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ふたりきりの風景4

「なにか怒ってます?」


 ふと気が付くと、佐倉が俺の顔を覗き込んでいた。

 その困ったような顔に、いつの間にか自分が眉間にしわを寄せていたことに気が付く。


「あ? いや。別に佐倉に怒ってるわけじゃないんだけど」


 俺がそう言うと、佐倉は不思議そうな顔をしながらも、料理に戻っていった。


 別にいいんだよ?

 それぞれの家の事情っていうものは存在するんだし、俺のように当たり前のように母ちゃんに世話されてる家ばっかりじゃないっていうのは理解出来る。

 だけど、まるで自分はいらない子供だった、と言わんばかりの佐倉の口ぶりに、腹が立った。

 いや。佐倉じゃない。佐倉にそう思わせた大人たちにだ。

 


 と同時に、今まで疑問に感じてきた佐倉の行動や反応の一つ一つが腑に落ちた気がした。

 文化祭で三年の先輩に絡まれたことだって。

 夏輝にケンカを売られたことだって。

 俺に端を発しているんだから、俺に助けを求めても文句を言っても構わないのに。

 何も言わずに何もなかったような顔をして黙っていた佐倉。


 なんでこいつ人に甘えないんだろう。

 なんでこいつ何もかも呑みこもうとするんだろう。

 なんでこいつ自分に自信を持てないんだろう。


 でも佐倉の話を聞いて何となく分かった。

 

 佐倉はきっと、自分の存在に自信がないんだ。

 佐倉がもっとわがままで自分中心の子供か、それともぼんやりしているような子供だったら、親が忙しそうだろうが疲れていようが関係なかっただろう。

 私のことも構ってよ! と要求することもできたはずだ。

 けど佐倉は素直で、大人の言うことをよく聞く子供だったんだろう。

 わがままを言うなと言われたら、じっとそれを抑え込んでしまうような。 

 いい子でいろと言われたら、いい子でずっと居続けようと努力するような。

 

 大人にいい子だと評価されるためには、他人と争う訳にはいかなかったはずだ。

 誰もに好かれるいい子でいるために、問題を起こさないいい子であるために。

 きっと佐倉は本当に欲しいものでも、人に譲ってきたんだろう。

 争わないために。

 最終的には自分の居場所でさえ。





「ほら。桃坂先輩。もう出来ますよ。お皿出してください」


 気がつくとカレーのいい匂いが部屋に漂っていた。

 佐倉に急かされ、食器棚から二人分の皿を取りだす。


「俺大盛りな」

 

 と言うと、佐倉は呆れたように笑った。

 食べ盛りなんだから仕方ないだろ。

 男子高校生の食欲を見くびるなよ。

   

 

「うわ。うまそー」 

 

 ここにいない人間のことでいつまでも怒っていても仕方ないし、第一美味しそうな匂いのカレーを目の前に置かれたら気持ちは勝手にカレーに切り替わっていた。

 あんまり辛いのが得意じゃない俺にピッタリの中辛のカレーは本当に美味しくて、おかわりしようとしたら佐倉が恐ろしそうな目で俺を見た。


「律子さんたち、まだですかねぇ」


 まだ一杯目のカレーをちまちまと食っている佐倉が時計を見てつぶやいた。

 時間は午後八時。


「これは帰ってこないかもな」


 俺が何気なくつぶやいた言葉に、佐倉がぎょっとした顔をする。


「えっ。なんでですか!?」

「えー。だってばあちゃんち、県外だから車で四時間以上かかるし。山奥だから雪が降ってるかも知れないし」


 こっちのアスファルトだって、昼間降っていた雨とこの冷え込みで、夜中には凍るかも知れない。

 父ちゃん冬タイヤに替えてあるのかな~。


「……帰ってこない」


 ふと気が付くと、佐倉は食べるのを止めて、なにやら深刻な顔で考え込んでいた。

 あー。こいつがこういう顔になると、ろくなこと言いださないんだよな。


「……じゃあ先輩、私、ご飯食べ終わったら今日はマンションに帰ります」


 ほら出た。

 マンションに帰るって、もう夜じゃん。

 外も寒いし、勘弁してよ。


「なんで?」


 俺が二杯目のカレーを食べながら尋ねると、佐倉は呆れたような顔をした。


「だって先輩。ずっと二人っきりなんですよ?」

「うん。それが?」

「それがって……」

「なに? 佐倉は父ちゃんと母ちゃんがいないと、俺が狼になるとでも思ってんの?」


 多分そんなことなんだろうなと思って、さくっと尋ねる。

 一瞬困ったような顔をした佐倉は。


「そうじゃないですけど。てか先輩は狼というよりは羊ですよね」


 男をバカにしてんの?

 別に襲おうとか思ってないけど。


「だったらいいじゃん。外は寒いし、もう俺、出たくないよ」


 俺がそう言うと。


「自転車貸してくれたら一人で帰りますよ」

「いやいや。そういう問題じゃないし」

「じゃあどういう問題なんですか?」

「だって佐倉が帰っちゃったら俺、一人で淋しいじゃん」

「……いくつの子供ですか?」

「えー。俺一人はやだー」

「……お風呂入って寝るだけなんだから、一人でも大丈夫ですよ」

「お風呂入って寝るだけなんだから、佐倉も帰んなくてもいいじゃん」


 ああ言えばこう言う。

 子供の論法なんだけど、佐倉には意外に効く。


「でもやっぱりまずいですよ。本当に一人で帰れますから」

「そんなの母ちゃんにばれたらどうすんだよ。夜道を佐倉一人で歩かせたってばれたら、俺、母ちゃんに殺されるよ?」

「黙ってたらいいじゃないですか」

「そんなので母ちゃんの目がごまかせると思ってんの? 大体、佐倉は母ちゃんに嘘つけるの?」

「……」


 黙って目を泳がせる佐倉。

 ほんと嘘がつけないんだよな。こいつ。

 んじゃあ、あとひと押しか。


「佐倉がどうしてもって言うんなら、送っていってやってもいいけど」

「!」

「こんな寒い中、夜道を往復したら、俺、熱出しちゃうかも知れないな~」

「!」

「ちょっと喉も痛いし、風邪気味なのかな~」

「……」


 ごほごほと、今までしなかった咳をわざとらしくして見せると、佐倉は大きなため息をついた。


「……分かりました」


 素直でよろしい。

 その後三杯目のカレーを諦め、デザートのアイスを食べる俺を、佐倉が驚異の目で眺めていた。


 


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