葛藤
月曜日。
いつもの時間に部屋を出る。
マンションから出ると、当然のようにそこにあった笑顔を、無意識に探していた。
なにやってるんだろ。
時間がほしいって、自分で言ったくせに。
それでも歩きだす前に、後ろから慌てて走ってくる人影がないか、確かめずにはいられなかった。
いつもより冷たく感じる風を頬に受け、私は足早に学校までの道を歩いた。
約束通り、学校でも桃坂先輩は私に近づいてくることはなかった。
通学路でも、桃坂先輩のお家でも。
さっちゃんも、委員長も、ちょっと不思議そうな顔をしていたけれど、何も言わずにいつものようにそばに居てくれた。
夕飯は言われていた通り、ちゃんと桃坂先輩の家に食べに行ったけれど、桃坂先輩は遅くなるから先に食べているよう律子さんに言われ、律子さんの車でマンションまで送ってもらった。
きっと不思議に思っているはずなのに、律子さんは桃坂先輩のことには何も触れずに、たわいもない話をしながら運転をしてくれた。
私の周りって、本当に優しいひとばっかりだよね。
私も一歩踏み出したい。
大切な人を大切な人だと、声に出して、堂々と先輩の隣で笑っていたい。
だけど。
そう心を決めた次の瞬間には不安が波のように押し寄せる。
今好きだという気持ちが真実だとしても、この先その気持ちが変わらないという保証はないんだよ?
私を大事にしてくれたおばあちゃんも、私の親友だと言ってくれたりっちゃんも、隣に住んでいた理子先輩も、みんな私のそばから離れていってしまった。
桃坂先輩だって、あと一年もすれば遠くに行ってしまう。
置いていかれる悲しみを、また味わいたいの?
桃坂先輩は大切な人なんかじゃない、と。
ただ高校生活というほんの少しの時間、一番近くにいた人だ、と。
そうしてしまえば、離れてしまっても楽しい思い出は、きっと私の中で色褪せずに生き続けるにちがいない。
わかっている。
だけど。
好きだと言ってくれた先輩に、友達でいたいと伝えて、私は今まで通り先輩の隣で笑っていられるのかな。
私にはどうしても分からない。




