緊急事態発生
俺の眠りは結構深い。
一旦眠るとなかなか目が覚めない。
母ちゃんや佐倉が俺を起こすのに苦労してることには、うすうす気が付いている。
その俺が朝でもないのに、ふと目を覚ました。
ぼんやりした頭で辺りを見回す。
まだカーテンの向こうから光が差してくる様子はない。
なんでこんな時間に目が覚めたんだろう。
そう思いながらも、頭は再び枕に沈み、浅い眠りがじわじわと脳を侵食していく。
「……っ」
声というものでもなかった。
でもそれは眠りかけた頭に、一瞬引っかかった。
その途端に、眠気は吹っ飛んだ。
がばっとこれまでにない寝起きの良さで布団をはねのけ、ベッドを下りる。
俺は何の迷いもなく、佐倉が寝ている部屋のドアを開けた。
「あ~れ~? 静流~? じゃあこれは誰?」
佐倉の寝ているベッドに腰を下ろしている見覚えのあるシルエットが呑気な声を出した。
すぐそこにある照明のスイッチを押すと、部屋がぱっと明るくなった。
「あれ? 女の子? 妹生まれた?」
ベッドの端っこで布団に包まって固まっている佐倉を見て、兄貴はバカなことを言った。
こいつ、酔っぱらってるな。
「なに勝手に帰ってきてんの? ふざけんなよ」
自分でも驚くくらい低くて不機嫌な声が出た。
「やだー。静流くんこわいー。母さんに電話したんだけど出なくてさー」
「母ちゃんたちはばあちゃんが骨折したって聞いて病院に行ってる」
病院だから電源を切ってたのか。
じゃあ自宅に電話しろよ。
「あー。なんか怯えちゃってるよね。ごめんねー。僕、桃坂雅人。静流くんのお兄ちゃんだよー」
どこまで正常に脳が働いてるんだろうか。
兄貴がにへらと笑って、まだ固まっている佐倉の頭に手を伸ばそうとした。
ぷつん。
俺の中で何かが切れた。
「触んな。バカ兄貴」
佐倉の頭に触れる寸前で、俺は兄貴の腕を払いのける。
そのまま体を兄貴と佐倉の間に割り込ませて、佐倉を布団の中から引っ張り出した。
「せせんぱい」
驚くほど冷たくなっている佐倉の手を引いて、部屋を出る。
背後で兄貴が「ごめんねー」と呑気に言うのが聞こえた。
兄貴に触られそうになった佐倉を見て、突発的に佐倉を部屋から連れだしてしまったが、よく考えたら兄貴を部屋から追い出した方が良かったかも知れない。
だけどどうしても兄貴の気配の残る空間に、佐倉を一人残すのは嫌で。
「えっ。先輩?」
とにかく廊下は寒い。
俺は佐倉の手を引いて自分の部屋に戻った。
あわあわしている佐倉を自分のベッドの奥の方に無理やり押し込む。
あー寒い。
俺も布団の中にもぐりこんだ。
「せせせせんぱい。なんで一緒に寝るんですか」
「なんでって、他に寝るとこ考えるのめんどくさいし寒いし俺眠いしじゃあおやすみ」
「ちょちょっと、寝ないでくださいよ。ここから出してください。私リビングで寝ますから」
「なんで? さみーじゃんよ。それに兄貴がいつ来るか分かんないところで寝かせらんないし」
「いやでもこれは」
「うるさいよ佐倉。俺は寝るから」
「せんぱ……」
佐倉と話をしている間にも、俺の眠気はどんどん俺の意識を奪っていく。
でもやっぱシングルベッドだから狭いな。
いくら佐倉と俺がちっこくても、ふたりで並んで寝ると片腕がはみ出してしまう。
本能的に俺は寝返りをうって、佐倉の方にはみ出した腕を持っていった。
「ひゃ……」
佐倉が何か言ったが、ほぼ眠っている俺には届かない。
てかなにこれ。あったかくて柔らかくて抱き枕にはもってこいだな。
もぞもぞと抱き枕がもがいていたが、俺はあっという間に安らかな眠りに墜ちていった。




