第2部 第6話【決意】
私がものごころついた頃、すでに父は酒に酔って独り言をしゃべり続けていた。もはや内職をする母と酒に酔って独り言をしゃべり続ける父━━それが私の両親の代表的な姿だった。
やがて私も世の中の知識を深めるようになっていき、夫が働いて養い、妻は家事だけをするのが基本らしいことを知った。しかし私の母はずっと昔から内職やパートに明け暮れていた。理由は父が給料の大半を酒代につぎこむからである。
家事で手いっぱいの妻を働かせているだけでも腑に落ちないのだが、自分なりに真面目に働き、酒にもギャンブルにも手を出していないにもかかわらず家計が苦しい、そのため妻にもやむなく働いてもらっている━━そのような感じなら10歩ゆずって許せる。しかし私の父は全然そういうわけではない。
さらにである。共働きにもかかわらず、私の父は家事を一切やらないのだ。家にいるときは朝から晩まで酒を飲み、気持ちの悪い管を延々と延々と巻き続ける。それを1年中耳にし続けなければならない私のストレスと不快感は、気づけば爆発寸前のところまで達していた。
給料を酒代につぎこんで妻を働かせる━━それだけでも充分すぎるほど頭にくるというのに、家事は一切手伝わず、酒に酔った気持ち悪い独り言を延々としゃべり続けて子供に不愉快をもたらす━━そんな人間を広い心であたたかく許してあげろといわれても、当時の私には天地がひっくり返ってもできない神業だった。
私は家族がいないとき、台所にある包丁をよく握りしめるようになっていった。そして空想の中で酒に酔った父の腹に包丁を突き刺すイメージをふくらます━━そのたびにたとえようもない恍惚感に襲われ、もやもやした気分がスッキリして心の闇が振り払われた。
しかし生来怯懦な私には、人を殺すなどというとんでもないことを実行できる勇気は湧いてこなかった。あくまでも空想にすぎない。
しかし、中学で壮絶な罵倒と嘲笑にあい、なにをやってもうまくいかずに自暴自棄とした精神状態が後押ししたか、私の父親殺害の意志はしだいに固まっていくのであった。
『あぁ、オレは中学校の卒業式の翌日、実の父親を包丁で刺し殺すんだなぁ。刑務所には何年くらい入ることになるんだろうか……』━━このような考えが頭の中をぐるぐると回り続けるようになっていった。
そんな私は表向きは就職するように見せており、とある会社の面接などもおこなったりした。そのとき『体力に自信は?』と訊かれて、私は面接に落ちなければいけなかったので『ないです』と答えた。まさか面接官も『ないです』などという返事が返ってくるとは夢にも思っていなかっただろう(笑)
家に帰ると、その日も仏壇に向かって勤行をする母の姿があった。
母は以前書いたように、日本最大の仏教系団体・創価学会の信者である。そのため私も幼い頃は、よく母に勤行を強制的にやらされていたものだった。
しかし私は勤行というものがいやでいやでしかたなく、小学校の途中から完全に勤行にも創価学会にもかかわりを持たなくなっていった。
そもそも、どういう理由で勤行などというものをするのかが理解できない。
母は勤行を終えたあと、心の中で家族の幸せを願っているらしい。しかし、勤行をすればするほど、母自身もメシア家も不幸になっているようにしか見えないのだが……。
そんな母を影から見ながら、私は心の中でサヨナラを告げた。
母さん、オレはこれから父さんを殺すから、姉ちゃんとふたりで元気に暮らしていってくれ……。




