甘くて苦い想い
「ここー。久しぶりー」
日曜日、約束通り理子先輩がマンションにやってきた。
わーい。
理子先輩と二人きりなんてほんと久しぶりー。
テンションアゲアゲですー。
「おじゃましまーす。わー、すごい。広いお部屋ねー」
理子先輩が私のお部屋に。
その光景になんだか感動します。
「どうした? 元気だった? お昼に一緒に食べなさいって、お母さんがサンドイッチ作ってくれたのよ」
理子先輩の頭撫で撫でよしよし、うれしいですっ。
「理子先輩、材料それだけなんですか?」
トリュフを作ると言う理子先輩の持ってきた材料は、どう見ても少なかった。
五人分取れればいいくらいかな。
クラスの女子や理子先輩、果てはきっとねだりに来るであろう真理奈先輩たちに渡す分も作る私の材料とは比較にならないくらい少ない。
「うん。今年の友チョコは市販品にすることになって……」
そう言う理子先輩の背後に、佐藤先輩の氷の微笑が見えたような気がした。
「えっと、それは、その、佐藤先輩が?」
「あー。うん。私の手作りチョコは自分以外の人には食べさせたくないって我儘言うから」
あー、のろけですね?
視線を彷徨わせながらほんのり頬を朱に染めて、そう言う理子先輩は、困っているのになんだか嬉しそうでもあった。
「桃坂くんはそこまで独占欲が強くなさそうで、いいよね」
いやいや。
そんなことないかも知れません。
佐倉の手作りチョコを食べる男子は俺だけとか言ってましたから。
そんなことを思っていたら、不意に桃坂先輩の口を尖らせた顔が脳内再生されて。
…………っ。
「そうでもない?」
勝手に赤くなった私の顔を見て、理子先輩が楽しそうに笑った。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
わいわい言いながらチョコを作り終えて、理子先輩の持ってきてくれたサンドイッチで昼食タイムです。
「相変わらず佐藤先輩は溺愛彼氏ですねー」
チョコ作りの間、理子先輩の鞄の中でメッセージ着信をひっきりなしに知らせていたスマホの画面をチラリと見ると、佐藤先輩の名前がずらりと並んでいた。
重いよ。佐藤先輩。
理子先輩が私のところに来ていることは、知ってるはずでしょう。
「あー、心配性なのね。きっと色んな女の子を見てきたからかな」
なるほど。
中には嘘をつくような女の子もいたってことなのかな。
「バレンタインも近いし、理子先輩は心配じゃないですか?」
佐藤先輩に憧れてる人たちって、佐藤先輩をもはやアイドルとして見ているところがある。
さすがに学校で佐藤先輩の溺愛ぶりを見ている人たちはそうでもないけれど、他校の子の中には、佐藤先輩はみんなのものなんだから好きになって何が悪いのと、彼女である理子先輩の前で悪びれる様子もなく佐藤先輩に近づこうとする子がいる。
去年まで佐藤先輩は来るもの拒まずでチョコを受け取っていたみたいだし、今年もバレンタインは大変なんじゃないかなあ。
「心配と言えば心配だけど、仕方ないしねぇ」
「仕方ない、ですか?」
つまりそれは諦めているということなのかな。
「ん? ああ、ちがうよ? 悪い意味の仕方ないじゃなくてね」
理子先輩はサンドイッチをパクリと一口食べて微笑んだ。
「どこから説明したらいいかな。えーとね、佐藤くんと付き合うって決める前から、佐藤くんと付き合ったら大変そうってことは当然分かってたんだよね」
「そうですねぇ。よく決心したと思います」
「うん。でもね、決心と言うか、ちがうんだよ。ここ。決心じゃなくて『仕方ない』んだよ」
「決心じゃなくて、仕方ない???」
どうしよう。
理子先輩の言ってることがよく分からない。
思わず眉を下げてしまった私の顔を見て、理子先輩が困った顔で笑った。
「改めて言うのも恥ずかしいんだけど、仕方ないっていうのは、『大変なのが分かっていても一緒にいたいっていう気持ちが止められないから仕方ない』っていう意味なんだよね」
「……」
「どんなに理不尽な目にあっても気持ちを止められない。多分それが恋ってものなんだと思う」
じゃあ私が桃坂先輩のことを好きだって気持ちは、恋じゃないのかな。
好きだという確信を持っていながら、色んなことを考えて飛び込んでいけない私は、恋する資格なんてないのかも知れない。
「ふふ。また考え過ぎてる」
そう言って理子先輩は私の眉間を人差し指でぐりぐりした。
「大丈夫だよ。まだその時じゃないだけだから」
「その時?」
「うんそう。恋って自分で選んでするものじゃなくて、しちゃうものだから。だからその時が来たら、自然に恋してる自分に気が付くから、心配しなくて大丈夫」
「その時って、いつなんですか?」
「いつかなあ。それは神様しか分からないことだよね」
「神様……」
「だから、逃げないでね。ここ。桃坂くんからも、自分からも」
「……」
理子先輩が味見にと口の中に放り込んでくれたトリュフチョコは、甘くて苦い味がした。




