逃げる人の心の声
独占欲。
その人を独占したいと思う心。
それが付き合う理由なんだとしたら。
「簡単なことでしょ? 誰にも盗られたくないと思ったら、この人は私のものですって言えるようにしちゃえばいいんだから」
盗られたくない。
私はそう思わなかった?
楽しげに笑う真理奈先輩に。
チョコを手に桃坂先輩に話しかける女の子たちに。
「さっき、俺が女の子にチョコもらってたでしょ? こころっちはそれ見てどう思った?」
頬杖をついてにこやかにそう尋ねる譲先輩の顔を呆然と見つめる。
どう思った?
別に。
「別になんともって顔だよね」
その通りです。
「じゃあ桃坂の時は? 女の子にチョコ渡されてる桃坂見て、こころっちはどう思った?」
そう譲先輩に問われて、抑えていた感情が揺り動かされたような気がした。
「嫌だったんでしょ? それが独占欲だよ」
確かに今日一日、私はいらいらもやもやしていた。
桃坂先輩に女の子たちが話しかけているという状況に。
それに対して何も言えない自分に。
理不尽なもやもやがずっと消えなかった。
それが独占欲。
まるで魔法のように、譲先輩の言葉はすとんと私の心の中に落ちていく。
そうかそうだったのか。
面白いように解けていく、こじれていた私の思考。
難しく考えることなんかない。
桃坂先輩が、私以外の女の子と仲良くすることに、心穏やかでいられるのかいられないのか。
ただそれだけ。
もちろん、未来のことを考えると、怖い。
好きな人を失うのはとても痛いから。
だけど、それ以上に、今、桃坂先輩と一緒にいられなくなるということの方が、もっともっと嫌でもっともっと苦しい。
じゃあ桃坂先輩と一緒にいるために、私ができることは……。
そこまで考えた時だった。
「佐倉!」
聞き覚えのある声が、私の名を呼んだ。
顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、見たことないくらい険しい桃坂先輩の顔だった。
怒ってる?
なにに?
てかなんでここにいるの?
混乱したまま呆然と桃坂先輩の顔を見ていると、先輩は怖い顔のままずんずんテーブルに近づいてきた。
「帰るよ。佐倉」
いつもより数段低い声でそう言うと、いつものように桃坂先輩の手が伸びてきた。
「!」
手を引っ込めたのは反射的だった。
それを見た桃坂先輩の眉がぐぐっと寄る。
怖さが倍増して、思わず顔が引きつった。
「佐倉?」
声、低っ。
こここ怖いんですけど。
それに私、桃坂先輩と一緒には帰れない。
だってこのままの流れでいったら、譲先輩と何を話していたのか言わなくちゃならなくなるのは確定で。
無理無理無理無理。
色んな意味でちょっとそれはハードル高すぎます。
「えっとあのその、私」
鬼みたいな顔をしている桃坂先輩を前に、この状況をどう切り抜けるか。
必死で考える私の視界のすみっこに、面白そうに私たちを眺めている譲先輩が映る。
引っ込めた手を反対側の手で抱きしめながら、そろそろと桃坂先輩と距離を置く様に立ち上がった私は。
「しし、失礼します~」
後ろも見ずに、一目散にその場から逃げだしたのだった。




