つきあってはないと思うのですが
理子先輩たちと別れて、桃坂先輩と二人冬空の下を歩いていてふと右手が温かいのに気がついた。
あれ?
いつの間に手つないでたっけ。
まさか理子先輩たちがいる時からつないでないよね?
自覚がないところが、我ながら怖いんですけど。
ちらりと目を掠めた、通りすがりのお店のウィンドウに映る私たちは、どこからどう見ても立派なカップルに見える。
ちがうよね?
私たち、付き合ってることになってるだけだよね?
『佐倉は俺の特別』
桃坂先輩はそう言ったけど。
特別ってなに?
『特別』って女の子が限りなく舞い上がっちゃいそうになる言葉なんだけど。
『好き』とは言われてないんだよね。
つい先日、お兄さんが帰っていったあとで『付き合ってるでも付き合ってることにするでもどっちでもいいじゃん』的な発言があったけど、いやいや、全然ちがうから。
最近の桃坂先輩の態度は、どう考えても仲のいい後輩に対するものを遥かに超えているような気もしないではない。
それでも『付き合って』も『好き』もなしで、私たち付き合ってますなんて絶対言えませんから。
なら、もしまっすぐに『好きだ』と言われたとしたら。
私はその言葉をすんなりと受け取れるんだろうか。
好きという見えないものを信じて、心穏やかに笑っていられるんだろうか。
嫌われることに怯えて、自分が自分を見失うことだけは、もうしたくない。
だけど、もし気持ちを返すことができなかったら。
もう私はこの手を掴むことはできなくなるということになるのかな。
今、当たり前のように右手に感じる温かさがすごく大事なものに思えて、思わずきゅっと手に力が入ってしまった。
「どした? 寒い?」
不思議そうな顔で桃坂先輩が私の顔を覗き込む。
「あゃいや。べべべつになんでも。久しぶりの学校で疲れたなあって」
「あはは。お前、一之瀬に会ったらテンション上がってたもんなぁ」
とっさに出た言い訳だったけど、桃坂先輩は気にする様子もなく笑ってくれた。
「そういやさ、佐倉って義理チョコとか配るの?」
「え? 義理チョコですか? 友チョコは交換すると思いますけど」
「友チョコってなに?」
「えーと友達同士で交換するチョコです」
「友達って、同性限定?」
いやあ。それはどうなんだろう。
友達だったら男の子でも全然構わないんじゃないかな。
となると、義理チョコと友チョコのちがいって何なんだろう。
「男にもあげんの?」
なんとなくだけど桃坂先輩の声が低くなったような気がした。
これは何と返せば正解なんだろう。
第一、その『男』の中に桃坂先輩は入るんだろうか。
てかそれって義理チョコになっちゃうの?
頭が混乱して答えあぐねていると、桃坂先輩が突然足を止めた。
「えっと、先輩?」
桃坂先輩の顔を見上げると。
うわ。不機嫌になってる。
てか拗ねてる?
「ちょっと家に帰る前に話しよ」
そう言って桃坂先輩は私の手を引いたままコンビニの隣にある小さな公園に入っていった。




