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第3部 第2話【建設会社での日々】

 ━━私が住むことになるのは工場のすぐ近くのマンション。同居するのはアカダさん(仮名)という人で、事務所で働くアケダさん(仮名)という人も引っ越しの手伝いをしてくれた。


 


 

 しかし引っ越しまでにはもうしばらくときが必要らしく、私は最初の1週間ほどは自宅から会社に通っていた。


 


 

 そんなある日のことである。遅れて工場に入るとすさまじい怒声が響き渡ったのだ。  


 


 

 「コラァァァーッ、また遅れやがって!」


 


 

 アカダさんである。毎日遅刻をくり返す私に怒り爆発の様子だった。


 


 

 が、しかし、である。遅刻をくり返す人間を怒る前に、どうすれば遅刻しないで済むのか?その方法を教えるべきではないだろうか?


 


 

 そのあとアカダさんは工場の柱についている電話を私に渡し、『事務所のサルヤマさんに謝れ!』といった。


 


 

 「もしもし、メシアです」


 


 

 すると電話の向こうから『はい……』というため息まじりの声が聞こえてきた。


 


 

 このサルヤマという人。先日、遅刻をくり返す私に注意しにきたのだが、私の態度や口調を【横柄】に感じたらしく、噂によると事務所に戻ったあと私への愚痴を爆発させたという……。


 


 

 サルヤマに謝った私は作業着に着替えて職場に向かった。職場には60歳くらいの親方を中心に5人ほどの同僚がいた。無論、全員私より年上である。


 


 

 そして仕事が終わってからの掃除中、私は少し気にかかる言葉を耳にすることになった。


 


 

 職場の同僚のとあるひとりの男性━━この男性についてあまり詳しく書きたくないので【ミスターX】とさせていただく。そのミスターXが同僚の友達に私のことを『返事だけなんだもん……』といったのだ。


 


 

 オレが返事だけの奴だと?━━私は与えられた仕事で大きなミスをくり返した覚えなどない。なのになぜ【返事だけ】呼ばわりされるのか……?


 


 

 翌日、私ははじめて遅刻せずに工場につくことができた。そして朝礼の時間までひとりでぽつんとしていたとき、職場の親方が寄ってきてこういった。


 


 

 「もっととけこんで……」


 


 

 同僚たちの輪の中に入れということである。しかし私は2年以上、家族ともろくに口をきかない生活をおくってきたので、コミュニケーション能力は壊滅状態である。どうやって輪の中に入ればいいのかわからないし、人に話しかけられてもなんと受け答えすればいいかもわからなかった。


 


 

 仕事を終えたあと、職場の同僚の人が親方に『あがっていいですか?』と訊き、それに親方が頷いていた。私もそれを真似てやや離れたところから『あがっていいですか?』と訊いたのだが、私のぼそぼそした小声が気にくわないらしく、親方は小さく苦笑をするだけだった……。


 


 

 ところで、このときの親方の私に対する態度。救世主としての視点からいわせてもらうと、教育が根本からまちがっているためのものといえる。


 


 

 声が大きい小さい、口調がはきはきしているはきはきしていないなど、人それぞれである。声が小さい人はそれでよく、口調がはきはきしていない人もそれでいいのだ。人間は全員ミュージカル俳優にならなければいけないわけではないのだから。よって次のような教育をするべきなのである。


 


 

 「もしも君たちが将来、職場のリーダーになっとき、部下に声が小さい人がいたとしても、声の大きい小さいは人それぞれのものなのだから、個人的な好みで見下したり差別したりしてはいけないよ」


 


 

 ━━数日後、ようやく引っ越しがおこなわれることになった。ただ引っ越しといっても、テレビなどをひとつかふたつ運ぶくらいのものだったが。


 


 

 と、そのときである。ものを運んでいたとき、団地の1階のエレベーターホールで知人と再会したのだ。中学初日、『まさかメシアと一緒になれるとは思ってなかったよ!』といって駆け寄ってきたムツイである。


 


 

 ムツイは高校の帰りらしく制服姿であり、エレベーターがくるのを待っているようだった。そして顔を真っ青にし、私を幽霊でも見るかのような目で見ていた。


 


 

 それも当然である。私は小学生のときは学校一のスーパースターとして君臨していたというのに、中学で他校の生徒たちと一緒になった途端、畏縮して黙り込んで不登校になってしまったのだから。挙句の果てに中学の卒業式も欠席……。きっとムツイは人生ではじめて【幻滅】というものを体験したことなのだろう。


 


 

 アカダさんとアケダさんとともにものを運びながら、私は1秒でも早くその場を去りたかった。【穴があったら入りたい】とはまさにこのことである。


 


 

 ━━引っ越しを終えてひとだんらくついたが、私の人生に休息は訪れてくれない。仕事をはじめて1ヵ月目の最後の日、つまり給料日のことだ。作業中、職場の同僚のミスターXが急に鬼の形相になり、私のことをギギッと睨みつけてきたのである。


 


 

 『は?なんですか?』と訊いても理由は返ってこない……。


 


 

 そして掃除中のことである。親方が私に対してぼそっと『暗い……』とつぶやいたのだ。するとミスターXもぶひぶひと嘲笑をあげ出した。


 


 

 巨大な工場内のひとつの職場内が、中卒で就職したひとりの少年に対する残虐なあざけりで支配される━━激しいショックを受けた私は呆然自失のままマンションに向かった。


 


 

 が、この日の私に対するあざけりはこれだけで終わらない。給料をもらいに行くべく事務所を訪れたときのことだ。中にはアケダさんとサルヤマがおり、私が給料袋を持って事務所を去ろうとしたときである。アケダさんが『おつかれ』といい、私はそれに対して『は?』と聞き返したのだ。そのときである。『うわーはっはっはっー』とサルヤマがけたたましい哄笑をあげたのだ。


 


 

 実は引っ越しをする前のこと。仕事を終えた私は事務所に用事があり、事務所でサルヤマと2、3言葉をかわしてからなにもいわずに立ち去ったのだ。


 


 

 学歴がほぼ小卒の私は【おつかれさまでした】というあいさつを知らなかったのである。それをサルヤマに思いきりバカにされたというわけなのだ。


 


 

 私はサルヤマの耳をつんざくような哄笑を背中で聞きながら、事務所の階段をとぼとぼと降りていった。


 


 

 ━━実家に戻り、母から保険などの説明をされたのだが、私は完全にうわの空であった。その日は土曜日だったのだが、2日後に再び親方とミスターXのふたりと顔を会わせなければならないのかと思うと、私は激しい憂鬱に襲われて限りなく深いため息をつかざるをえなかった。そんな私の様子に母は『なにかあったの?』と心配してくれたが、私は小さく苦笑をするのがせいいっぱいだった。


 


 

 実家を出、バス賃を握ってバス停に向かおうとしたときである。つまずいて持っていた小銭を落としてしまった。そのとき、近くの初老の男性が『フフ、金持ちだなー』とやさしく笑いながら小銭を一緒に拾ってくれた。そんな初老の男性に私は深々と頭を下げて『どうもありがとうございます』といった。

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