やり直すということの意味
桃坂先輩がやり直すと宣言した日から、やたら人前で手をつなごうとしたり、頭を撫でようとしたり、過剰気味だったスキンシップがぴたりと止まりました。
つまり『やり直す』とは、私たちの関係を普通の先輩後輩に戻すことだったんだ。
朝と帰りは一緒だけど、もう私たちは手をつないだりはしない。
普通に肩を並べて、普通にその日あったことなんかを話しながら、普通に歩く。
お昼休みの襲撃も半分くらいに減った。
ふと運動場を見ると、友達と楽しそうにバスケをしている先輩を見かけることが多くなった。
そうやって遠くから先輩を見ていると、まだ言葉を交わしていなかった時に戻ったみたいで。
あの頃は、桃坂先輩を見かけるとラッキーって思ったっけ。
いつも友達に囲まれて、いつも大きな口を開けて笑っている先輩を見ているだけで、なんだか幸せな気持ちになれた。
でも今こうやって遠くから桃坂先輩の姿を見ると。
どういう訳か少し胸が苦しい。
私はここにいるのに、全然気が付いてくれないことが、なんだかすごく、すごく……。
いやいや感傷的になるな私。
これでいいんだ。
これが正しい形なんだ。
こんなことで淋しいと感じるのは、あまりにも冬休みに桃坂先輩の近くに居過ぎただけ。
桃坂先輩の言う通り、ちゃんとやり直せば、何も感じることはなくなるはず。
そんなある日。
「ねえ、佐倉さんって桃坂先輩と付き合ってないってほんと?」
廊下で話しかけてきたのは隣のクラスの女の子だった。
えーと。名前呼ばれたけど、私あなたのお名前知りません。
どう返答しようか考えていると、彼女は私の返事を待たずに話し続けた。
「私の後輩が桃坂先輩紹介してくれって前からうるさいんだよね。ほんとだったら紹介してやってくれない?」
「えっ? 紹介?」
私があなたの後輩を先輩に?
知らない人をですか?
「佐倉さんと桃坂先輩はちゃんと付き合ってるよ。後輩にもそう言っておいてくれる?」
いつの間にか委員長が私の背後にいたらしい。
委員長の言葉に彼女は「あ、そう。ならいいんだ。ありがと」と言って去って行った。
あっさりしてるんですね。
そう思って彼女の後姿を見送っていると。
「ねえ。ほんとのとこ大丈夫? なんか最近ラブラブ度が下がってるみたいに見えるんだけど」
委員長がそう尋ねてきたけど、どう答えたらいいのかな。
一応つきあってることになってる状況は継続中なんだろうか。
答えあぐねる私に、委員長は苦笑した。
「ごめん。他人がどうこう言うことじゃないよね。でも結構桃坂先輩って人気あるからさ。ちょっと心配で」
いい人ですね。委員長。
そうだよね。
桃坂先輩の彼女になりたいと思ってる子は、たくさんいるんだろう。
いつかはそんな子の中から誰かが、桃坂先輩の『特別な彼女』になる時が来るのかもしれない。
胸に何かが詰まったように苦しくて。
私はそっと息を吐いた。
そんな一週間が過ぎた金曜日。
夕飯を食べて、マンションに送ってもらう途中。
「明日なんか用事ある?」
この頃スタンダードになってきたポケットに両手を突っ込むスタイルで私の隣を歩いていた桃坂先輩がそう言った。
「別にありませんけど」
「じゃあ遊びに行こうぜ。明日九時半にマンションの下な」
ざっくり遊びに行こうと桃坂先輩が言うのは珍しい。
大抵、映画に行こうとか、ゲームセンターに行こうとか、いつもはちゃんと行先を言うのに。
「遊びにですか?」
「うん。動きやすくてあったかい恰好してきて」
「動きやすい……?」
何する気だろう。
「ああ。別に運動するわけじゃないから、普通の恰好でいいよ」
「はあ。どこへ行くんですか?」
私が尋ねると、桃坂先輩はふふっと笑って人差し指を口元に当てた。
「ひ・み・つ」
「……」
いたずらっ子のように笑う桃坂先輩は、とってもプリティーです。
「明日は晴れるといいなー」
またポケットに手を突っ込んだ桃坂先輩が空を見上げて言った。
その言葉につられて夜空を見上げると、たくさんの綺麗な星がはっきりと見えた。
「これだけ寒いと星が綺麗に見えるなー」
ほらあれ何座かわかる? と空を指さす桃坂先輩。
動物博士だと思っていた桃坂先輩が、星座博士でもあるということを、今日初めて知りました。
寒いから早く帰りましょう。




