖くもない。魔術学院の経済格差と身分格差に比べれば、ここはほのぼのしている。
マルっとムシして注意事項を読み終えると、紙を返す。技術学校は基本が、回収、返却だ。今日の移動もこれから徒歩で行われる。生徒が使う馬車なんてない。
待遇のいい魔術学院から質素な技術学校にきたから担任の先生はあいたたな人になったぽい。どんな理由があれ、僕には迷惑な人でしかないけど。
二、三列になって学校から商業区まで歩く。昼前には商業ギルドに到着する予定だ。
商業ギルドは商売をする人が登録する。登録してなくてもほそぼそとは商売できるが、登録しないと信用が低い。無登録でハデに商売すると取り締まられる。そのくせ手続きや審査が面倒な代物だ。
魔術学院は貴族がいて、細かいことにうるさい人もいる。
できれば登録しておけというのが、胃薬を売った先生からの忠告だった。
なるべく早く登録しようと調べた結果、技術学校から授業として登録できると判明。個人でやるより手続きが簡単なため、必要講義を昼間に受けた。
そのせいでクラスメイトからは入学一月で仕事をクビになったできない子あつかいされている。面倒なのであえて訂正もしていない。
登録が終われば、レポート課題の作成にはいる。そしたら昼の授業はしばらく参加しない。月半ばには魔術学院の課外授業があるし、来月の初めには定期考査もある。
労力使ってどうにかしないといけないほど、接触機会がないな。徒歩移動の間がぼっちで寂しいくらいは我慢しよう。
一人歩く僕は聞き耳をたてる。三人組の女の子は植物から糸を作っているようだ。糸ができれば布ができるし、編み物もできる。植物系の魔物か、魔草で作れば特性のある糸ができて、楽しそう。
植物系の魔物は状態異常を発生させる種類でなければ、素材のはぎ取りは難しくない。
革職人系の単位はもうめどがついているし、糸くらいならよそ見してもいいかな?
課外授業の場所によっては素材が手に入るし、いいよね?
うん。いいことにしよう。
補講は発生してたはずだし、技術学校に戻ったら登録しよう。それから、図書館で糸作成の本借りて、授業までに概要覚えておけばいい。
今後の予定を計画していたら商業ギルドについた。
職能ギルド大翼からあまり離れていない、高級な店が並ぶ大通りにはある。生徒のほとんどは商業ギルドに入る前から緊張しており、大人しくなっていた。
僕は商業ギルドに入るとマントを肩にかけた鞄にしまう。マントの外側は技術学校の生徒としておかしくない古びた加工にした物だが、今日の服はドラゴンスレイヤーのお祝いの席で着ていた服を改造したものだ。
ベルトでポケットや皮袋をいろいろぶら下げるといい服を着てきた意味がないので、腰にあるのは細身の剣だけ。それだと不安だから、服の防御力や耐性を上げて、魔石や各種薬を鞄入れてある。
ロビーの一角で、集団登録待ちをしている中から僕は抜け出す。学生を誘導している中で、一番仕事のできそうな女性に声をかけた。
「技術学校から商業ギルドへ登録に来たのですが、魔術品の取り扱いができるものにしてほしいです」
拒否される前に僕は学生証を二枚定時する。
魔術品の取り扱い申請の条件に、魔術学院卒業か魔術学院のシルバー以上の学生証を持つ者というのがあった。
「できますか?」
「ゴールド⁈ 少々お待ち下さい」
視線で追っていると、同僚に声かけ、上司のとこへ行き、引率の先生のとこへ向かった。再び上司の向かい、部屋の奥へ消えた。
僕のとこへは上司らしい三十代前後の男が来る。
「学生証を確認させていただいてよろしいですか?」
二枚出すが、確認したいのは魔術学院の学生証だけのようだ。僕が手にしていると、学生証の魔石が反応する。それが所有者本人である証明になっていた。
「ありがとうございました。奥のお部屋へご案内いたします」
慌てて女の先生がついてこようとしたが、断る。よく知らない先生だし、頼りなさそう。必要のない相手にこっちの情報を与えたくないってのもある。
技術学校の生徒からの視線が痛い。後ろを見る勇気はないけど、うつむかないで歩く。
案内された先は応接室。あんまり広くないし、さほど格の高い部屋ではないはず。ここよりは魔術学院の寮のロビーのほうが豪華だ。
落ち着くとまではいかないが、過剰な緊張もしてない。
申請前にギルドの概念や契約条項に目をとおす。現在のところ、魔術品を含む商取引きをする人として登録できればいい。
魔術品の取り扱いできるようにすると、登録料と年会費が高い。小銀貨が必要ってになるが、商業ギルド主催の素材販売会や魔術品の品評会に参加できるようになる。
定時素材販売会は月に一回、第二の週に三日間、開催されていた。開催日は平日。学外授業の日ならともかく、その前なら一日くらい休めるだろう。
素材に興味を持ったのがばれたようで、丁寧に素材販売会について説明してくれる。魔術品の品評会についても説明が詳しかったから、素材買って、作って持ち込めという誘導だろうか。
申請手続きが終了すると、小銀貨を二枚渡す。商業ギルドの魔術カードが出来上がるのは午後。個人でやると、事前審査を含めて半月くらいかかる。それが一日で終わるのはありがたい。
応接室を出ると肩の力を抜く。
