あったかい布団は危険です
今回のお話はこころ視点です。
うーそーでーしょーーーー!!
桃坂先輩の腕に抱き込まれて数分も経たないうちに、先輩の安らかな寝息が聞こえてきた。
この状況でなんで寝られるの!?
信じられない思いで桃坂先輩の顔を見上げる。
ちーかーいーしーーーーー!!
桃坂先輩は豆球を点けて寝る派らしく、部屋の中は完全な闇ではない。
よって薄闇の中、信じられないくらい近い場所に桃坂先輩の喉仏と顎先が見えた。
やーめーてーーーーー!!
反射的に逃げようともがいたら、桃坂先輩がうーんと唸って余計に抱き込まれてしまった。
ひーーーー。
ほっぺたが桃坂先輩の胸元にぎゅうっと押しつけられて気が遠くなる。
このまま気を失ってしまえば楽なんだけど。
頭の片隅でそんな声が聞こえた。
いやいやいや待て。
諦めるな私。
大体同じ屋根の下、同じ高校の男女が、別々の部屋で寝ているというだけでも充分まずい状態だというのに、なにこれ同じ布団の中って。
ぜえったいダメだよ。
なんとか脱出しないと。
桃坂先輩が熟睡するのをひたすら息を詰めて待つ。
規則正しい寝息。
桃坂先輩の胸にくっついた耳からは、同じく規則正しい心臓の音が聞こえる。
抱き込まれていても不思議と苦しくはない。
ちょうど桃坂先輩の両腕と胸の間に出来た空間にすっぽりと収まっていて。
なんだろう。すごく懐かしい感覚。
そうだよね。こんなに他人と密着するなんて、うんと小さな子供の頃以来だ。
おばあちゃん子だった私は、寝るときもおばあちゃんと一緒で、その時もこんな風におばあちゃんに包まれるみたいに寝るのが大好きだったっけ。
…………。
はっ。
ダメだ。一瞬寝かけた。
こんな状況で一瞬でも眠りに落ちかけた自分の神経が信じられない。
やっぱり一刻も早く脱出しなければ。
そーっと細心の注意を払って、桃坂先輩の腕から体を引きぬく。
相当深い眠りに入ったのか、桃坂先輩は目をつむったまま動かない。
らっきー。体が完全に自由になった。
あとはどうやって桃坂先輩を乗り越えてベッドから下りるかだ。
私はベッドに座り込んでしばらく考える。
乗り越えるのは危険だよね。
下手すると桃坂先輩の上に落下しそうだし。
となると残る手段は桃坂先輩の足元を回って下りるしかない。
よし。決行だ。
私はそーっと体を起こし、四つん這いの体勢になる。
そのままそろそろと後退しようと手足に力を入れた時、ぎしっとベッドが軋む音がした。
それほど大きな音ではなかったけれど、私をビビらせるのに十分だった。
息を詰めたまま、桃坂先輩の顔を窺う。
よかった。目は覚めてない。
止めていた息をそっと吐き、再度脱出を図ろうとした時だった。
「寒い」
桃坂先輩が突然声を出した。
えっ!? と思う間もなく、桃坂先輩の腕が伸びてきて、私はまたしても布団の中に引っ張りこまれた。
うそでしょーーー!!
寝てたよね?
絶対熟睡してたよね?
なんでそんな反応いいの!?
いつも起こそうとしても全然起きてくれないでしょ!!
そろりと見上げた桃坂先輩は、やっぱり気持ちよさそうに寝ている。
至近距離で見るのにも、ちょっと慣れてきた自分が怖いよ。
前にも思ったけど、目を瞑っている先輩って、妙に甘さが消えて別人みたいに見えるよね。
元気いっぱい笑う太陽みたいな桃坂先輩。
口を尖らせて子供みたいな顔で怒る桃坂先輩。
きゅっとくちびるを結んだ真面目な顔の桃坂先輩。
桃坂先輩の色んな顔が、頭に浮かぶ。
この角度で見る桃坂先輩の寝顔も、私の記憶の中に、残るんだろうか。
一年前までは全く存在も知らなかった人と、こんな密着することになるなんて、ほんとに人生って分かんない。
もし、麻友とのことがなければ、きっと会うこともなかった人。
いや。だけど桃坂先輩と理子先輩の接点はあったんだから、もしかしたら私がここに来なくても、いつかは会う運命だったんだろうか。
そんなことを考えていたら、桃坂先輩の口元が微かに動いた。
笑った?
じっと見ていると、微かな笑みを浮かべた桃坂先輩のくちびるがゆっくりと動く。
「さくら……」
先輩の胸にくっつけられた耳から響く声はいつもよりずっと低くて。
全身が真っ赤になるくらい、どきどきした。
「……食い過ぎ」
「……」
「……」
なに勝手に人が食べ過ぎてる夢見てるんだー!?
食べすぎなのは桃坂先輩でしょー!!
私のドキドキを返せっ。




