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第2部 最終話【ディア・アルジャーノン】

 日本が世界に誇るプロレス界のカリスマ、アントニオ猪木の実況アナとして不動の地位を築いた古館伊知郎司会の音楽番組【ミュージック・ジャーナル】。私はとにかく古館伊知郎のシャープな司会が非常に好きで、要所要所で散りばめるギャグもオシャレだった。

 

 

 そういえば小学生の頃、政治問題を扱う古館伊知郎司会の深夜番組が放送されていた。内容のほうはよくわからなかったものの、毎週楽しく見ていたのを覚えている。ちなみにその番組のエンディングテーマはジョン・レノンの【ギブ・ピース・ア・チャンス】だった。

 

 

 そして【ミュージック・ジャーナル】がはじまった。まずは氷室京介特集の前に、日本のニューミュージックの帝王・井上陽水の【5月の別れ】という歌がうたわれたりした。

 

 

 それからややたって、ついに待ちに待った氷室京介特集がはじまる━━。

 

 

 ……アンコール……アンコール……観客の声がこだます中、ひとりの男が黙々と歩き続ける。そのとき、男がその限りなく端正な顔を上げた。

 

 

 次の瞬間、画面から鋭いギター音が聴こえた。曲はその年大ヒットした【KISS ME】。

 

 

 それから氷室京介の【やり直し公演】の話題に移る。氷室京介はある日の公演に納得がいかず、その日の客を無料で招待したのだという。『たとえ100人しか集まらなくても必ずケジメをとる』と……。

 

 

 次の曲は【ラバーズ・デイ】。氷室京介の低い美声をこのうえなく堪能できる至極のバラード。しかし、それ以上に、氷室京介のヴィジュアル面に衝撃を打たれた。

 

 

 画面がスタジオに戻り、司会の古館伊知郎がいう。

 

 

 「あの顔は無国籍だと思うんですよね。なにじんかわからない。あたかもデパートのマネキンのような……」彼は続ける。「で、究極の理想というのを追求していったとき、あのような雰囲気にたどり着いていくんじゃないのかっていう気も……」

 

 

 究極の男前でも究極の美男子でもなく【究極の理想】とは古館伊知郎ならではの知的な表現である。氷室京介は音楽の才能、スター性、そしてそのルックスまでも、まさに神が造り上げたひとつの芸術のようだった。

 

 

 氷室京介特集も後半に差し掛かり、完璧主義者の氷室京介について各界の第一人者たちがコメントをする。

 

 

 ……椅子に座った氷室京介が、アコースティックギターをボロンと弾いてうたいはじめる。最後の曲は【ディア・アルジャーノン】。

 

 

 氷室京介はダニエル・キイスの小説【アルジャーノンに花束を】に感銘を受け、自身のファーストアルバムのタイトルを【フラワーズ・フォー・アルジャーノン】とした。そのアルバムを代表する曲が【ディア・アルジャーノン】なのだが、この歌の中に出てくる【ただのクズでいいぜ】という詩に、当時の私はどれほど勇気づけられ、どれほどパワーを与えられたか知らない。

 

 

 莫大な不安に駆られていた私は氷室京介の【ディア・アルジャーノン】を口ずさみ、灰色の未来に立ち向かうエネルギーを蓄えていった。そして氷室京介特集は終わり、司会の古館伊知郎がしめの言葉を吐く。

 

 

 「あまりにも太陽に近づきすぎたがために翼をもがれたイカロスじゃないけれど、あまりにも音楽というものを追求しすぎたがために、逆に自分が傷ついてボロボロになってしまうというか、氷室京介はそんな感じもありますよね……」

 

 

 ━━しばらくたってから私は母とともに、のちに冬季オリンピックが開催されることになる長野県に向かった。理由は全寮制の高校の受験を受けるためである。

 

 

 私は就職するにせよ高校に行くにせよ、ぜったいに住まいのあるところでなければいやだった。父の酒に酔った独り言をあれ以上聞いていたら気が狂いかねないからだ。そのため私は1日でも早く家を出たかったのである。

 

 

 そういえば長野県に向かう前日、【火の鳥】のビデオを探した。私が人生ではじめて強烈な関心を示した記念すべき第1号の芸術【火の鳥】を。

 

 

 しかし重ね撮りなどで、残念ながら【火の鳥】の映像は残っていなかった。私はがくっと肩を落とし、なにもかもが不安に彩られたまま長野県に旅立った。

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