尋問してるはずが尋問されちゃってるのはなぜでしょう
「で、なにがどうなって、理子先輩落ち込んでたんですか?」
先輩たちがそれぞれの飲み物を持ってきて席に着くと、早速私は尋問を開始した。
理子先輩にひどいことしたら、私が許さないんだからね。
「落ち込んでたって、ここちゃん、分かるの?」
佐藤先輩が意外そうに尋ねる。
いや、聞いてるのは私なんだですけど。
質問に質問で返すのは、反則だぞ。
「分かりますよ。理子先輩、落ち込むとやたらテンションがおかしくなるんですよ」
私がそう答えると、佐藤先輩が儚く微笑んだ。
「そうなんだ。ここちゃんは一之瀬さんのこと、本当によく知ってるんだね」
「そりゃまあ、生まれた時からお隣さんで、姉妹のように育ちましたから」
理子先輩との付き合いは私の年齢とイコールなのだ。
去年一年間は、ブランクがあったけど。
あ、やだ。嫌な思い出が。
「へー。うらやましい。僕も一之瀬さんのお隣に生まれたかったな」
佐藤先輩、目が完全に現実逃避してるよ。
「あれ? でもじゃあなんで一之瀬はバスに乗っていったんだ?」
お。冷静ですね。桃坂先輩。
確かに、お隣さん同士なら理子先輩もバスに乗らずにここにいるはずですよね。
そこへ山盛りのポテトと和膳定食が運ばれてきた。
おいしそ~。
私は手を合わせてから箸を手に取った。
いっただきまーす。
ああ、質問されてたんですね。
「理子先輩は二年前、高校進学と同時にこっちに引っ越したんです。だから今はもうお隣さんじゃありませんよ」
もぐもぐ。
ん~。おいしい~。
家にいる時は煮物や煮魚が出るとハズレって思ってたけど、本当は手間もかかるし、簡単な洋食よりよっぽどごちそうなんだよね~。
「こっち? 佐倉のマンションって駅の近くだったよな?」
「え? あ、はあ……」
「ふうん?」
「……」
しまった。
ご飯に集中して、なんかまずい返事をしてしまったかも。
何度も一緒に帰っているから、桃坂先輩は私が住んでいるマンションを知っている。
もし理子先輩がいま私が住んでるマンションのお隣から引っ越したのなら、こっちに引っ越したなんて、そんな言い方しない、かも。
美味しかったはずのホウレンソウの胡麻和えが、急に味を失った。
「ってことは、お前んちも引っ越ししてるの?」
「えーと、そうですねー。引っ越しました」
引っ越したのは私だけですが。
別に叔母の涼子ちゃんのところに下宿してるのを隠したいわけじゃないんだけど、それを説明すると色々付随して話す羽目になりそうで嫌なのだ。
「ふーん。で、ご飯を作って待っててくれる家族はいないの?」
いや。いないという訳ではない。
一応同居人はいるんだし。
だけど。ご飯は。
「……えーと」
こういう時、テンパって上手いこと言えない自分の脳が残念すぎる。
「じゃあさ、昨日の夕飯はなに食ったの?」
昨日は、コンビニのおにぎりと、とり肉入りサラダもつけちゃったよ! 豪勢でしょ!
ああ、ダメだ。上手い言い逃れ考えてると、折角の和膳定食が味わえないよ!!
答えに窮する私を見て、眉をひそめる桃坂先輩。
いやいや、問い詰めてるのは私のはずでしょ?
なんで問い詰められてるの? 私。
しょうがない。
昔から嘘や言い訳が超苦手で、嘘をついてもすぐに看破され続けてきたんだよね。
和膳定食ちゃんに集中するために、私は言い訳を考えることを放棄した。
諦めが早いのは昔からなのです。
「私、実家は遠いから叔母のところに下宿してるんです。叔母は市民病院の外科医をしてて、生活が不規則だから、普段は自分でご飯作ってます。でもこの頃文化祭の準備で下校が遅いから、テキトーに」
あんまり自分のことについて語りたくはないんだけど、本当のことを話さないと確実にボロが出そうだし。
大雑把そうに見えて意外に細かい桃坂先輩は、そういうところを見つけるの得意そうだもんなあ。
自炊は叔母の涼子ちゃんのところに下宿すると決まった時からの約束事だ。
宿直や、夜中の緊急呼び出しの多い涼子ちゃんは、ほとんど病院で生活しているようなものだから、自分のことは自分でする。
私にとっては、受け入れてもらうことの方が大事だったから、全然平気。
もういいでしょ? と視線で訴え、私は食事に集中する。
いやそうじゃなかった。
「だからなにがどうなってるのか、すぱっと白状しちゃってくださいよ。佐藤先輩」
私が食べ終わるまでにね。
「誤解なんだ……」
額に片手を当てて、うつむく佐藤先輩。
狙ってます?
ほんと、絵になりますねー。
周りの席が全て女性客で埋まってるのって、やっぱ偶然じゃないよね。
「誤解って、なにがです」
「文化祭を目前に、佐藤の彼女争奪戦がヒートアップしちゃったんだよ」
ごにょごにょとつぶやく佐藤先輩のフォローに回る桃坂先輩。
いいコンビです。