第2部 第7話【苦悩の沼】
1993年のとある日の教育センター。その日は嘲笑的な数学教師とのマンツーマン授業ではなく、クリスチャンの英語の先生とのマンツーマン授業だった。そして私は先生に面接に落ちたことを告げた。
「面接に落ちちゃったか……」先生は小さなため息まじりにいう。「メシアくんは、どんなふうに受け答えをしたのかなぁ?」
しかし、私はこれといった返事はせず、『いやぁ……』などを小声でくり返すだけだった。
「体力に自信は?と訊かれて、あるって答えた?」
「……ないといいました」
「あるって答えないと……」先生はあきれたようにいった。「……メシアくん、働く気あるのかい?」
「……ないです」
「でもメシアくんは高校は行かないんだったよね?高校も行かない、働かない、それじゃあ、これからどうするの?」
「……働かないで暮らしていけるところで生きていきます」
私のこの言葉に、先生はかすかにハッとした。
「働かないで暮らしていけるところといえば、ひとつしかないよね?」
「……そうですね」
それから数分後、私は先生に殺害の意志を伝えた。ちなみに【父親】という言葉は出していない。
「それを知って先生は……とても悲しい……」
重い沈黙が訪れる。それから私は先生から、明確殺をおこなった者には20年以上の懲役が下されることを教えられた。
20年━━それはあまりにも長すぎる。私はせいぜい5、6年くらいだと思っていたのだ。その5、6年の間に人生の再出発をはかるべく勉学に励み、まったく新しい人生を歩み出そうと考えていたのである。
しかし、20年という言葉を聞いて完全に畏縮してしまった。私の父親殺害計画はこうして幕を閉じることになるのであった。
しかし、少年法の存在があったので、今思うと20年以上の懲役というのはかなりあやしい。ひょっとすると私に思いとどまらせるために先生がついた嘘だったのかもしれない……。
それから私たちは【人を殺す】ということについて少しだけ語り合った。
「なんで殺す側が悪いんですか?殺されるようなひどいことをした人間のほうが悪いんじゃないですか?」
「でも、そうすると、そこらじゅうで殺人事件が起きちゃうよ」
「いいじゃないですか。殺されるようなひどいことをしたほうが悪いんですから」
私たちの話はほとんどこの堂々巡りで結論は出ず、私は限りなく暗い表情で教育センターをあとにした。
━━断念せざるをえなくなった父親殺害。そうなると高校進学か就職の道を選ばざるをえなくなるが、高校に行ったところで中学の二の舞になるのは目に見えており、ましてや社会人生活など夢のまた夢である。たとえ仕事が見つかったとしても、中学校生活すらまともにおくることができない自分に同僚とコミュニケーションをとり、うまく世の中を渡っていくことなどできるはずもない……。
完全に真っ暗に閉ざされた未来━━半狂乱になった私はある日の夜、母に向かって悪魔の罵倒を浴びせてしまうのであった。
「なんでオレを産んだんだ!」
━━このときのことを思い出すたびに、私はいまだに自己嫌悪のあまり胸がつぶれそうになってしまう。しかし、なにもかもがわからなくなっていた当時の私は、地獄のような世界に自分を産み落とした母が憎くてしかたがなかった。
━━西暦1993年が1日1日と過ぎ去っていく。これから自分はどうなっていくのか?どこに向かっていくことになるのか?すべてが不安と恐怖に彩られ、私の全身は苦悩の沼にずぶずぶとはまりこんでいくのであった……。
そんなある日の夜のことだった。フジテレビの音楽番組【ミュージック・ジャーナル】の終わり際、司会の古館伊知郎がぎょっとすることをいったのだ。
「来週は氷室京介特集ですからねー」
【ミュージック・ジャーナル】では毎週、日本を代表するアーティストの特集をおこなっており、ついに次週、当時の私の最大の憧れである氷室京介が特集されるようなのだ。
不安と苦悩にまみれきっていた私の胸に、ほんのかすかながら喜びの感情が広がった。




