覚悟ってなんでしょう
桃坂先輩の中では、私とすでに付き合っていることになっているらしい。
うすうすそんな感じはしていたけれど、言葉にして聞くと衝撃です。
目を見開いて固まる私を見て、桃坂先輩は首を傾げた。
「え? あれ? だめなの? まさかとは思うけど、佐倉って誰か他に好きな奴いる?」
いやそういうんじゃないんですけど。
「ちょっと待って。これまさかの振られるパターンとか? いやでも」
口元に手を当ててぶつぶつ言いだす桃坂先輩。
どうしよう。
なんだか果てしなく嫌な予感がするんですけど。
「あのさ、もしかして佐倉ってさ、俺といて楽しくない?」
「そういうことでは、ないんですけど」
「そういうことじゃないってどういうこと? イエスかノーで答えてくんなきゃ分かんないよ」
「えっと」
「楽しい? 楽しくない?」
「……その二択でいえば楽しい、ですけど」
「良かったー。佐倉は俺といて楽しいんだよね?」
桃坂先輩は、片手で胸を押さえてほっとした顔をした。
いやそんなに喜ばれると、なんというか居たたまれないというか。
「じゃあさ、佐倉はどこが不満なの? お互い一緒にいて楽しいなら、付き合ってるでいいんじゃない?」
そんな単純なものなんだろうか。
一緒にいて楽しいから付き合っている。
じゃあ気持ちが変わっちゃったら?
すぐにじゃあねって別れればいいだけの話なのかな。
桃坂先輩にとって付き合うってそんなに簡単なことなの?
「俺はさ、佐倉のこと……」
突然桃坂先輩が言葉を切った。
顔をこっちに向けたまま、ビックリしたみたいに目をまん丸にして固まっている。
「せ、せんぱい?」
どうしたんだろう。
焦点を結んでいない先輩の目の前でひらひらと手を振ってみる。
「あああああああああああああああああああああっ」
急に目の前で叫びださないでください。
びっくりするじゃないですか。
耳がきーんってなってます。
「俺さ、俺、言ってないよね?」
「はあ? 何をですか?」
「だからさ、だから俺……、うわー。そうか」
そう言って頭を抱え込む桃坂先輩。
なんだか見たことないくらいの壊れっぷりだ。
よく分かんないから正常に戻るまで待ってみよう。
「よし。分かった」
しばらく待っていると、突然桃坂先輩が顔を上げた。
はいはい。
やっとこの状況がなんかおかしなことになってるって分かってくれたんですよね。
「やり直すから」
桃坂先輩はそう言って私の顔にびしっと人差し指を突きつけた。
は?
「覚悟しとけよ。佐倉」
なんで果たし状みたいなことを言ってるんでしょう。
首を傾げる私の返事を待たずに、桃坂先輩はすっくと立ち上がった。
「寒いから帰ろう」
そう言って私を見た桃坂先輩は、なぜか自分の左手を顔の前にかざしてマジマジと眺めた。
何やってるのかな。この人。
「先輩?」
不思議に思って呼びかけてみると、桃坂先輩はおもむろに両手を制服のポケットに突っ込んだ。
「なんでもない。行くよ」
私が立ちあがると先輩はゆっくりと歩きだした。
その日から、私の隣を歩くとき桃坂先輩はいつも制服のポケットに両手を突っ込むようになった。
そんなに寒いなら手袋プレゼントしましょうか?




