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第2部 第2話【人生の分岐点】

 自己紹介などをおこった中学初日。その翌日からさっそく授業がはじまった。


 


 

 私の通っていた中学校の生徒は、私の卒業した小学校ともうひとつの小学校、このふたつの小学校の卒業生たちで占められていた。


 


 

 そして英語の時間のとき、ちょっとしたトラブルが発生する。英語の文が書かれたカードが全員に配られるのだが、私の前のカサモト(仮名)という他校出身の男子生徒が私のカードを勝手に取り上げたのだ。そして私はカサモトにカードを返してといったが、カサモトは口をぽかんと開けたからかうような様子を見せた。そしてカードをぽいっと投げ返して前を向き直った。今思うと初日、私の机にぶつかって『あ、すいません』といったのはカサモトだったような気がする。


 


 

 それからである。カサモトとその手下たちによる罵倒と嘲笑の嵐が私を襲うようになったのは……。


 


 

 英語の授業が終わり、休憩時間をへて次の授業がはじまったときである。私は机の上にある異変が起きていることに気づいた。シャーペンのシンがへし折られていたのである。犯人はまちがいなくカサモト。それがトラウマになってしまい、私は救世主に覚醒するまでシャーペンを持つたびに手が震えるようになっていった。


 


 

 が、私の苦悩の中学時代はこれからが本番だった。まずは私の隣の女子生徒。私から体や机をあからさまに離し、私の言動ひとつひとつをバカにし続けた。


 


 

 それからもカサモトとその手下たちの嘲罵はやむことを知らず、私はしだいに居場所をなくしていった。


 


 

 ところで、ボスのカサモトという奴。相撲取りのように太っていて、目つきも悪く、授業中はガハハハハといった下品な笑い声でみんなの授業を邪魔していた。


 


 

 きっとその威圧的な風体や言動で、小学生の頃から強い立場にいた奴なのだろう。そのカサモトが“なんとなく気にくわない奴”として私をターゲットに選び、手下たちも一斉に私をバカにするようになっていったというわけである。


 


 

 また、私は小学校の卒業式のとき、子供に顔を怒っていると笑われてから、できるだけ穏やかな表情をつくろうとつとめるようになった。そのためか言動のほうもふにゃふにゃしたものになっていった。カサモトに嘲罵のターゲットにされた要因はそれも大きかったかもしれない。


 


 


 それにしても、顔を『怒っている』とあざけられたから穏顔をつくっていたというのに、穏顔でもバカにされるのではいったいどうすればいいのだろうか……?


 


 


 また、どうやら私は女性と話をするのが苦手らしく、そのことも女子生徒たちにこれでもかというくらいにからかわれまくった。


 


 

 そんな私は“孤独”だった、らしい。理由はよくわからなかったが、なぜか“孤独”だった、らしい。


 


 

 ある日の給食のときである。どこからか私のことを『孤独だよ、孤独だよ』とあざける女子生徒の声が聞こえてきたのだ。


 


 

 孤独だよ、孤独だよ━━当初、このあざけりの意味はまったくわからなかった。実は極めて深い真相が隠されていたのだが、当時は『孤独だと思われるくらい暗い雰囲気をかもし出してしまっているんだな……』と解釈することにしていた。


 


 

 ところで、小学生の頃はその明るいキャラで大スターだった私が、なぜ中学生になった途端に暗い性格になってしまったのか?今思うと【場面かんもく】や【中1ギャップ】などの症状だったような気がする。


 


 

 席についていてもバカにされ、歩いていてもバカにされ、右を向いても左を向いてもなにをやってもバカにされ続ける日々。教室でひとり立っていたとき、後ろから頭にカバンをガンッとぶつけられたこともある。振り返るとカサモトとその手下たちがニヤニヤと笑っていた……。


 


 

 それも私はクラスで飛び抜けて背が高いのだ。1番背が高い奴が自分より体格の劣る連中にバカにされ続ける屈辱感は、味わった者にしかわからないだろう……。


 


 

