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ふたりきりの風景1

ここからは桃坂先輩視点のお話になります。

 冬休みも終わりに近づいてきたある朝。

 起きたら、父ちゃんも母ちゃんもいなくて、リビングには洗濯ものを畳む佐倉の姿だけがあった。

 

「あ、桃坂先輩。やっと起きたんですか」


 俺を確認して佐倉が顔を上げたが、その手は止まらない。

 佐倉の手は軽やかに動き、洗濯物は魔法のように綺麗に四角く畳まれていく。

 ほんと、こいつの家事能力すげえよな。


「なんで起こしてくれなかったんだよ」


 くしゃくしゃになっているであろう頭を、さらにぐしゃぐしゃと掻きまわしながら尋ねる。

 運動不足を解消すべくジョギングを始めたここ数日、俺を起こすのは佐倉の仕事になっているのだ。


「朝から雨が降ってますよ」


 さらりとそう言って、佐倉は立ち上がった。


「朝ごはん、食べますか?」


 そう言いながらも、すでに冷蔵庫から卵を取りだしている。 

 ほんと、こいつの家事能力侮れない。

 



 佐倉が目玉焼きを作りながらトースターに食パンを入れ、コーヒーを淹れるのをカウンターに頬杖をついて眺める。

 手順とか、いちいち考えてないんだろうけど、時間と動きに無駄がない。

 俺ひとりならトーストとコーヒーだけになる朝食が、ちょっとしたモーニング並になってあっという間にテーブルに並んだ。


「そういや父ちゃんと母ちゃんは?」


 トーストを頬張りながら尋ねると、俺の前に座ってコーヒーを飲んでいた佐倉が「そうだ」と言ってポケットから一万円札を取りだした。


「今朝早くに電話があって、律子さんのお母さんが骨折して入院したらしくて、博文さんと律子さんは車で病院に向かいました。これはお昼と夕食代にって、預かりました」


 母ちゃんのばあちゃんは県外で一人暮らしをしている。

 まあ俺に声をかけていかなかったんだから、大したことではないだろうけど。


「ふーん。じゃあ昼はどこかで食べてくる? そういや俺、観たい映画あるんだよな」


 俺が映画の題名を告げると、佐倉は素直に「いいですよ」と答えた。

 俺がどこかへ出かけようと誘う度、ああだこうだと言って断ろうとしていた頃を思い出すと、格段の進歩だな。

 そんなことを考えながら残りの朝食を平らげて、俺たちは小雨の降る中、駅前へと出かけた。




「時間が合いませんねぇ」


 駅前の大型商業施設の中にある映画館で、上映予定のお知らせを見上げながら佐倉がつぶやいた。

 俺の見たかった、今話題のホラー映画は、ついさっき上映が始まったばかり。しかも次の上映時間のチケットは売り切れだと言う。その次の上映だと終わった頃には夜になっている。

 どうしようか。

 観たかったけど、そこまでして今日観なきゃダメってわけでもないし。

 俺がそう思いながらお知らせを眺めていると、黙って隣に立っていた佐倉が上映予定のお知らせを指さした。


「これにしませんか?」


 佐倉が指さしたのは、洋画のアクション物。

 そういやこれも観てみたかったな。

 これだとチケットもまだあるし、待ち時間も少ない。


「オッケー。じゃあチケット買ってくるわ」


 チケット売り場まで付いてこようとする佐倉に、今日は母ちゃんのくれたお金で払うからいいと伝えると、何か言いたそうな顔をしつつも素直に頷いた。

 佐倉の家からは食費としていくらかが家に払われているから、家でもらったお金だと言うとあいつはそれほど抵抗しない。

 普通、女の子ってなんだかんだ奢ってもらうことを期待してるんだけどな。

 なぜか奢ってもらうことを良しとしないあいつが、好ましくもあるんだけど、ちょっと不満でもある。


 


 チケットを無事確保し、映画が始まる前にトイレに行った佐倉を一人待つ。

 しばらく一人で立っていると、ちらちらと女の子の視線を感じるけど、俺に対するものは佐藤ほどのあからさまなものじゃない。

 あの子可愛いね、とかいう声が微かに聞こえるけど、可愛いって言われて喜ぶ男いないし。

 昔は母ちゃんに似たことを心から呪った日もあったけど、今では開き直っているこの容姿。

 佐藤のように美系だと同性から敵対心を持たれたりしやすいんだけど、俺みたいなのはどっちかっていうと敵認定されにくい。

 弟キャラを前面に出していけば、ある程度のわがままも聞いてもらえるというお得さもある。

 まあだからいいんだけど、女の子から可愛いって言われても、うれしくはないよね。


 そんなことを考えていたら、佐倉が向こうから歩いてきた。

 変な男に絡まれながら。

 

 

 


 



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