表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/57

第3部 第6話【文学の目覚め】

 カウンセラーに裏切られてからの私は、文学者への道を志すことを決心した。


 


 

 世界を変えるためには、変革のメッセージを込めた書物を書く必要があると判断。そのためには膨大な知識、豊富な言語力、そして高度な文章力が絶対不可欠になってくる。


 


 

 私はこの頃から様々な本を読みあさるようになり、死に物狂いで文章力を磨き出していった。


 


 

 そんな私が最も巨大な影響を受けた本がある。その本の著者は飯田譲治といい、タイトルを【ナイトヘッド】といった。


 


 

 飯田譲治の【ナイトヘッド】━━おそらく知る人ぞ知る小説だと思われるが、私は救世主に覚醒した現在も飯田譲治の【ナイトヘッド】こそが史上最高の小説だと思っている。【ナイトヘッド】の前に【ナイトヘッド】なく、【ナイトヘッド】のあとに【ナイトヘッド】なしである。


 


 

 ブログ【メシアのモノローグ】ファンの中には、私の文才を天性のものと思っている人がいるようだが、けっしてそういうわけではない。飯田譲治の文体を参考にしながら、コツコツ独学を重ねて現在の文章力を獲得していったのである。


 


 

 飯田譲治に憧れた私は【ナイトヘッド】の文をノートに何度も書き写し、飯田譲治の文章に近づけるように精進を続けた。


 


 

 私は飯田譲治の【ナイトヘッド】によって、読み手をひきこむ文章の書き方はもちろん、小説のおもしろさ、小説のすばらしさ、そして小説のカッコよさみたいなものを教えられた。


 


 

 とにかく飯田譲治の文章というのは1文字1文字に重みがあり、読んでいてまったく飽きることがない。そして主人公の直人と直也がすぐ目の前にいるかのようなリアル感があり、私は1ページ1ページを興奮の汗をかきながら目をギラつかせてめくり続けていった。


 


 

 が、しかし、だった。このあたりから徐々にミスターXの悪魔の言葉による苦しみが形をとり出し、私の左胸を少しずつ苛むようになっていった。ミスターXの悪魔の言葉が脳をよぎるたびに吐き気に襲われ、左胸にかすかに走る不快感に畏怖をくり返した。


 


 

 そんなある日の夜のことだった。テレビ朝日の【花きんデータランド】という番組で、【ナイトヘッド】の第4巻が本の売り上げトップ5に入っていることを知ったのは。


 


 

 私は急いで【ナイトヘッド】の1、2、3巻を買った本屋へバスで向かった。


 


 

 たどり着くと、やはりそこには待望の【ナイトヘッド】第4巻が置かれていた。それを興奮をおさえながら買った私は再びバスに乗ってメシア家に帰った。


 


 

 バスがメシア家のある団地の前の停車場につく寸前のことだった。満員の中からどこかで聞いたことがある声が聞こえてきたのだ。


 


 

 やや離れたところからちらっと見てみると、学校帰りらしい小学生時代の友人のタキとタカオのふたりが談笑していた。


 


 

 私は彼らに気づかれないように、大きな体を折り曲げて顔を伏せながらバスを降りた。


 


 

 ━━部屋につくと私は真っ先に【ナイトヘッド】第4巻を読み出した。すると灰色の苦悩の霧に襲われ続けていた左胸に光が射し、麻酔がかかったように苦しみや不快感が消えてなくなったのを覚えている。【ナイトヘッド】とはそのような現象をももたらす傑作なのだ。


 


 

 無論、その効果はすぐに消滅していったが……。


 


 

 しかし、私の進む道はきまった。この混沌とした世界に革命をもたらす本を書きあげる━━私はこの壮大な夢に向かって文章力を磨いていった。


 


 

 やがて特に意識しなくても飯田譲治っぽい文を書けるようになっていき、私は家にあったワープロに文章をくる日もくる日もつづっていった。


 


 

 そんなある日の深夜。近所の自動販売機で1・5リットルのコーラを買った帰りのことだった。近くを自転車で走る人が急に止まり、私に向かって『……メシア?』と訊いてきたのだ。


 


 

 振り返るとそこには、第2巻にちらっと書いた小学生時代の友人のハタカワがいた。彼も私と同じように中学はほとんど行かなかったらしい。


 


 

 「高校行ってる?」


 


 

 私の質問にハタカワは少しもじもじしながらいった。


 


 

 「いや……働いてる……」


 


 

 「そうか。オレはプー太郎やってるよ」


 


 

 するとハタカワは小さく微笑みながらいった。


 


 

 「へへ、プーちゃんやってんの?」


 


 

 「ああ」私はいった。「オレ、今、小説を書いてるんだ」


 


 

 「小説?へへ、はまってんの?」


 


 

 「ああ、いつかこの世界を変えるようなものを書いてみせるさ」


 


 

 それから私たちは別れ、私はコーラの黒い液体が入ったボトル片手にメシア家に戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