 『それだけ背が高くて体格がいいなら、ボスのカサモトをぶん殴ってやればいいんじゃないのか?』という声が聞こえてきそうだが、なにを隠そう私はものすごい怯懦な性格なのである。


 


 

 たとえば鉄棒の逆上がり。私はあれができないのだ。運動神経はいいのでやろうと思えばできると思うが、どうしても【やろう】という勇気が出ないのである。理由は逆上がりという行為が想像を絶するほど怖いからだ。


 


 

 もしも鉄棒を握る手がすべって、頭を地面にぶつけたらどうしよう━━そのようなマイナスの妄想がふくらんでしまい、どうしてもできなくなってしまうのだ。私はそのくらい怯懦な人間なのである。


 


 

 ため息と失望に支配される毎日。私は初日の自己紹介でストーンズの歌を聴いていることをしゃべったのだが、クラスメートたちにとってストーンズなど全然たいしたことのないカスのようなものだったようである。


 


 

 さらに追い打ちをかけたのがジョン・レノン。


 


 

 1990年12月におこなわれたジョン・レノン没後10周年イベント。それによって世界中の人々は愛と平和の大切を考え直し、少なくとも半年間くらいはこの地球上に争いというものはなくなっているのだろうと子供心に思っていたのだ。が、蓋を開けてみれば国と国の争いどころか、日本という同じ国の、同じ県の、同じの町の、同じ学校の中で罵倒と嘲笑が巻き起こり続けている。ドライな世間の人間たちにとってジョン・レノンの没後10周年などチャンチャラおかしい、どうでもいいクソ以下のイベントだったようである……。


 


 

 しだいに学校は休みがちになっていき、登校するのが限りなく苦痛なものになっていった。


 


 

 そんな私にも友達はそれなりにいた。小学生時代からの友達はもちろん、他校の生徒の中にも新しい友達はそこそこできた。が、それらはさざ波にすぎず、カサモト軍団による嘲罵の大波の前にはほとんど効果はなかった。


 


 

 また、手当たりしだいの罵倒をしなくなったあのクズノは、中学生になってからも私を目のかたきにし、私だけは執拗にののしり続けた。


 


 

 そんなクズノは“卑猥な大人の知識ナンバーワン”の人間として君臨していた。が、それにただひとり反論する生徒がいた。小学生時代からの友人のナガサキ(仮名)という奴である。『クズノなんかよりメシアのほうがずっといろいろなことを知っている!』とナガサキはいい続けた。


 


 

 そんなある日の学校の帰り道。クズノと一緒に帰ることになり、みんなでテレビの深夜番組の話題で盛り上がっていたときだ。ナガサキが『オールナイト・フジのさ……』といった次の瞬間である。


 


 

 「オールナイト・フジ!?AV女優が出るんだよ!」


 


 

 クズノはそれが当然のことのように、なんの迷いもなくはきはきといい放った。私は軽く穏やかに否定した。


 


 

 「出ないねぇ」


 


 

 それからクズノは押し黙り、とぼとぼと帰宅していった。しかし私の精神になにも影響を及ぼすことはなく、明日からも続く嘲罵にさらされる現実にため息をつくだけだった。


 


 

 また、ある日の帰り道。小学生時代の友人のハタカワ(仮名)という奴が、ぽつりとこのようなことをいったのだ。


 


 

 「……カサモトってやだよ。フォルクスワーゲン乗ってるんだーとかいって自慢すんだもん……」


 


 

 ははん、なるほど、そういうことか━━私は理解した。


 


 


 私は以前、ストーンズとプリンスの影響で右手でドラムをたたく癖がついたと書いたが、中学生になってもエアードラムの癖は抜けることはなかった。そんなあるとき、カサモトが『持ってんの?』と訊いてきたのだ。


 


 

 つまり『おまえの家にドラムを買えるだけの金があるのか?』というわけである。


 


 

 当時は毎日が苦悩の連続であり、クズノやカサモトのこうした言動の意味を深く推理することはできなかった。そして中学2年から学校へ行くことはなくなった。

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