第1部 第7話【ローリング・ストーンズ】
たしか1989年だったと思う。1960年代に来日したビートルズから遅れること20数年。ついにあの世界最強ロックンロールバンド、ローリング・ストーンズが来日を果たしたのだ!
コンサートの場所は東京ドーム。その模様は夜9時から日本テレビで放送され、私は家でひとりで誰にも邪魔されることなく観ることになった。もちろんビデオ録画はばっちりである。
画面が外から東京ドーム内に移る。まだコンサートははじまっておらず、暗闇の中に不思議な音楽がかすかに鳴り響いていた。それは今思うと【コンチネンタル・ドリフト】という曲だったような気がする。
と、そのときだった。
ドドーン━━大爆発とともにステージがスポットライトで照らされ、ミック・ジャガーをはじめとするストーンズのメンバーたちの輝くかのような姿が映し出された。
オープニング曲は【スタート・ミー・アップ】。ジージャン姿のミックがステージ上を動きながらうたう。『スタミアッ、スタミパ、ネバスタ~』━━私はその姿を瞬きもせずに追いかけ続けた。
3曲目をうたう前に、ミックが日本語であいさつをした。
ワタシタチハ、ニホンニクルコトヲ、タノシミニシテイマシタ━━そんな感じだったろうか。そして3曲目のタイトルを告げる。
「サーサ―サー、ワン、トゥー、ワントゥースリーフォー」
【サッド・サッド・サッド】である。
それからも大人なロックナンバー【ハーレム・シャッフル】、ふたりの黒人女性コーラスのはもりが美しい【ミックシード・エモーションズ】、【ホンキー・トンク・ウィメン】【ダイスをころがせ】などが披露された。
CMに入る。私は生まれてこのかた、テレビCMというものがこれほど長く感じたことはない。
CMが終わって次に披露されたのはバラードの【ルビー・チューズディ】。
感動の名曲が終わると、ミックがドラムに合わせて曲名を紹介する。
「オモヒッサーイ」
【オールモスト・ヒア・ユー・サイ】である。私はこの曲のキースのギターソロによって、生まれてはじめてギターの音色によって鳥肌というものを覚えた。
終わるとギターを肩にかけたミックがそろそろと出てきて曲名を紹介する。
「……ラカナハープレース」
曲のはじまりとともにテレビ画面の右下に曲名のテロップが出る。そこには【ROCK AND A HARD PLACE】とあった。
『お、この曲は知ってるぞ』と私は思った。たしかポカリスウェットのテレビCMに使用されていた曲だ。
ところで、この【ロック・アンド・ア・ハード・プレイス】という曲。私はいまだにこの曲よりカッコいいロックナンバーを知らない。ディープ・パープルの【スモーク・オン・ザ・ウォーター】も、ボン・ジョヴィの【リビン・オン・ア・プレーヤー】も、クイーンの【伝説のチャンピオン】も、BOφOYの【マリオネット】も、まったく足元にも及ばない。私にとっての最大最高のロックンロールは、ストーンズの【ロック・アンド・ア・ハード・プレイス】以外にありえないのだ。
『ミチノラッ』━━ミックの叫びとともに、究極のロックナンバー【ロック・アンド・ア・ハード・プレイス】は幕を閉じた。
CM後のストーンズ東京ドーム公演。演奏されたのは【ミッドナイト・ランブラー】。途中、ミックがキースの肩に腕を乗せ、キースが苦笑するシーンが見られた。また、ロニーの腰を振りながらギターを弾く姿が最高にセクシーだった。
【ミッドナイト・ランブラー】が終わってしばらくたってから、再びミックが日本語でMCをはじめた。
「イッショニ、ウタイマショウ。コンドコソ、イッショニ、ウタイマショウ」
ホルンの雄大なメロディーが流れてくる。曲は【ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォント━━無情の世界】。
ミックが会場にマイクを向け、5万人以上の客がぎこちなく英語の歌詞の歌をうたった。それにミックが『イエーイ!』と歓喜する。
すばらしい高音を誇る3人の黒人コーラスの最大の見せ場。ミックのマラカスパフォーマンス。なにも考えることはない。心を無にしてミックの歌声に耳を傾け続けるだけでいいのだ。
永遠の感動【ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォント】を演奏しきったストーンズ。ミックの光の笑顔とともにストーンズ初来日東京ドーム公演の前半が終わろうとしていた。
CMが終わると、ステージの中央に立っていたのはミックではなくキースだった。ミックはいったん休憩というところなのだろう。キースのハスキーボイスによる【キャント・ビー・シーン】と【ハッピー】がうたわれた。
ちなみに【キャント・ビー・シーン】の途中、ステージを遠くから見ていたカップルが、軽くキスをするシーンが流れた記憶がある。
……暗闇の中、姿をあらわしたキース。彼が西部劇のテーマのようなメロディーをアコースティックギターで弾きはじめる。終わるとチャーリーのドラムがはじまる。
【ペイント・イット・ブラック━━黒く塗れ】である。
CMが終わると次に演奏されたのは【ギム・シェルター】。神秘的なギターソロとコーラスが印象的。
そしてふたりいるうちひとりの黒人女性コーラスだけがステージの前に出て、ミックとふたりでうたいはじめる。
ミックが女性コーラスに『もっと声を出せ!』というふうに笑いながらはやしたてる。それをギターを弾きながらクールに見守るキースとロニー。
それから【ブラウン・シュガー】【イッツ・オンリー・ロックンロール】が演奏され、最後はストーンズの代名詞【サティスファクション】がうたわれた。
ステージを降りて観客とハイタッチするミック。途中、客から渡されたお面をかぶる仕草をしたりもした。
嵐のようなサックスに合わせて踊りまくるミック。セクシー極まりなかったキースとロニー。最後までシュールだったベースのビルとドラムのチャーリー。世界最強ロックンロールバンドが日本のファンに見せた奇跡の宴はかくして終焉をむかえた。気がつくと、私もテレビの前で両腕をぶんぶん振り回して大暴れをしていた(笑)
━━ビデオ録画を止めてテープを巻き戻す。と、そのとき、ストーンズがおそらくアンコール曲と思われる曲を披露していた。しかしテープはもう巻き戻しをしていたので、その曲を撮ることはしなかった。
しかし、それでも、まったく期待を裏切らない奇跡のパフォーマンスだった。私の興奮は一晩中おさまることはなかった。
翌日からの私はまさに夢の気分だった。雨が降ろうと雪が降ろうと槍が降ろうと、なにがあろうとストーンズの東京ドーム公演のビデオがある。
私は学校から帰るとすぐさまストーンズのビデオを見出し、完全にストーンズ以外のものが目に入らなくなっていった。気がつくと私の右手は、常にドラムをたたく仕草をするようになっていった。
この頃から私はぴたっと外で遊ばなくなり、学校から帰ったら1日中ストーンズのビデオを見続ける日々をおくるようになっていった。