ポケットの中の小さな決意
聞きたいこと?
なんだろう。
「佐倉さ」
桃坂先輩の大きな目が私をまっすぐに見つめる。
カラコンを入れてるわけじゃないのに、大きな黒目。
うらやましい。
「自分の好きじゃないと思う相手に、好きだって言われたらどうするの?」
今の流れから、質問の趣旨は好きじゃない男の子に告白されたらどうするのかってことなんだろう。
だけど。自分の好きじゃないと思う相手、と言われて真っ先に頭に浮かんだのは、麻友の笑った顔だった。
「好きじゃない相手……」
「うんそう。しかも佐倉があんまり自分のこと男として見てないって分かってるのに、それでも好きだって押してくるようなやつ」
私があんまり好きじゃないと分かってても、それでも構わず押してくる。
桃坂先輩の質問の答えを探そうとするが、どうしても意識は麻友のことに向いていってしまう。
私は、あの時、麻友にどういう態度を取ってた?
「私たち親友だよね」と言う麻友に、私は曖昧に笑うしか出来なかった。
それを麻友はどう受け取っていたんだろう。
傷つけないために返した曖昧な返事。
それは、もしかして、麻友に対して酷いことだった?
だけどだって好きだって言われて、私は好きじゃないなんて言えない。
どうして?
だって仲良くしなきゃダメだから。
でも好きに嫌いで返すことって、そんなに悪いことなの?
自分の気持ちに正直になるのは、そんなに悪いこと?
「さくら? 大丈夫?」
はっと気が付くと黙りこくったままの私を、桃坂先輩が心配そうな顔で覗き込んでいた。
「あ、だ、大丈夫、です。てか、なんでしたっけ」
私の言葉で、桃坂先輩が一気に脱力する。
「あー。別にもういいよ。大したことじゃないし」
どこか投げやりな調子で言った桃坂先輩は、立ち上がって大きく伸びをした。
「そろそろ帰ろっか。冷えてきたし」
すっと差し出された手に、何も考えずに手を伸ばしていた。
この間まで桃坂先輩と手を繋いで歩くなんて、考えもしていなかったのに。
手を引かれて立ちあがる。
ひゅっと吹きつけた冷たい風に、一瞬二人の動きが止まる。
桃坂先輩はつないだままの二人分の手を、自分のコートのポケットに突っ込んだ。
「ねえ先輩」
「ん? なに?」
「さっきの質問ですけど」
「あー、もういいから」
「そうじゃなくて」
「なに?」
「今まで誰かに告白なんかされたことないんだけど、もしそういうことがこれからあるなら、ちゃんと自分の気持ちを伝えなきゃとは思いました」
「あ、そ」
「なんですか。その気のない返事は」
「いや別に」
「相手が傷ついたとしても、それでもいいんですよね?」
念を押すように尋ねる私に、桃坂先輩はちょっと呆れたように笑う。
「一方的に傷つけた訳じゃないだろ? それに嫌な思いをするのは、断った方も断られた方も一緒なんじゃない?」
確かにそれはそうだ。
断られた方はもちろん苦しくて悲しいだろうけど、断った方もそれなりに苦い思いをしなくちゃならない。
「あのさ、真面目に言うと、色恋だけじゃなくてさ、生きてくっていうのは少なからず傷つけあうってことだと思うんだよな」
どこか照れくさそうな顔をしながら桃坂先輩がそう言った。
「生きてくってことはさ、限られたものを奪い合うってことじゃん。受験だって、スポーツの勝ち負けだって、好きな人の隣だって、限られたものを争うってことは、手に入れて喜ぶ奴がいたら手に入れ損ねて悲しむ奴も絶対いるんだからさ。だからしょうがないんだよ。きっと」
「うん」
「夏輝を泣かせたこと、俺は忘れない。悪いことしたって反省もする。それでいいんじゃないかな。ってかそれしかできないし」
そうか。
桃坂先輩は強いんだ。
例え恨まれても、それを受け止める強さを持っているから、笑っていられるんだ。
なんでこんな人に、と言って私を睨みつけた酒井さんの泣き顔を思い出すと、やっぱり胸が痛くなる。
だけど忘れちゃいけないんだ。
酒井さんのその想いの上に、私と桃坂先輩がいるんだということを、絶対に忘れてはいけない。
それはとても痛いことだけど。
きっと一人じゃ耐えられないことだけど。
「腹減ったな~。なんか食う?」
そう言って笑う桃坂先輩も、同じ痛みを抱えていると分かったから。
私も強くなりたい。
心の中で願いながら、桃坂先輩のポケットの中の手を、きゅっと握りしめた。




