心がざわつくのです
世の中にクリスマスイブがあるのは知ってたけど、バレンタインイブがあるのは知りませんでした。
てかバレンタイン自体にあんまり興味がなかったしね。
でも今年はなんだか気持ちがざわざわして、落ち着きません。
桃坂先輩にもチョコを渡そうとする女の子が押し寄せてるなんて、知りたくもないのに事細かに教えてくれる委員長のせいだとか言わないけれど。
精神的な疲れを感じながら放課後の勉強を終え、玄関を出たところで譲先輩が女の子からチョコを渡されているのに遭遇しました。
ほんと、誰もかれもチョコチョコって。
うんざりした気分のまま歩きだす。
正直、今日は穏やかに譲先輩に接する自信ないしね。
「ちょっとー。こころっちー。なんで置いてくのー」
スルーできたと思ったのに、残念です。
あっという間に譲先輩に追いつかれてしまいました。
足の長さの差でしょうか。
息も切らさず私の隣に並んだ譲先輩はぷうっと頬を膨らませた。
「こころっち、俺がチョコ渡されそうになってるの、見てたでしょ? なんでスルーしたの?」
「いや別に」
興味ありませんし。
「俺はこころっちのチョコしか受け取らないからねっ。安心して」
「渡しませんけど」
「またまた~。こころっちの恥ずかしがり屋さんっ。明日は晴れて僕たちがカップルになる日なんだから~」
「夢は寝ながら見てくださいね」
「つめたいっ。こころっち、冷たすぎるよっ」
「じゃあさっきの女の子にあっためてもらえばいいんじゃないですか?」
「今日はいつもよりハードだねぇ。どうしたの? 桃坂が他の女の子からチョコもらってたのが、そんなにショックだった?」
「……」
突然突きつけられた桃坂先輩の名前に、咄嗟になんの反応もできない。
「あれ? こころっち? 大丈夫?」
そんな酷い顔をしたんだろうか。
黙ってしまった私の顔を見て、譲先輩が急に慌てだした。
「あ、ほら。ちょっとコンビニ寄って行こう。あったかい飲み物おごってあげるから」
ずるずると引きずられるようにコンビニのイートインコーナーに連れてこられてしまいました。
イートインコーナーにはM高の男子生徒が一人座っていたけど、私たちと入れちがいに店を出ていった。
いや私ももう帰りたいんですけど。
「ちょっとだけでいいから。あったかいもの飲んでから帰ろう」
まるで懇願するような譲先輩の顔に、仕方なく椅子に腰を下ろした。
「はい。あったかいココアどうぞ」
小さなイートインコーナーの椅子に、大きな体を丸めるように譲先輩が座った。
こういうときは小さい方が得なんだよな。
窮屈そうな先輩の様子に、そんなことを考える。
きっと桃坂先輩なら、普通に座っても全然余裕なんだろうな。
今は桃坂先輩のことを考えたくないのに、自然と桃坂先輩の笑った顔が胸に浮かびあがる。
「で、こころっちに質問。何がそんなに悲しいの?」
悲しい?
譲先輩の言っている意味が分からずに首を傾げる。
「そんな悲しそうな顔してて、自覚なし? うーん。じゃあ質問変えるね? こころっちは桃坂のことがそんなに好きなのに、どうして距離を置こうとしてるの?」
直球で来た譲先輩の質問に、思わずぴきんと固まってしまった。
「これもダメ? じゃあさ、こころっちが桃坂と付き合わない理由って、なに?」
付き合わない理由。
それは。
「付き合う理由が、分からないからです」
結局、そうなんだ。
一緒にいて、お互い楽しい。
それは付き合っていても、付き合っていなくても、変わらない。
なら、どうなるか分からない未来を約束することに、何の意味があるんだろう。
たくさんたくさん、考えた。
でも結局いきつくのは、そこなのだ。
「付き合う理由? そんなのが分かんないの? こころっち」
そんなのって言い方、ないよね?
そりゃ譲先輩や真理奈先輩のような人にとっては、簡単なことなのかもしれないけど。
心底呆れたような譲先輩の声に、思わずカチンときて譲先輩を睨んでしまった。
なのに譲先輩は楽しそうな顔でにこにこ笑って、長い指先で私の頬を突っついた。
「そーんな可愛い顔しないの。付き合う理由なんて簡単でしょ? 独占欲だよ」
ドクセンヨク?