カードを受け取りにはさらに小銀貨が一枚いる。計三枚の小銀貨、魔術カードを使わないとムダ金になってしまう。
利用しないともったいない。
朝、名簿を持っていた先生にカードの出来あがり時間を伝え、昼メシを食べに行くことにした。他の技術学校の生徒も外へ出ている。家が近い子は家に帰るだろうし、遠い子は安い店がならぶあたりまで行くか、メシ抜きだろう。
外に出る前に僕はマントをはおる。この辺りの店で食事はできるが、サイフに優しくない。
どうにかなるくらいには食事マナー覚えたけど、金額が心に負担すぎる。大翼へ行って、職能ギルド内の食堂を利用することにした。
ついでに各種薬を売ろう。回復薬は劣化する前に売らないと価値が半減する。手持ち品を全部売るつもりはないから、回復薬を二種、各三本売った。鑑定費用とカラビン十本分の値段を引いてもらい、小銀貨を五枚と大銅貨二枚を受け取る。
ここのギルド調合できる人がいるから、回復薬の持ち込みはあまり喜ばれない。回復薬より日持ちする回復薬の素材出せって感じが露骨だ。
寮に帰れば、先月の学外実習で採取した素材があるけど、売らない。あれは僕の素材だ。売る分なんてない。
ハンバーグとソーセージのランチ食べて、不特定多数の人に向けて開示されている仕事を閲覧する。仕事を受け取るつもりはないが、採取依頼を見れば素材がある地域が覚えられる。素材の値段の目安にもなるし、時間があるなら確認するようにしていた。
素材は基本時価だし、採取状態でも変動する。依頼採取の報酬金がまったくあてにならない物もあるが、決まった範囲で価格が変動している物も多い。
大翼でのんびり過ごしてから商業ギルドへ向かう。
ロビーの隅に生徒たちが集まり始めていた。名簿を持っている先生にきたことを知らせる。
受付で声をかけるように指示された。
声かけて、奥の部屋に行く。お金を支払い魔術カードを受け取る。集合場所に戻ると、通常カードが配られていた。僕の分もあったようで、先生からもらう。
技術学校での手続きでしか使う機会なさそうなカードだ。今回は学校でまとめて支払ってくれているが、三年後の更新はないな。
行き同様に列になって学校への帰路につく。
ぼっちなのは行きと同じ。ただ向けられる視線がより冷たくなっている。
僕一人、特別扱いされたのが気にいらないようだ。
商業ギルドの一般カードの発行手数料や年会費は学校はまとめて払ってくれるけど、僕は小銀貨三枚払っているんだし、待遇違うのはあたりまえ。
それに通常カードの年会費三年分より、魔術カードの年会費一年分のほうが高い。
「なんであいつだけ」
「おかしいよな」
学園区に戻ってくると、不穏なのは視線だけじゃなくなった。これは、授業が終わったらからまれるな。
僕、魔術学院のゴールド生徒だから特別ですって自慢すればいいんだろうか。魔術学院の名前で大人しくなってくれればいいが、僕は見た目で強いとは思ってもらえない。
うだうだ悩んでいるうちに技術学校へ到着する。全員戻ってきたことを確認すると、解散になった。僕は急ぎ足で学校を出て行く。
からまれる前に逃げることにしたが、つけられている。魔術学院の寮に案内すればあきらめるだろう。僕がいるのはお坊ちゃんようの寮だし、アホなことはしないはず。
「ルキノ、急いでどうした?」
僕の前方に立ちふさがり、逃げだせない様にしっかりと腕までつかむ。相変わらず笑顔が黒い。
ちらっと僕の後ろを見て、レイムは笑みを深める。つけられているがわかっていて、呼びとめたようだ。
「素直になれよ」
入学した日と同じようにレイムは僕の頭をなぜる。
「技校のクラスメイトに嫌われたぽい」
「すぐできる解決方法として二つある。実力で脅すか、身分で脅すか。どっちがいい?」
「穏当な手段はないの? 」
魔術を暴力として使えば、僕だってやれる。けど、魔術に対してなんの抵抗もできない相手にやるのは趣味じゃない。
「あと、助けてもらった場合の対価は?」
「元クラスメイトして友人を心配しているんだよ」
いい笑顔すぎて信じられない。
そして、わざわざ人気のない路地に連れ込むな。
ほら、バカが七人もつれた。
「オレらそいつにようがあんだけどさー」
「あんた邪魔だから消えてくんない?」
「そいつ、置いていってくれればいいから」
笑いと悪意を含んだ言葉にレイムが笑う。
「不快だね〜、君ら誰に向かっていってんの? まさか、貴族である私に対してではないだろうね?」
「はっ⁉︎」
「貴族?」
半信半疑の相手の眼前に雷を落とす。当てなくても、光と音で脅しには充分だ。
「魔術っ」
「逃げろ」
一転して逃げに入ったが、魔術防壁に退路を塞がれている。彼らからすれば見えない壁にぶつかり、わめく。
「うるさいな。静かにできないの?」
恐怖に染まった顔で彼らはレイムを見る。
「これ、私のペットなんだよねぇ。貴族の持ちものに手を出す意味はわかっているだろ?」
知らなかったといういいわけと、涙ながらの謝罪を口々する。必死すぎて言葉としては正確に聞きとれない。
「次はないよ」
宣言と同時に魔術防壁が消される。僕は彼らが走り去るのを見送った。
「一つ貸しな」
助けてくれたらしい。でも、貸しになるくらいなら助けて欲しくなかった。取り立てが不安でならない。




