第5部 第3話【ブタとサルたち】後編
深夜番組【ダンス・ダンス・ダンス】の中でくり広げられるオシャレでカッコイイ踊りの数々、流れるオシャレでカッコイイ音楽の数々、そしてそれを盛り上げるダウンタウンのシモネタ入りのトークの数々━━それらを私は小学生の頃に堪能していた。そんなオシャレでカッコイイ都会人の私が、なぜ人からバカにされ、いじめられ、嘲笑される人生を歩まなければならなかったのだろうか?
【こんなカッコイイ芸術を堪能しているカッコイイ男の自分が、なぜ人からバカにされなければならないのだ!?】━━といえば、真っ先に浮かぶのがローリング・ストーンズとプリンスだろう。
私は中学初日の自己紹介のときにこういった。
「好きな歌はローリング・ストーンズの【ロック・アンド・ア・ハード・プレイス】と【ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォント】でーす」
これにより、私の中学校生活は薔薇色一色に染まることが確定するはずだった。しかも私は【女子生徒たちにモテたい】という明確な目的があったので、ぼそぼそとではなくはきはきと大きな声でいった。
しかし、私は女子生徒たちからモテないどころか、すさまじい罵倒と嘲笑の的になってしまった。
当時は『ハァ……ストーンズなんか別にすごくもカッコよくもなんともないみたいだな……』と思っていたのだが、どうやらそれはとんでもない誤解だったようである。
私を罵倒・嘲笑した中学時代のクラスメートたちは、ただ単にローリング・ストーンズのロの字も、ロック・アンド・ア・ハード・プレイスのロの字も、ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォントのユの字も、いったいなんのことやらさっぱり、わけがわからなかっただけだったのである……!
……この衝撃の事実に気づけてから、中学時代のカサモト軍団や女子生徒たちのあざけりは、【田舎のイモザルの屁】にしか感じられなくなっていった。
唯一カサモトだけデブだったので、カサモトの場合は【ブタの屁】か。
もしも私が自己紹介のとき━━
「オイラはおんぼろのアパートで、父ちゃんと母ちゃんとハナをたらした弟とおかっぱ頭の妹の5人で暮らしているダサいイモ野郎でーす」
━━といったことをいったならば、クラス中から罵倒と嘲笑を浴びせられてもしかたないだろう。しかし、私はくり返すように自己紹介のとき、『ローリング・ストーンズの【ロック・アンド・ア・ハード・プレイス】と【ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォント】』という最高にカッコイイ言葉を吐いたのである。そんな私が女子生徒たちの憧れの的になりこそすれ、なにゆえ罵倒と嘲笑の的にならなければならないのだろうか?
それにしても、私はなんというありえない誤解をしていたのだろうか。たとえるなら足のつくプールで何年間も溺れ続けていたようなものである(笑)
苦しみと屈辱感をきれいにかき消す手段はすぐ目の前にあり続けたというのに、客観的になれなかった私は延々と苦しみもがいていたのだ。かつての自分がこのうえなく恥ずかしい。
また、たとえ100歩ゆずってカサモト軍団と女子生徒たちが『ローリング・ストーンズ?そんなのすごくもカッコよくもなんともないわ(笑)』という感じで私をあざけていたとしてもなんてことはない。なぜならローリング・ストーンズは【世界最強のロックバンド】だからである。
世界で最強なのだから、どこの誰になにをいわれようとびくともしない。すべてサルの屁でしかなくなる。私は中学時代の苦しみの記憶を、完全に克服することに成功した。
そういえば中学時代、私のことを頻繁にあざけていたイウチ(仮名)という女子生徒が『●●ってカッコイイよね』と、とある男子生徒の噂話をしていたことがあった。
いやいや、ローリング・ストーンズの【ロック・アンド・ア・ハード・プレイス】と【ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォント】を聴いている私のほうがカッコイイのだが……。
それにしても唖然とせざるをえない。まさか中学時代のクラスメートたちがローリング・ストーンズのロの字も、ロック・アンド・ア・ハード・プレイスのロも、ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォントのユの字も、なんのことかさっぱり理解できなかったとは……。
しかし、冷静に考えるとそれも当然である。ブタやサルたちに向かって『ローリング・ストーンズの【ロック・アンド・ア・ハード・プレイス】と【ユー・キャント・オールウェイズ・ゲット・ホワット・ユー・ウォント】』などといっても理解できないのは生物学上の常識である(笑)
しかし、そんな中、ただひとり、私の突出した知識の量とカッコよさに気づけていた人がいたのだ。担任の美術の女性教師である。
彼女は私のノートに【ギャップ】という言葉を使った文を書いて返したことがあった。もちろん私は当時から【ギャップ】という言葉の意味は知っていたが、私以外の生徒の中にギャップという言葉の意味を知る人はいなかっただろう。そして担任の美術の先生も、私以外の生徒のノートにギャップという言葉を書いたことはなかったと思われる。
またひとつ進化を遂げた私であったが、ストーンズ、プリンスに続く、あの偉大なるアーティストのことまで中学時代の同級生たちが知らなかったことに気づくのには、もう少しだけ時間が必要だった……。




